第3部
64話 メイに渡したいもの
十一月に入ったけれど、僕の生活に変化はなかった。
メイは体調を崩しがちのようで、またしばらく密会はお預けになっている。
本人によると「ちょこっとだけ」らしいのだが、体のことは心配だ。
僕も無理してほしくはない。
☆
『みんなも気をつけようね~』
〈そうね〉
〈微妙に体調悪いのも嫌よな〉
今日はメイが久しぶりに雑談配信をしていた。
学校を休むほどではないけど、授業を受けているとつらくなってくる。
そんな現状をいつもより小さな声でぽつぽつ話した。
『それとね、次の踊ってみたはアイディアが出てこないからもうちょっと待ってほしいんだ。たまには最新の曲でやりたくてさ、振り付け考えるの楽しそうな曲ないかな~って探してるの』
〈それもいいね〉
〈流行とか気にしないスタイルも好きだけどね〉
〈トレンドに乗ればファン増えそうだ〉
コメント欄は思ったより意見が分かれている。でもみんな、動画が出れば大喜びするところは変わらない。
メイのファンには、自分の理想を押しつけてくる人が少ないからコメント欄が荒れることもない。たまにはいるけど、メイが相手にしないとすぐに消えていく。
ツイッターでも、この治安のよさを心地いいと言っている人がいた。僕もそう思う。
『そんで、踊ってみた上げられない代わりに別の動画出すよ。あたし文化祭のステージで「雨の牢獄が消えるまで」を踊ったんだけど、それの録画をアップしますわよ』
コメント欄が一気に加速した。
メイのステージ情報はすでにネットでも話題になっていた。
貴重な舞台だから、ほんの一部の人しか見られないのはもったいないと言われていたのだ。
『画質は悪い意味でエグいけどね。いま準備してるから待ってて』
最後に大きな情報が告知され、盛り上がったまま配信は終わった。
二分後にメイから電話がかかってくる。
「おつ~」
「お疲れ様。声、いつもより元気なかったね」
「やっぱ不調気味なんだよね。でもさすがに配信しなさすぎてヤバ~って思ってたからできてよかったよ」
「本当に大丈夫?」
「平気だよ。これが寝込むくらいだったらユッキーに看病してほしいなって言えるんだけど、そこまでじゃないんだよね」
「線引きしてるんだ」
「そうそう。人に甘えていいラインってのがあたしの中にあるの。今回はそこまで行ってないんだ」
「メイが寝込むのはつらいけど、看病のお返しもしてあげたかったな」
「えへへ、まだダメです」
メイはからかうように笑った。
「そういえばさ……」
「うん」
そこから、けっこう間があった。
「――やっぱなんでもないや」
「ここまで引っ張ったのに?」
「ごめん。冷静になっただけ。次会った時に話そうかな」
「いつ頃?」
「来週の終わりまで行くかな~。十一日とか?」
「わかった。覚悟して待ってるよ」
「あはは、そこまで大げさな話じゃないよ」
僕たちはおやすみを交わして、通話を終えた。
彼女は何が言いたかったのだろう。
とにかく次の密会を待つしかないか。
☆
金曜日、学校帰り。
いつもの道を歩いてイオンタウンに寄った。軽食を買い足しておこうと思ったのだ。
「おや、いいところで会いましたね」
「久しぶり」
階段の近くで月詩さんと会った。制服姿だ。かなり気温は下がっているが、メイと同じくスカートは短い。
「メイ、調子はどう?」
「急に寒くなって、気温差で少しやられているようです。そこまで深刻ではありませんし、学校にも来ていますからご心配なく」
「そうは言われても……」
「あなたもメイの部屋に看病に行きたいですか?」
「え!? そ、そこまでは……」
「いけませんよ。メイの許可が下りるまで、部屋を探ろうとするのは」
「し、しないって!」
月詩さんは腕時計を見た。
「ちょうどあなたに伝えておきたいことがあったのです。今日会えてよかった」
「な、なに?」
「十一月九日はメイの誕生日です」
「あっ、そうなんだ!」
訊こうとして訊けていなかった。
僕はスマホでカレンダーを確認する。
「……木曜日か。うしろの週末に何かしたいな」
自分でつぶやいて理解した。
メイは自分の誕生日を僕に教えるべきか迷っていたのだ。
……たぶん、プレゼント期待してるって思われるのが嫌だったんだろうなあ。
彼女の性格的にその可能性が一番高い。
「これは以前メイがつぶやいていたことですが、おそろいのものを持っていないのが歯がゆいと言っていましたよ」
「メイは歯がゆいって言わなさそう」
「あの子の口調を真似するのはちょっと……」
月詩さんの翻訳が入っているわけね。
「おそろいのものか……」
確かに、つきあっているのにそういうものは持っていないな。
でも目立つものは、観察力のある人にはすぐ見抜かれてしまう。
「つ、月詩さん……」
「なんです? もしやアイディアがないとでも言うのですか?」
「まさにそれ……」
「まあ、彼女のいなかった結城さんでは無理もありませんね」
「月詩さんは彼氏いたことあるの?」
「……ないですけど」
ムスッとされてしまった。
「私はアクセサリー系をおすすめします」
「指輪とか?」
「それはつけていると見つかった時の言い訳が大変です。他のもので何か考えればよいかと」
「うーん……ネックレスとか?」
ほう、と月詩さんが感心したような反応をする。
「首にかけるものなら服で隠せますからね。それがいいのではないでしょうか」
「よし、サプライズでプレゼントだな。月詩さん、メイには内緒でお願い」
「わかっています」
「教えてくれてありがとう」
お礼を言うと、月詩さんはなぜか視線を逸らした。
「メイには笑っていてほしいので。結城さん、頼みましたよ」
「任せてくれ!」
☆
帰って勉強しようと思ったが予定変更だ。
僕は着替えてバスに乗り、長野駅前に向かった。
駅前にはアクセサリーショップがたくさんある。
スマホでざっと調べて、手が出そうなものを売っている店を探した。
二線路通りを歩いて、目当ての店に入る。
カップルや女性が多く、男一人のお客さんは僕だけだった。
……これは気まずい……。
でも、メイの誕生日が近づいているのだ。恥ずかしいなんて言っていられない。
僕はメイの服装を思い返した。
……そういえば、青色のシャツを着ていることが多いな……。
金髪とのコントラストが綺麗だといつも感じる。寒くなってからは黒系の服が多くなっているけど、アクセサリーなら関係ないはずだ。
僕も青色は好きだし、決まりだな。
僕はブルーカラーのネックレスを探してみる。
紐は目立たない色で、青いリングのネックレスがあった。値段も高すぎない。
一目で「いいな」と感じたので、僕は迷わなかった。
おしゃれな店員さんにおっかなびっくりネックレスを二つ渡した。メイにプレゼントする方は専用の小箱に入れてもらう。
「よし」
店を出ると、思わずつぶやいていた。
あとはメイに手渡すだけだ。
しかしながらこちらからメッセージを送るのは相変わらず危険がともなう。
メイからのお誘いを、僕はうずうずしながら待った。
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