67話 ゆったりした日曜日の朝

 僕がいると安心するとメイは言ってくれた。

 それはこちらも同じ。

 メイが近くにいれば僕も安心する。

 だからぐっすり眠ることができた。


 翌朝、目を開けると部屋の中は明るくなっていた。

 メイはもう起きているようだ。


 立ち上がってみると、メイが廊下から戻ってきた。パジャマのままだ。


「あ、起きたんだ。おはよ~」

「おはよう。早かったね」

「うん、なんにもない日は九時とかに起きるんだけどね」


 まだ朝の八時過ぎだった。


「調子よさそう?」

「うん、めちゃくちゃいい感じ! やっぱメンタルやられてたのかもなあ」


 確かに顔色は昨日よりよさそうだった。


「朝ご飯作るね。ちょい待ってて」

「え、いいの?」

「簡単だけどね」

「ぜ、全然いいよ。コンビニ行こうと思ってたから」

「そんな味気ないことさせないよ?」


 メイはウキウキした様子で料理の準備を始めた。

 僕はローテーブルについて出来上がるのを待つ。


 ……なんだか、同棲してるみたいだ。


 一緒に寝て、起きたら彼女が朝ご飯を作ってくれる。夢のような時間じゃないか?


「朝だから軽めだよ」


 こんがり焼けたトーストとコンソメスープ。

 不調があってもサラッと作ってしまうのだから慣れているということだ。活動的な面を見ることが多いけど、家事も無理なくこなせる。最強だね。クモは苦手みたいだけど。


 トーストにバターを塗って食べる。時々コンソメスープを挟み、ゆっくりと朝食の時間を過ごした。


「そうだ」

「どしたの?」

「メイへのプレゼントをデザートにしよう」


 僕はバッグから紙袋を取り出した。


「これも食べてほしかったんだ」

「なになに……福来たるせんべい?」

「めちゃくちゃおいしいから試してみて」


 これも前回のショコラに続いて母さんに手に入れてもらったものだ。今回は自分でも味を確かめているから間違いない。絶対においしい。


「うわあ、クリーム挟んであるじゃん!」

「そう、甘い系のお菓子なんだ」

「い、いただきます」


 せんべいと名前がついているが、ほぼワッフルだ。

 メイは目を輝かせてかぶりつく。


「んまー! サイコー!」


 喜んでもらえた。よかった。


「前もショコラくれたよね。あれもすごくおいしかった。ユッキーって実は甘いもの探すの得意?」

「うーん、直感で選んでるかな?」

「じゃあセンスだね! これからも期待していい?」

「もちろん。楽しみにしてて」

「やったぁ」


 たくさんプレゼントできる機会をなるべく作りたいものだ。


「ほら、ユッキーも食べて」

「でも、メイへのプレゼントだし……」


 前にもこんなやりとりをした気がする。断らない方がよさそうだ。


「やっぱり、一枚もらうよ」

「どーぞどーぞ! こういうのは一緒に楽しまなきゃ」


 メイの好意に甘えて、福来たるせんべいをいただく。

 ああ、甘くておいしい。

 彼女もおいしそうに食べているし、本当に福が来ているよ。


 食べ終えたメイのほっぺにクリームが残った。


 ……どうしよう。ここは攻めるか?


「メイ、ほっぺにクリームついてる」

「そう? 取ってくれる?」


 あっさりだなあ!

 ちょっとくらいドキドキした間合いがあると思ったのに。


 僕は右手を伸ばし、人差し指でメイのほっぺについたクリームをさらった。意識しないうちに舐めておく。


「ユッキーに食べられちゃった」

「やらなきゃいけない気がしたんだ」

「つけた甲斐があったよ」

「わざとつけたのか!?」

「さあ、どうでしょう?」


 メイはニコニコしている。またしても上手くやられてしまった。


「ところでユッキーの誕生日っていつ?」


 唐突にメイが話題を切り替えた。


「僕は一月十六日」

「これからじゃん! 危なかった~!」


 メイは苦笑して髪の毛をさすった。


「ユッキーの誕生日のこと、完全に忘れててさ。もし八月とかだったらどうしようってビクビクしてた」

「僕も月詩さんに言われなかったら忘れてたよ。目の前の毎日が楽しすぎたよね」

「わかる! あたしも完璧にそれだった」


 お互い初めての恋人ができて舞い上がっていたんだな。気にしなきゃいけないことに気づけなかった。


「一月ね。じゃ、その日はプレゼント用意するよ」

「無理しない範囲でね」

「それは大丈夫。あたしには自分で稼いだお金があるから」


 そうだった。

 メイには広告と投げ銭という収入源があるのだ。


「た、高いもの渡されてもお返しできないからね……?」


 そうなると、今度はそっちが不安になってくる。


「あはは、気にしすぎ。でもまあ、ユッキーが引かないくらいのやつで選ぼうかな」

「それでお願い」


 デザートが済むと、僕たちは食休みした。


 メイにお菓子を渡せて、自分の誕生日を教えることもできた。

 収穫だらけだったな。


「さて、食器片づけよっと」

「手伝うよ」

「ユッキーはお客さんなんだよ?」

「万全じゃない彼女を手伝うのは彼氏の役目だよ?」


 僕たちは見つめ合う。

 先に笑ったのはメイだった。


「ふふっ、じゃあお願いしようかな」


 二人で食器を洗ったり調理器具を片づけたりする。


 そんな、ささやかで温かい日曜日の朝。時間はゆっくり流れていった。

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