76話 けだるさが心地いい
目を
綺麗に晴れてはいないようだ。
横に顔を向けると、メイがすうすうと寝息を立てて眠っている。
前回は彼女の方が先に起きていたから、今日は僕の勝ちだ。
……寝顔もかわいいな。
おっと、あまりじっくり見ているのは悪い気がする。
僕はそっと起き上がって着替え、顔を洗った。
それからトーストを焼き始める。
窓の外は雪が舞っている。昨日からずっとこんな具合だ。
「んん……あれ? ユッキー?」
僕はキッチンから顔を出す。
「おはよう、メイ。トーストを焼いてたよ」
「あれ、もうそんな時間……?」
「まだ八時過ぎだ。メイはゆっくりしてて」
「ん……なんか、めちゃくちゃよく寝た気がする」
「昨日の夜は最高だったからね」
「へへ、いっぱいキスしちゃった」
寝起きでちょっと舌足らずのようになっているメイ。かわいいが天井を知らない。
キッチンに突っ立っていると、メイがパジャマのままやってきた。
「スープ作ってあげる。トーストだけじゃさみしいでしょ?」
「いいの?」
「もちろん。あたしの腕の見せどころだよ」
メイは顔を洗ってきて材料探しを始めた。
「やっぱオニオンスープかな。タマゴスープもあり」
「メイはどれが得意?」
「オニオンだね」
「じゃあそれをお願いしようかな」
「りょーかい!」
これなら早めにトーストを焼かない方がよかったな。
メイが具材を用意している横で、二人分のトーストが出来上がっていた。
「どうしよう、先にできちゃった」
「お行儀悪いことしない?」
「どんな?」
「あたし、料理しながらトースト食べる。ユッキーにそのお手伝いをしてもらおうってわけ」
「つまり……横からあーんってこと?」
メイが笑って、慌てたように顔をそらした。
「ふふ、ごめん。文字にしたら面白くって」
「他に言い方なくて……」
「でも、そういうことだよ」
だらしないと言えばだらしない。
でも、そんなことは今日しかできないかもしれない。思いついたらやってしまった方がいい。
僕はトーストにバターを塗った。
メイは鍋の火をじっと見ている。
彼女の横に立って、トーストを差し出した。
「よかったらどうぞ」
「いただきまーす」
メイはちゃんと鍋から顔を離してトーストをかじった。
「いけないことしてるみたい」
いたずらっ子のようにメイが微笑む。
「親が見たら絶対注意されるやつだよ」
「でも、あたしたちしかいないからね」
「最強のシチュエーションってわけだ」
二人でニヤッとする。
僕はタイミングを見計らって、メイにトーストを食べさせてあげた。
そのあいだにスープはどんどんできあがっていく。
からっと晴れていない、少し気だるげな日曜日の朝。だけど、このだらっとした雰囲気がすごく心地いい。今だけは、勉強しなければという気持ちから自由でいられる。
「ほいっ、完成~」
「お疲れ様」
「いえいえ」
テーブルに鍋を置くと、メイがスープを盛ってくれる。
「あらためまして、いただきます」
「ユッキーは意地でも礼儀正しいよね」
「その言い回し、独特だね」
「うっ……どーせ国語は苦手ですよ」
つん、と視線を外してメイがスープに口をつける。
「あっつ……!」
そして、出来たてホヤホヤだということを忘れていたらしい。
「すねたふりしなくてもいいのに」
「ふりじゃないよ! ちゃんとすねたもん!」
「え、かわいい」
「はうっ!? ユッキー、いきなりストレート投げるのやめてよ!」
「すねたもんって……あざとくてよかった」
「いやあぁ、彼氏にもてあそばれてる!」
「待って、それは人聞きよくない」
メイはうるっとした目を向けてくる。
……今日はやけにあざといぞ……。
楽しくもありつつ、戸惑いもある。
「くっくっく、焦ってるね」
「べ、別に」
「ユッキーのノリがよかったから乗っかってみました」
「そ、そうだったのか。それっぽい表情だったから、からかいすぎたかと思ったよ」
「演技派だからね」
まんまと引っかかってしまったようだ。
「あたしはユッキーと騒ぎたいんだよね。でもコインランドリーだとなかなかそうもいかないし……こういう時くらいじゃん?」
「僕もふざけることは少ないしなあ」
「今のはよかったよ。ドキドキしちゃった。あざとくてよかったって――」
「うわああ、思い出したらなんか恥ずかしくなってきた! なに言ってんだ僕! 記憶を消したい!」
「ユッキーは今日もかわいいね~」
「やめてええええ」
いつになく騒がしい朝になった。
昨日の夜はあんなにしっとりしていたのに。
まあ、こっちの方が僕たちらしいのかもしれないけどさ。
☆
日中は誰かに見つかる危険が高いから、帰るなら朝のうち。
メイとはそんな話をしていたので、朝食後に雑談をしたあとはもう帰る準備となった。
クリスマス当日は何もできなかったけれど、こうして二人でイベントを楽しむことができた。
去年の今頃だったら本当に考えられなかった。メイとコインランドリーで出会わなければ、今日も黙々と勉強していたことだろう。
「じゃ、またね~」
「気をつけてね。いろんな意味で」
「そうする」
メイはブーツの紐を確認した。
「できれば、年内にもう一回は密会したいな」
「そうだね。絶対にやろう」
「じゃ、行けそうな日は早めに連絡入れるね」
僕は外まで出ない。玄関で今日はお別れ。
「ユッキー、ちょっと耳貸して」
「え?」
顔を近づけると、メイが僕の頬にキスをしてきた。
「ありがとねユッキー。最高の夜だった」
「……うん、僕もだ」
メイはとびっきりの笑顔を見せると、部屋を出ていった。
ぬくもりを感じた部屋が急にがらんとしたように思える。
僕にとってメイはもう欠かせない存在なんだ。
この気持ちがそれを証明している。
……復習でもするか。
僕は静かになった部屋を片づけ、ノートを広げる。
ラインの通知音がした。
〈また遊ぼうね~!〉
メイからだった。僕は、自然と笑顔になれていた。
〈遠慮なく誘ってくれ~!〉
返信すると、さっきより前向きな気分でシャーペンを握った。メイがプレゼントしてくれた、大切なシャーペンを。
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