58話 文化祭のお誘い
しばらくメイとはメッセージと通話だけのやりとりになっている。
北峰女子高校は文化祭の準備も本格化して、メイは月詩さんと二人でダンスの練習を行っているという。
僕は彼女のタイミングに合わせるしかないので、完全に受け身状態だ。
でもメイは必ず、まめに連絡をくれる。だから不安はなかった。
〈週末にダンスの練習するけど見に来る?〉
そんなメッセージが届いたのは、九月下旬に入った金曜日のことだった。
〈行きたい〉
〈オッケー! 東団地公園でやるよ! 11時から!〉
どんな形でもメイと会って話せるのは嬉しい。
ネットでは、メイの新しい踊ってみたに期待する声もある。けれど今は文化祭を優先する。一度踊ったものをあらためてみんなの前で披露すれば進化につながるかもしれない。
僕はそう思うのだ。
☆
土曜日、僕は予定通りの時間にアパートを出た。
東団地公園へまっすぐ向かっていく。
月詩さんは時間に厳しいみたいで、僕が着いた時にはすでにメイがストレッチを始めていた。半袖シャツにズボン姿。月詩さんはブラウスにチノパンという格好だった。
「やっほー! 久しぶり!」
メイが僕に気づいて手を振ってくれる。
「久しぶり。学校帰りとかも全然会わなかったね」
「ね~。会いたかったけど時間取れなくて。実家にも帰ったりしてたし。ごめんね」
「こうやって誘ってくれたから許してあげよう」
「結城さん、今のはよいですね」
月詩さんが言う。
「メイは重くとらえすぎることがあるので、適度にふざけた方がいい場合もあります。今のは上手かった」
「冷静に指摘されると恥ずかしいんだけど……」
「そーだよ。月詩も真面目すぎ」
「あはは」
僕が笑うと、二人が視線を向けてきた。
「三人とも、極端なところがあるんだね」
メイと月詩さんは顔を見合わせ、ふっと笑った。
「みんな真剣に考えすぎちゃうよね~。もっと余裕持っていこう!」
「ええ、努力します」
「もう少し気楽にいきたいね」
ストレッチを終えたメイは、バッグから白い膝サポーターを取り出した。
「さっそく使ってないやつ借りてきたよ。これで試してみよう!」
メイはズボンの裾をまくって膝を出し、サポーターを巻く。
思わずドキッとした。
夏場のメイはずっと半ズボンやショートパンツだったから、膝は何回も見た。
けれどズボンをまくった時に現れる膝というのは、どうやら違う種類のものらしい。
「よし、一回通してみよっか!」
メイが裾を下ろしてサポーターを隠す。ズボンが膨らんだ感じはあまりない。
月詩さんがタブレットを用意する。
「撮影はスマホだけでいいのですね?」
「うん。確認するだけだし」
「わかりました」
今日はあずまやの近くで始めるようだ。
月詩さんはベンチにタブレットを置いて操作する。
バンド・トリニトロトルエンの「雨の牢獄が消えるまで」が流れ始める。
これの踊ってみたを公開した時はものすごい反響だった。
ツイッターではバンドメンバーも話題にしてくれたほどだ。
主旋律が始まると、メイがキレよく動き出す。
彼女の武器である鋭い動きを次々に展開し、ベースの跳ねる音にジャンプを重ねたりする。
――洗練されてる。
練習を見学し、収録にも立ち合い、繰り返し動画で見返したからわかるのだ。
あの時よりさらに動きに無駄がなくなっている。
ところどころアレンジも入った。
ベースやドラムの強いところに音ハメを使っているのだ。そのおかげで、より曲との一体感が増している。
そして最難関である、膝を突いてその反動で立ち上がるパート。
歌詞にもある雨だれが跳ねる表現を――メイは見事にこなしてみせた。
ちょこっとよろけたようにも見えたが、そこからはすぐ旋律に合わせて一気に最後まで踊り切る。
「――ふうっ、ちょい危なかったな」
動きを止めたメイは、荒い呼吸をしながらつぶやいた。
