59話 嬉しさあふれる写真撮影

 九月最終日に、メイから密会のお誘いがあった。

 ここ最近はまた会う回数が増えてきていい傾向だ。


 いつもの時間になると僕はアパートを出た。

 十月目前ということもあって、夜はかなり涼しい。日によっては寒いくらい。


 明日からメイも冬服になるのか……。

 ずっと薄着ばかり見ていたから新鮮かも。


 まっさらピュアに着いて洗濯を始め、テーブルにつく。

 そのタイミングでメイもやってきた。

 丈の長いボーダーの長袖Tシャツ。下は青のショートパンツで、足元はブーツ。気温はあまり関係ないらしい。


「ユッキーしかいない! 完璧だー!」

「なんか、テンション高いね」

「へへへ、すみませぬ」


 メイはにへっと笑う。すごく軽快に洗濯機を動かすと、僕の横に来た。


「あれ、座らないの?」

「今日はやりたいことがあるんです~!」

「はあ、なんでしょう」

「なんで敬語なの?」

「メイもいま使ってたじゃん」

「あはは、それは失礼!」


 すごく楽しそうなことだけ伝わってくる。


「で、やりたいことって?」

「写真をいっぱい撮りたいの!」

「僕のスマホでってこと?」

「くっくっく」


 メイは得意げな顔で、ポケットからスマホを取り出した。いつも使っているシルバーのモデルだ。


「そしてこれもあるのだ」


 ポーチからはミントカラーのスマホを出す。


「あ、機種変したの?」

「そう! そんで古い機種は下取りに出さなかったの! これは写真専用機にしようって閃いてさ~!」

「なるほど。それなら人に見られないからね」

「でしょ! アパートに置いとけば安全!」


 メイは胸を張る。


 自分の手元に写真を置いておける。

 それが楽しみでワクワクしながら来たのかと思うとかわいいな……。


「はいはい、いくよ~! ユッキー笑って!」

「ええっ、いきなり!?」


 メイが急にスマホを構えたので僕は慌ててしまった。


「あっ、その顔いい!」


 シャッターが押される。メイは画像を確認し始めた。


「ふへへ、びっくりしてるユッキーの顔、かわいいね」

「くう……」


 一方的にやられている。


「え、笑顔作ればいいんだろ?」

「できる?」

「こ、こうかな?」

「あはは、緊張してるじゃん! 逆に変だよ~」

「は、はは……」

「あ! それよい!」


 すかさず二回目のシャッターが切られる。


「からかったらうまく力が抜けたね。いい笑顔だ」

「ほんとにテンション高いね」

「だってだって、今までずーーーっと彼氏の写真持ってなかったんだよ!? それってマジできついよ!? ちょっとさみしいなって時に何も見返せないんだもん!」

「だから、機種変の時にチャンスだと思ったんだね」

「そーです! 下取りしますかって訊かれた瞬間ビビッと来たね」

「ポイントを取るかカメラ専用機を取るかって二択か」

「おこづかいはお父さんがくれるし、荒っぽい使い方はしてないつもり。だったらカメラ取るでしょ」

「まあ、今までの写真は全部僕の実家だからね」


 居間のノートパソコンに収められているから、見たい時に見ることはできない。


「パソコンのおっきい画面で見るのもいいけど、ちょくちょく見返すにはやっぱスマホよ」

「バッテリーが限界だったとか?」

「そこまでじゃないけど気になってたとこなの。自分で交換できないやつだし。でも密会に持ってくるくらいなら余裕で使えるからね」


 メイは僕の隣のイスに座り、一気に寄りかかってくる。


「わわっ……!」


 突然の密着にまたも動揺してしまう。


「二人で入ってるのは絶対ほしいって思ってたの。はーい、笑って~」


 メイが左手を伸ばし、自分と僕を画面に入れる。うまく収まった。


「あと二枚! なんか表情作って!」

「え、こう?」

「わあ、キメ顔できるんだ!」

「それっぽかった?」

「いいよいいよ! わー、これは毎日見たいやつだ!」

「メイのことも撮ってあげようか?」

「それはあとで! あたしがユッキーを見たいんだから!」


 メイはいつでも明るいけど、ここまで楽しそうにしているのは初めてだ。

 じゃあ……彼氏としてサービスするべきだよな。


「立って、ポーズ作ろうか?」

「いいの!?」

「メイがそういう写真ほしいなら……」

「ほしい! お願いします!」


 僕は立ち上がった。気合い入れるぞ。


「はい、そのままで右足を少しずらして、ちょっと傾いて立つ感じ!」


 とか、


「洗濯機に片手ついて、気だるげな表情で!」


 とか、


「両手で「がおー!」ってやってほしいな~!」


 とか、メイのリクエストに頑張って応じたつもりだ。最後のは本当に恥ずかしかったけど。


 二十枚以上は撮っただろう。

 メイがとにかく楽しそうだったので、僕も頑張ってポーズを作ろうという気持ちになった。


「えへへ……ユッキーがいっぱいだ……」


 いつもニコニコしているメイだけど、今日は崩れてニヤニヤ気味。笑顔にも種類があるみたいだ。


「ユッキー、またチャンスあったら写真撮らせてね。外で遊ぶ時とかは持ってくから」

「普段は持ち歩かないようにね?」

「わかってまーす。危険なことはしないよ」


 そろそろ洗濯が終わる。

 僕は思い切って言ってみた。


「僕も……写真いいかな?」

「あたしの?」

「うん。ほら、スマホ覗いてくる友達とかいないし、学校ではそんなに使わないから」

「ロックはかけてるよね?」

「もちろん」

「じゃあいいよ。どんな感じがいい?」

「前にダンスでやったポーズとか。右手を挙げて、人差し指を空に突き立てるやつ」

「あれね! 任せて!」


 メイはちょっと離れてポーズを作ってくれた。

 姿勢良く立って、人差し指をピンと伸ばす。そして右手を掲げる。

 足が長いメイには最高に似合うポーズだ。


「ありがとう。しっかり撮れた」

「やっぱ今まではカメラ使うの警戒してた?」

「そうだね。でもメイがこうやってるの見てたら、やっぱり僕もほしいなって」

「一枚でいいの?」

「まだ許してくれるなら」


 メイがニコッと笑った。


「今日、ちゃんとした格好で来てよかった~」


 つまり、撮ってもいいということだ。

 その夜、僕たちはお互いに満足するまで秘密の撮影会を続けたのだった。

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