60話 文化祭は目前に
いよいよ秋本番といった空気だ。
十月最初の月曜日、僕は久しぶりにブレザーを着て学校に向かった。
衣替えの日なので教室の景色も新鮮に映る。
今月はテストと、北峰女子高校の文化祭。二つのイベントが控えている。
夏休みはメイと遊ぶことで気力を補充しつつ、勉強にもかなり力を入れることができた。今回はさらに上を狙いたいものだ。
「北峰女子の文化祭、メイちゃんがステージ上がるらしいぜ」
「やはりか。そうだと思った」
「絶対盛り上がるもんなあ」
放課後、いつもの三人組が話しているのが聞こえた。
「俺らも見に行こうぜ」
「北峰の一般公開はチケット制だぞ。僕たちは入れない」
「心配すんな。ちゃんと知り合いがいるから手配してもらうよ」
藤堂くんは得意げだ。
「知り合い……? その子からメイちゃんの情報とかキャッチできないのかよ」
城戸くんが食いついた。
「残念ながらその子、一年生なんだわ。メイちゃんと関わりなくて何もわからねー。でもチケットもらうことはできるぜ」
「いいのか? その子を利用することになる」
「あ、それはへーき。向こうは俺がメイちゃんの大ファンって知ってるから。藤堂先輩、見たいですよね? って言われたし」
「ふむ。傷ついていないのならいいが」
「まあ、ステージ終わったらしっかり相手するからそこは心配すんな。チケットのお礼もしなきゃいけねーし」
藤堂くんもけっこう真面目なところがあるようだ。……なんて言ったら失礼かな。
ところで、僕はチケットの話を聞いていない。
メイはちゃんとくれるだろうか。
大丈夫だろうけど、ちょっと不安になった。
☆
「お久しぶりです、結城さん」
「え!?」
帰り道を歩いていると、喫茶店・マスターキーの陰から月詩さんに声をかけられた。
「メイが中にいます。時間があればどうぞ」
「じゃ、じゃあ」
周りを確認してから店内に入った。今日も客は僕たちだけだ。
メイと月詩さんは冬服になっていた。
ブラウスの上にブレザー。月詩さんは赤いリボンをつけているが、メイはしていないしブラウスの第一ボタンも外していた。
「お、ユッキーが冬モデルになった。いいじゃーん」
「メイも、ブレザー似合ってる」
「ユッキーは見たことあるよね? 会ったばっかの頃はまだ衣替えしてなかったし」
「そうだけど、メイとは基本的に私服で会うからさ」
「まあそっか。これからはずっとこんな格好よ」
「私服も厚着にするでしょ。最近寒いし」
「あたしは気にせず足出すタイプよ? おしゃれ命ですから」
「命知らずとも言いますね」
月詩さんがコーヒーを飲みながらつぶやく。
「真冬でもショートパンツなんてどうかしています。暖かい地域ならともかく長野の冬にそれをやるなんて」
「月詩だってスカート短いままじゃん」
「……私は周りに合わせているだけです。私服ならちゃんと足は隠しますよ」
こほん、と月詩さんが咳払いする。ちょっとわざとらしい。
「ところで結城さん、今日はあなたが来るのを待っていました」
「なんで?」
「文化祭のチケットを早めにお渡ししておこうと思いまして」
「あ、よかった!」
大声になりかけたので慌てて抑える。
「チケットの話を聞いたからどうすればいいのかなって心配してたんだ」
月詩さんがテーブルに「
「当日はこれを受付で見せてください。何か訊かれたら、メイからではなく私からもらったということにしておいてくださいね」
「わかった」
「あーあ、みんなにあたしたちの仲を見せつけたかったのに」
「む、無茶だよ」
「そうです。炎上しますよ」
「わかってるからしんどいんだよ。はあ……」
メイはテーブルに頬杖を突いてため息を吐き出す。
「ダンスは問題なくいけそうだし、ユッキーにもいいものを見せられると思う。でも、一緒にあちこち見て回れないのがホントーにつまんなくてさ……いまいちテンション上がらないんだ」
本当に気だるげな雰囲気を放っている。
僕だって、できるなら一緒に歩きたい。
でもやっぱり、世間の目は気にしなければならない。
……彼氏として、できる限りのことをやらないとな。
「メイ、後夜祭まで残る?」
「んーん、片づけ終わったら帰るよ。そっちのステージまで上がるのはきついし、実行委員にも話つけてあるから」
「私たちは夕方には下校する予定です」
「そっか」
ここは攻めよう。
「終わったらまっさらピュアで少し話せないかな」
沈み気味だったメイの表情がパッと明るくなった。
「会ってくれるの?」
「メイがよければ」
「うん……月詩、いいかな?」
「なぜ私に訊くのです?」
「だって、反省会とか……」
「僕と会うのはそのあとでいいよ。ゆっくりしてからで」
「え、どっち優先しても悪い感じになっちゃうじゃん」
「ならばはっきりさせておきましょう。反省会を先にやります」
月詩さんが宣言した。
「そうすれば楽な気持ちで結城さんと会うことができるはずです。どうですか?」
「……じゃあ、そうする」
さすが月詩さん。メイがこういう時に迷いやすいことをわかっている。僕より長く一緒にいるからこその配慮だ。
「いつも通り八時にまっさらピュアでどうかな」
「う、うん。それでいいよ」
メイは頬杖をやめて姿勢を正した。
「ユッキーから密会に誘ってもらえるなんてね」
言われてみればそうだ。
密会はメイから提案されるものだった。
今回はそれが逆転したのだ。
「直接、ダンスの感想とか伝えるよ」
「その日のうちにってことか。それならますます頑張れるよ! 楽しみにしてる!」
「僕もダンス、期待してる」
「任せなさい! こうなったらあたしはもう無敵だから。特別な一日にするぞー!」
「メイ、静かに」
「ごめん……」
張り切り出したメイを、月詩さんがさらりとたしなめる。
その流れが自然すぎて、僕は思わず笑ってしまった。
それがメイに移り、月詩さんもかすかに笑う。
文化祭も、いい雰囲気で迎えられそうだった。
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