「すごかった。振り付けにアレンジ入れたよね?」
「わかった? 月詩と話し合ってところどころ変えたの。伝わってよかった~」
「結城さん、一回目で気づくのはさすがですね」
メイも月詩さんも納得した様子の表情だ。
「あとは細かい修正を繰り返せば本番に持っていけそうですね」
「うん」
メイが僕を見た。
「ユッキー、これをみんなに見てもらうんだけど……大丈夫かな」
「大丈夫だ」
即答した。
「この迫力と洗練ぶりならみんな満足してくれると思う。僕は見入ってたよ」
「えへへ、そっか。ユッキーに言ってもらえると自信つくね」
「膝はどうだった?」
「痛くなかった! 初めてつけたからちょっと慎重になっちゃったけど」
「少しよろけたのはそのせいだったんだ」
「あ、それも見抜かれたか。ユッキー、マジでよく見てるね」
「結城さんの観察眼は信頼できます。この人が大丈夫と言うのだから、いけますよ」
月詩さんも前向きに言ってくれた。
「そんでさ……ユッキー」
「なんだい? あらたまって」
「文化祭、見に来てくれるよね?」
「うん、行きたい」
「でも、ユッキーはうちの学校入りづらいんじゃないかって心配で」
「確かに……」
メイの学校は女子校なのだ。文化祭には男子もやってくるとはいえ、僕が一人で歩き回るにはハードルが高そうだ。
「フリーステージは11時から午後2時まで。メイは後半に配置される予定なので、その頃には入りやすくなっているでしょう。開場と同時に入る必要はないですから」
月詩さんの言う通りだ。じっと校内でメイの出番を待っている必要はない。
「じゃ、あたしの時間が決まったら教えればいいかな。ユッキーはそれに合わせて来てもらうってことで」
「わかった」
ああ、メイと屋台巡りとかしたかったな。そんなことしたら大事件になってしまうからできないけれど。
「楽しみにしてるよ」
「任せといて!」
「まあ、もし居づらければ私が声をかけたということにしておいてもらってもけっこうですよ」
「え」
「え」
僕とメイは固まった。
月詩さんがそんなことを言うとは予想外だった。
「メイに誘われた――だと騒ぎになりますが、私なら平気でしょう。校内の生徒に何か訊かれたらそういうことにしておけばよいかと」
「ユ、ユッキーが月詩に誘われて来たってことになるの……?」
月詩さんがうっすら笑っている。
「嘘でも、それは嫌ですか?」
「うぐ……正直つらいけど、ユッキーが安全に文化祭を回るためなら……うぐぐぐ」
メイは謎の頭痛に苦しみ始めた。
「彼氏が他の女の名前を出すのはつらいですねえ」
「な、ななななんか煽ってない!? どうしたの月詩!?」
月詩さんはスッと微笑みを消した。しょんぼりしている。
「最近、二人でいても結城さんの話ばかりなので……ちょっと抵抗したくなりました」
「月詩……」
メイ、ずっと僕の話をしていたのか。月詩さんからすればさみしいよね。
「ごめんね。なんか浮かれちゃってたのかも。学校とか家のお話もしたいよね。気をつける!」
「……ありがとうございます」
月詩さんはうなずいた。それから僕を見る。
「結城さん、あなたはそれだけメイに想われているのです。恵まれていることを忘れないでくださいね」
「うん。ありがとう」
近くに月詩さんがいてくれるから気づけることは多い。
はっきり言ってくれる人の存在はありがたい。
メイはもちろん、月詩さんにも気をつかえる人間でありたいな。
「じゃあ、学校の人に何か訊かれたら月詩さんに誘われたって言うから」
「ええ、そうしてください」
「ううう、つらい……つらいけどこれはしょうがない……ううう……」
メイは最後までうなっていたが、最終的には納得してくれた……と思う。
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