68話 メイが復活した

 メイのアパートで一夜を過ごしてから数日。

 また彼女の顔を見られない時間が続いている。


 メイのツイッターは更新も少なめで、ムービーキャストにも動きはない。


 雑談配信で体調不良の話をしていたこともあって、心配するファンは多かった。


 かくいう僕も同じ気持ちだ。

 あの日、回復したように振る舞ってくれたけど、まだ万全じゃないのは間違いない。


 密会もできていないし、学校帰りに会うこともなかった。


 けれどその心配を打ち砕いてくれるような連絡がとうとう来た。

 金曜日の午後、授業中にメッセージが送られてきたのだ。


〈今夜いけるかーい?〉


 謎のテンションで密会のお誘いだ。


〈いけるともー!〉


 似た感じに返してみる。


〈ユッキーってそういう返事するんだね〉


 僕は思わず声を出しそうになり、机に伏せて顔を隠した。


 メイのノリを真似しただけなのに……マジレスされた……!


     ☆


 溜まっていた洗濯物を持ってコインランドリーへ向かう。

 夜の八時少し前。


 もう夜はすっかり寒くなってしまった。最近、夜はジャンパーを着て出歩くようにしている。


 まっさらピュアに着くと、お客さんはいなかった。動いている洗濯機もない。


 僕は洗濯を開始すると、外の自販機でホットレモンを買う。温かい飲み物がないと落ち着かないのだ。


「あれ、ユッキーだ」

「やあ」


 背後から声をかけられた。メイだった。

 僕たちは一緒に店に入る。


 メイも洗濯を始めると、僕の横のイスに座った。いつもは向き合うけど今日は隣り合わせだ。


「調子悪いと一日がすごーく長く感じるんだ」


 メイが話し始めた。


「わかるよ。ちっとも時間進まないよね」

「だから密会サボりすぎじゃんヤバいってずっと思ってたの」

「間隔的にはいつも通りだし、安心して」

「それはそうだけど、気持ち的にね」


 メイは上半身を左右に振る。なんだか楽しそうだ。


「でもやっと完全復活したから、今日はこうやって会えるんだ。ね、あたしの顔見て?」


 僕は言われた通り、メイの顔を見つめる。前だったら視線を合わせることもできなかっただろうけど、今は自然にできる。


「どう? 顔色とか」

「いつものメイに戻ったって感じだ」

「バッチリでしょ」

「うん、復活したね。声も戻ってきてる」

「声?」

「調子悪かった時、メイの声がなんだか小さく感じたんだ。今日はそれがない。だから本当に大丈夫なんだなって」

「そ、それは意識してなかったな……。やるじゃん」

「彼女のことはよく見てるからね」


 メイは照れたように前髪を触った。


「ユッキーにそこまで観察されてるなら、あんまし気を抜けないな」

「普段通りでいいよ。この場所ならそれができるって言ってたじゃないか」

「まあ、そうね」


 誰だってそうだ。どこかで自分を演じる時はある。

 けれどここでは、僕の前では、本来のメイでいてほしいと思う。


「今後の活動はどうするか決めてる?」

「あ、それなんだよ。実は次に踊る曲を決めたの」

「来たー!」

「やっぱダンスの話は食いつきいいね」

「メイのファンでもあるからね」


 メイはクスッと笑ってスマホを出した。


「いま深夜にやってる「メロウスターズ」ってアニメがあるんだけど、そのエンディングでキャラがダンスしてるの。見てもらった方が早いと思うからどーぞ」


 僕はメイからスマホを受け取り、流れ始めた動画を見る。

 1分30秒のアニメのエンディングテーマ。

 軽快なメロディーに合わせて三人のキャラが踊っている。主人公とヒロイン二人で合ってるかな?


 CGっぽくて、そこまで複雑な動きはない。けれどキャラの表情は生き生きしていて楽しげな雰囲気がしっかり出ている。


「これ、自分でも踊れそうだからやってみようと思ってるの。ほら、アニメのエンディングで踊ってみたやってるダンサーってけっこういるじゃん?」

「そうだね。そんなにしっかり見てるわけじゃないけど」

「あたしってオリジナルの振り付けで踊ってきたでしょ? たまには振り付けが決まってる曲に挑戦するのも新鮮かなって」

「いいね。新しいファンが開拓できそう」


 ダンスも踊りやすそうだった。これまでメイがやってきた動きはかなり難易度が高いものばかり。たまには楽しさに振り切ったダンスを披露するのも、ファンにはいい刺激になりそうだ。


「今回も応援するよ」

「ありがと。ユッキーって勉強家だからアニソンってどうなん? みたいな反応されるかもってちょっと心配してたりして」

「僕は息抜きにアニメ見るし、全然抵抗ないよ。むしろメイの方が興味なさそうだと思ってた」

「あはは、お互いおんなじこと考えてたんだ」

「そうみたいだね。遠慮なくやってほしいな」

「よかったぁ。じゃ、月詩と相談して本格的に動き始めますか~」


 メイは腕を上げて「んーっ」と体を伸ばした。


「まずはなまった体を元に戻さないとな。少し走ろっと」

「だいぶ寒いよ」

「走ってればあったかくなるから! もう体のことは心配しなくて大丈夫だからね」


 彼女の様子を見れば復活したのは明らかだ。だったら無理に止める必要はない。


「また、撮影に立ち合っていいかな?」

「もちろん! 楽しい曲だし練習も撮影も楽しくいこー!」

「おー!」


 メイが拳を掲げたので一緒に右拳を突き出した。


「ユッキー、こういうのもすぐ合わせてくれるようになったね。成長したなあ」

「うぐ……!?」


 しみじみした口調でメイが言うので、僕はドキッとした。

 褒められているのだろうけど、からかわれるのに慣れてしまった僕は素直に受け止めることができない。


 ……まだまだ、メイの手のひらの上ってことか。


 でも、そうやってあたふたさせられるのも楽しいんだけどね。

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