57話 正直者は隠せない

「メイちゃん、次の踊ってみたはいつ出すんだろうな」


 週の真ん中。

 朝の教室では、藤堂くんたち三人がメイの話をしていた。

 ゲームや漫画の話をしている時が多いけど、不意にメイのことを語り始めるのでびっくりする。


「先月アップされたばかりだぞ。そうそう次は出せないだろう」

「選曲とか振り付けも考えなきゃいかんしなー」


 佐久間くんと城戸くんは好意的な見方をしてくれている。


「できれば月イチで見たいんだけどなあ」

「それは贅沢すぎる。今までだってそんなペースで出してこなかっただろう」


 藤堂くんの気持ちもわかる。

 一番反響が大きかった六月の動画、続いて八月の動画と、二ヶ月間隔でハイクオリティのダンスをメイは出した。


 頑張ればもっと短い期間でも出せるかもしれない。そう思うのも無理はない。どんなコンテンツでも受け手の欲望は無限だからね。


 実際のところはどうなんだろう。

 一ヶ月間隔でも出そうと思えば出せるのかな。

 いやいや、さすがにきついって。

 今は文化祭のダンス練習もある。無理はしてほしくない。


 ……のど渇いたな。


 今日は久しぶりに暑い。

 僕は自販機へ行こうとして廊下に出た。


 渡り廊下へ行くと、自販機の前に女子生徒がいた。クラスメイトの高宮たかみやさんだ。

 黒髪をいつもポニーテールにしている、クラスの女子の中心的存在。


「おはようございます、結城くん……」

「おはよう」


 二学期になって、こうしてクラスメイトからも話しかけてもらえるようになった。前だったら絶対スルーされてた。


「高宮さん、なんか顔色よくないよ」

「ええ……ちょっと熱中症気味で」

「それは無理しない方がいいんじゃ」

「でも授業についていけなくなるわ……水分補給すれば回復するはずだから」

「でも」


 どう見ても体調が悪そうな高宮さんだったが、授業には出たいらしい。結局、僕は押し負けた形になった。


 スポーツドリンクを買った高宮さんは僕の横を通り過ぎようとする。


 その時、急にふらついた。


 ――僕はとっさに動いて、倒れそうになった高宮さんを受け止めた。


「だ、大丈夫?」

「ご、ごめんなさい……。やっぱりダメかしら……」

「保健室で診てもらうべきだよ。それから判断した方がいい」

「ええ、ありがとう……」

「ついていくよ」

「助かるわ……」


 僕は高宮さんを連れて保健室まで移動した。

 あとは保健の先生が対応してくれるということだったので、自販機に引き返した。


 人助けをした。

 そのはずなのだが、どうにも落ち着かなかった。


 高宮さんが倒れたら大変だった。それは確かだ。

 なのに、メイ以外の女子を抱きとめてしまったことを、心が整理できない。


 ……非常事態だっただろう。


 自分に言い聞かせてみるが、もやもやは晴れない。




 その日、高宮さんは三時間目から復帰して、回復した様子だった。


「結城くんのおかげで持ち直せたわ。本当にありがとう」

「元気になったならよかった」


 放課後、そんなやりとりを交わした。

 その時も、やっぱり僕の心は乱れていた。


     ☆


「今日のユッキーは元気ないね」


 次の密会はきっかり一週間後の月曜日に行われた。

 本来ならウキウキして行くはずなのに、水曜日のことをずーっと引きずっていた。


「ちょっと……悩み事、みたいな」

「ほう。どんな?」


 メイが首をかしげて訊いてくる。

 夜が涼しくなりつつあるので、メイは半袖シャツに七分丈のズボンを穿いてくるようになった。


「先週、学校で体調不良になった女子を見かけて」

「うん」

「その人がふらついて倒れそうになったんだ。僕は、とっさにそれを抱きかかえて支えたんだけど……」


 メイは黙って聞いている。


「メイ以外の女子にそういうことをしてしまった――って、悩んじゃって」


 メイは二度、小さくうなずいた。

 すぐには返事が来ない。しばらくコインランドリーの中は洗濯機の動く音だけになっていた。


「ユッキーは正直者だ」


 やがて、メイが言った。


「そういうの、気まずくて言わない人とかいるじゃん。空気悪くなるだけだから、みたいな」

「う、うん」

「でもそれって話しておくべきだって思うんだよね。やっぱ彼女からしたら、彼氏が他の女の子抱きしめたなんて大事件よ」

「そうだよね……」

「学校の子と話したことあるけど、彼氏が他の女の子と関わるのが絶対に許せないみたいな子もいるの。女友達が具合悪くてもあなたが介抱に行く必要ないよね? とかさ」


 自分を最優先してほしいということか。


「あたしはユッキーをそこまで束縛したくないよ。女子と話すくらいは全然気にしない」


 メイは真剣な顔つきだったが、そこで表情をゆるめた。


「こういうことがあってよかったのかも。ユッキーは報告してくれる人なんだってわかったから。相手が急病でも、あたしのことも同時に考えてくれたってことだもんね」

「難しい話ではあるんだけど……」

「ま、あたしから見ればユッキーは気にしすぎだけどね。人を助けるのにそんなことで悩まないで。えらいことをしてるんだから」

「そ、そうだね……」


 んー、とメイは人差し指をほっぺに当てた。


「それでも気になるなら、あたしにも同じことしてよ。そうすればみんな幸せ!」


 メイは立ち上がって僕の横に来た。

 どうやら塞ぎ込んでいる場合ではないらしい。


 僕も立って、メイを抱きしめた。

 いつもより強く、ぎゅっと腕に力を入れる。メイの体温がしっかり伝わってくる。

 ここで抱きしめ合うのもかなりの回数になってきた。

 それでも今日のこれは、普段より力が入った。


「メイが一番だよ。僕はいつでもメイのことを考えてる」

「うん。そこまで悩んでくれてありがと。あたしも人間関係で何かあったらユッキーに相談するから」

「お願い」

「ふふ、正直者の彼氏でよかった」


 僕の胸に顔を埋めて、メイが笑う。

 その柔らかい声に、僕は救われた気持ちだった。

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