65話 誕生日プレゼントでつながる

 ネックレスを買って、メイから密会のお誘いがあるまでに一週間かかった。


 そのあいだに、文化祭のステージで彼女が披露したダンスの動画がアップされた。


 画質は荒かったが、バンドとのパフォーマンスも含めてかなりの高評価がつけられた。

 ついにステージを見られたと喜んでいるファンも多い。


 メイの学校は調べれば簡単に出てきてしまうし、最近は文化祭の映像を動画サイトにアップする人もよく見かける。メイの動画も、そうした流れの一つと受け止められたようだ。あまり騒ぎ立てる人はいなかった。


「行くか」


 十一月十一日の土曜日。

 僕はメイに会うためコインランドリーに向かった。


 十一月九日に誕生日おめでとうを言うか迷った。

 当日に言うのはもちろん大切だけど、僕としては直接顔を見てサプライズプレゼントを渡したかった。


 だから耐えて今日を迎えている。

 本当はケーキだって用意したいところだけど……。


 まっさらピュアに着くと、溜まっていた洗濯物をマシンに投入して始動させる。


 そこで自動ドアが開いてメイが入ってきた。

 白いブラウスの上に茶色のロングカーディガン、青いジーンズという格好だった。


「久しぶり! なかなか会えなくてごめんね」

「気にしないで。調子はどう?」

「まだ完璧じゃないかな……。でも心配しないで。どうしても年に何回かこういう時ってあるの。慣れてるから」

「そっか……。無理しないでよ」

「もちろん」

「そのわりにはコーディネートとか力が入ってるけど」

「そりゃあ彼氏に会うんだもん、おしゃれしたいでしょ。ダサい格好で会ったら余計ダメになっちゃうからね」


 そういうものか。

 僕たちは向き合って座った。


 こうして顔を見つめると、やっぱりいつもより顔色が悪い気がする。

 残念だけど、のんびり話すのは難しそうだ。

 ならば早めに行動するぞ。


「メイ、今日は渡したいものがあるんだ」

「え? なになに?」


 僕はバッグからピンク色の小箱を取り出し、メイの前に差し出した。


「開けてみて」

「う、うん」


 メイはすごく慎重な手つきで箱を開けた。


「わあ、ネックレス! しかもブルー!」


 驚いた顔でメイがこちらを見る。僕は笑った。


「メイ、誕生日おめでとう」


「あ……し、知ってたの?」

「実は月詩さんが教えてくれたんだ」

「月詩が? あの子もおせっかい焼きだなあ……」

「どうかな? おそろいのアイテムって持ってなかったし、これなら服で隠せると思うんだけど」

「すごくいいよ! これがあればいつでもユッキーと一緒の気分でいられるね」


 メイはネックレスを手に取って、柔らかい表情で見つめた。

 喜んでもらえたようで何よりだ。

 僕はバッグから自分のネックレスを取り出す。


「これでおそろいだ」

「嬉しいすぎてヤバいよ。どうしよう、泣くかも……」

「え!? そ、そこまで?」

「ふふ、じょーだんです」


 メイがくすくす笑った。からかわれたみたいだけど、顔色のせいか強がっているようにも思えた。


「あたし、青色好きなんだよね。それも月詩から聞いたの?」

「いや、メイってよく青い服着てるよなーって思ったから青が好きなのかもなって思って」

「ユッキー、マジでよく見てるね。言わなくてもわかってくれてるの最高すぎる~」


 メイは楽しそうに上半身を左右に振った。

 それからネックレスを首にかける。

 白いブラウスの上でブルーのリングが存在感を放つ。


「……どう?」

「よかった、すごく似合ってる」

「あはは、そこで安心するのね」

「だって、似合わなかったら僕のセンスがよくないってことだから」

「そんなことないでしょ。ユッキーは自信持たなきゃ」


 メイはスマホを出すと、慣れた手つきで自撮りする。


「おー、めっちゃいい! ユッキー、完璧だよ。文句なし!」

「あ、ありがとう……」


 母さん以外に誕生日プレゼントを送るのは人生初。

 それが成功したようで、僕は胸をなで下ろした。


「お祝いのお菓子もあるんだけど、体調よくなければ持って帰ってもらった方がいいかもね」

「そこまで用意してくれたの?」

「だって、誕生日は一大イベントだし。当日にできなかったのは惜しかったけど」


 メイは苦笑した。


「あたしも、ユッキーに教えようか迷ったんだよね。でも欲深いって思われるかなって不安になっちゃって」

「彼女の誕生日は絶対お祝いしたいよ。そこは教えてほしかったかな?」

「ごめんね。でも、月詩がさすがだったな~」


 もしかしたら月詩さんは、僕が通りそうなところで待っていたのかもしれない。親友のために。


「まあ、誕生日当日はアパート帰ったらご飯も食べずにゴロゴロしてたんだけどさ……」

「調子悪くて?」

「そーなの。この状態になると毎回引きずるんだよね……」

「月詩さんは気温差にやられやすいって言ってたけど」

「そんな感じ。中学の時からたまーにあるのよね。よく考えたら十一月って毎年ダウンしてる気がするな~」


 まあ、とメイはリングに触れる。


「素敵なプレゼントももらえたし、すぐ回復するよ」


 僕はうなずいた。

 そろそろ洗濯が終わる。

 立ち上がろうとした時、メイが不意に言った。


「ユッキー、この土日は予定あるの?」

「特にないよ。勉強はするけど」

「さすがだね。じゃあ今夜は? 空いてる?」

「急だね。暇だけど……」


 メイはニコッと笑った。


「じゃ、あたしのアパート来ない?」

「ええっ!?」


 思わず大きな声を出してしまった。

 メイはテーブルの上で両手の指をすり合わせる。


「こういうメンタルやられてる時って、心細くなったりするんだよね。ユッキーがそばにいてくれたらすごく嬉しいんだけど……」

「それは、泊まりでってこと?」

「うん。……何もしてあげられないけどね」


 メイのアパートに誘われた。

 一晩、心細くなっている彼女に寄り添ってあげる。


 それは彼氏としてやるべき使命ではないだろうか?


「メイがいいなら、行くよ」

「よかった。じゃあ洗濯片づけたらついてきてくれる?」


 洗濯機の音がどんどん小さくなってきている。

 メイの声が、やけにはっきり聞こえた。


「あたしの部屋、教えてあげる」

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