61話 躍動するメイ
十月半ばに、青峰祭――北峰女子高校の文化祭は始まった。
初日の金曜日は生徒のみの参加だ。
一般公開は二日目の土曜日。
「さあ、これでいいだろう」
「ありがとうございます、久保敷さん!」
僕は気合いを入れるために、美容室「シキ」で久保敷さんに髪型を作ってもらった。
秋コーデも抜かりなく調べ、暖色系でまとめてみた。
「詳しくは訊かないが、頑張ってきなさい」
「はい!」
僕はそのまま徒歩で北峰女子へ向かった。
時間はかかるが行けない距離ではない。それに、早く着きすぎてもメイのステージまで持て余すだろう。
僕が北峰女子に到着したのは正午過ぎだった。
メイのステージは午後一時から。
入り口でチケットを確認してもらい、門をパスする。
ざっと出店を回ってみよう。
……これも成長かな。
春までの僕なら、人の目が怖くてそんな発想にはならなかったはずだ。
メイが僕の苦手を消し去ってくれた。
だから、こうして堂々と歩ける。
「あれー? 結城くんじゃーん」
「あっ、やあ……」
と思ったけど、予想外の出会いには固まってしまう。
藤堂くんたちと鉢合わせたのだった。
いつもの三人と、女子が一人。ボブカットのこの子は、話していた藤堂くんの後輩だろう。
「誰にチケットもらったん?」
「えっと、知り合いがいて……たまには外出ろって言われて……」
「へー、結城くんもやるねー。じゃあメイちゃんのステージ見てく?」
「そ、そうだね。せっかくだから」
「俺らもなんだよ。ま、知り合いさんの邪魔したくないから一緒にとは言わんけどさ」
おお、気づかってもらえた。ありがたい。
「そんじゃまたねー」
「うん、また」
四人組は渡り廊下を歩いていった。
後輩の女子は藤堂くんにベタベタくっついて「せんぱーい」と楽しそうに話しかけていた。
「来ましたね、結城さん」
「おわっ!?」
いきなり制服姿の月詩さんが現れた。
「……ふむ」
「な、なに……?」
「なるほど。しっかり見た目も整えてきたようですね」
「恥ずかしい格好はできないと思ってさ」
「よい心がけですね。メイもいつも通りです。ステージ、楽しみにしていてください」
僕はうなずいた。
「少し出店を案内しておきます。メイから頼まれたので」
「え? つ、月詩さんが勘違いされるかも」
「平気ですよ。みんな私の性格をわかってくれています。私が知り合いと言えばただの知り合いになるのです」
確かに、月詩さんってあまり冷やかしとかされなさそうなイメージだ。
僕は月詩さんに先導されて出店を回った。
ポップコーンの屋台に寄り、焼きそばも買った。
月詩さんは淡々と案内してくれるので、仲良く回っている感じはまったくしない。不思議なものだ。
「さて、もうすぐ時間です。体育館に案内したら、そこでガイドはおしまいになりますがよろしいですか」
「う、うん。なんか、月詩さんって……」
「なんです」
「執事っぽいなって思った」
「……からかっているのですか?」
「ち、違うよ。立ち居振る舞いがそんな感じに思えるんだ」
月詩さんは腕組みをする。
「まあ、自分が主役になるタイプではありませんからね。その見方は正しいかもしれません」
「気を悪くしたらごめん」
「いいえ。人の前に立つよりこういう仕事の方が向いているのですよ。では、席は自分で決めてくださいね」
「わかった」
「失礼します」
月詩さんは一足先に体育館へ入っていった。
僕はベンチで焼きそばを食べ終えてから中に入る。
中は暗く、ステージのみがライトアップされていた。
ガールズバンドの演奏が展開されている。
ギターボーカルの女子はすごく歌がうまく、声量も抜群だ。
演奏はちょっとばらついているが、勢いがあるのであまり気にならない。
僕は真ん中右寄りの空いている座席を確保した。
思ったよりも人が入っている。
パイプイスの列もけっこう作ってあったが、七割は埋まっているだろう。
……これ、メイ効果なのか?
だとしたらすごい。
『……以上をもちまして、本校生徒によるバンド・モノクロフィッシュのステージを終了いたします』
拍手が起きた。僕も合わせる。
体育館は暗いままだ。
何やらステージでガタガタと音がしている。
数分の沈黙ののち、マイクのスイッチが入った。
『続きまして、本校生徒であり、アマチュアダンサーでもあるメイによるダンスパフォーマンスをご覧いただきます』
そういう肩書きなんだ。確かに動画配信者でうんぬんと説明すると長くなっちゃうもんな。
さて、本番だ。
メイ、頑張ってくれ。
会場が真っ暗なまま、ギターの生音が流れた。
そのまま演奏が始まり、軽快なメロディが体育館を包んだ。
そしてギターが強くかき鳴らされた瞬間、スポットライトがパッと当たってステージにメイが飛び出してきた。
金髪は背中で束ねている。
僕にはおなじみのゆったりしたシャツに、これまたゆったりめのズボン。黒いシューズを履いて、ステージの上を跳ね回る。
観客が沸いて拍手が起きる。
……こんな演出を……!
聞いていなかったからびっくりした。
まさか校内のバンドと組んでいたなんて。
てっきり、練習した曲だけを踊って終わりにするのだと思っていた。
バンドメンバーはステージの両サイドに二人ずつで分かれて演奏し、その中央にメイが立つ。
メイは髪の毛を跳ねさせながら、ギターの音、ベースの音に動きをはめ込んでステージを狭しと飛び回る。
バンドメンバーもみんな笑顔で乗り始めた。さっきより大きく頭を振っている。
メイは最大の武器であるキレキレの動きで手先から足先までいっぱいに使って表現する。
指先の動き、ピンと伸ばした足、客席に向ける輝いた表情。
どれをとっても完璧なメイがそこにはいた。
ドラムソロで曲が終わり、メイがピタリと動きを止める。
一度スポットライトが消えてまた真っ暗になる。
数秒すると、スピーカーから音楽が流れ始めた。
最初の音でもうわかる。
これは「雨の牢獄が消えるまで」だ。
スポットライトが帰ってきた。
バンドメンバーはステージからいなくなっていて、メイだけが残っていた。
曲が大きく動き出すところでメイが動作に入る。
そこからはもう何度も見せてもらった、あのダンスが展開される。
練習より――もしかしたら、アップされた動画よりさらに力強くなっているかもしれない。
メイは流れるように踊り、観衆を
そして一番の見せ場、膝を落とすパートにさしかかる。
自然に体勢を下げたメイは、ステージに膝を突き、その反動で立ち上がる。一瞬のことだが、できて当然みたいに決めてみせた。しかも膝を突いた時の音もほとんどなかった。どれだけ軽やかに動いているんだ。
曲がもう終わる。
メイは右手を掲げ、最後のポーズを作った。
後奏が鳴り響き――消えていく。
ステージ上には、完璧に決めきったメイが、息を荒くしながら立っていた。
ものすごい拍手が起きた。
口笛を吹いている人までいる。
――最高だったよ。ありがとう!
立ち上がってその言葉を投げたいくらい素晴らしかった。
メイは客席に向かってぺこりと頭を下げる。
顔を上げた時、彼女の頬がライトに反射して光った。
メイは涙を流していたのだった。
客席の拍手が止んで静かになる。
「大丈夫かー?」と声をかける女子もいる。
えっと……と、メイがつぶやいたのがわかった。
ステージ脇から出てきたのは月詩さんだった。マイクをメイに手渡し、すぐさま戻っていく。
「えーっと、挨拶どうぞって言われたのでちょっとだけ」
メイは涙を光らせたまま言った。
「いつも撮影の子と二人でやってて、こんな大勢の前で踊ったことなかったんです。それが上手くいって、こんなに拍手もらったら涙出てきちゃって……。えへ、すごく楽しかったです。ありがとうございましたー!」
マイクを片手に、メイは左手を振った。
また大きな拍手が起きた。
メイはお辞儀をしてステージの脇に下がっていく。
僕はそれを見送る。
ただただ、メイがいとおしいという気持ちで胸がいっぱいだった。
☆
学校内でメイに会うことはできない。
せっかくだから、僕はフリーステージを最後まで見た。
午後二時。
フリーステージが終了したので外に出ると、太陽のまぶしさが目に染みた。
校門を目指して歩いていく。
「結城さん」
月詩さんが追いかけてきた。
「最後まで残っていたのですね」
「メイだけ見て帰るのはあとの人たちに悪い気がして。帰っちゃう人、多かったし」
「なるほど。実にあなたらしい」
「メイは?」
「教室で盛り上がっていますよ」
「月詩さんは混じらなくていいの?」
「これから行きますけど、結城さんのことも気になったので」
「あ、ありがとう」
「今日は夜に会うのでしょう。よろしくお願いしますね」
「うん。任せてくれ」
月詩さんはうなずいた。
「マイク持ってきたの、月詩さんの判断だったの?」
僕は耐えきれず訊いた。
「ええ……このまま下がっていいのかな、という顔をしていたので。なんとなくですが、あの子の言いたいことは伝わってくるのです」
「本当に仲良しなんだ」
月詩さんは指で頬を撫でた。
「長いつきあいですから。――あなたは、そういう私の親友を相手にしているのですよ。大切にしてあげてください」
「ああ。信じてほしい」
月詩さんはこくりとうなずき、校舎へ向かっていった。
「またね」
小さく声をかけると、「ええ」と軽く手を振ってもらえた。
周りに人はいなかったが、メイの名前を出すのは最小限にしておいた。
「ふう」
なんとなく、深呼吸する。
――会ったら感想を伝えなきゃな。
今日はまだまだ、重大な使命が残っている。
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