56話 彼氏としての意識

 これからメイとの密会だ。

 僕は準備したお菓子の袋を用意してコインランドリーへ向かった。


 洗濯物は昨日、制服と一緒に洗った。

 まっさらピュアに二日連続で行くのは初めてだ。


 中に入ると、やっぱり今日も僕の方が早かった。

 テーブルにつくと同時に自動ドアが開いてメイが入ってくる。


「やるじゃん」

「僕の方が近いからね」

「まあ、別に競ってるわけじゃないけど」

「お、強がり?」

「ぐはっ! ユッキーに挑発された……!」


 メイが大げさに胸を押さえたので僕は笑ってしまった。


「へへ、ホントにしっかり回復したね。よかったよ~」

「メイがたくさん看病してくれたおかげだよ。ありがとう」

「どういたしまして。……あらたまって言われるとなんか照れるね」


 メイは洗濯機を動かして、いつものように僕の向かいに座る。


「メイ、これはお見舞いのお礼なんだけど受け取ってもらえるかな」

「え、高そうな袋……」


 僕がテーブルに出した緑色の紙袋を、メイはおっかなびっくりといった様子で開けた。


「わー、抹茶ショコラ! いいの!? これめっちゃ高いやつじゃない!?」


 メイのテンションが跳ね上がる。


「平気平気。母さんに闇の力で手に入れてもらったものだから」

「あははっ、なにそれ~」


 僕は昨日、母さんに電話していたのだ。風邪を引いてからの流れを。


 そしたら母さんが――


『メイちゃんにお礼したいわけね!? やってくれたことを考えたら生半可なものは渡せないわ……よしっ、メイちゃんが喜びそうなものをピックアップして候補を絞る。あんたはその中から一つ選んで!』

『わ、わかった……』


 こんな具合にやりとりをして、僕は抹茶ショコラを選んだのだった。

 母さんが本気を出しただけあってけっこう値段のするものだ。それなりの味のはず。僕は食べていないけど。


「い、いま食べていいかな?」


 メイはワクワクした顔をしている。そこまでいい反応をしてくれるとこっちまで嬉しくなるよ。


「ぜひどうぞ」

「いただきまーす!」


 ショコラは一口大だ。

 メイはそれを大切そうに口に入れた。


「やば……溶ける……体が……」

「そのリアクションは予想外だったな」

「待って、ふざけたんじゃないの! めちゃおいしいよこれ! 感動するよ!」

「よかった、選んだ甲斐があったよ」

「ユッキーは食べたの?」

「いや、選んだだけ」

「じゃあ食べてみて! マジでおいしいから!」

「そ、それじゃお礼の意味が……」

「あたし、ユッキーにも食べてほしいな……」

「くっ!」


 急にしおらしい態度を見せてきたので心が揺らいだ。メイは僕の心を簡単にもてあそんでくる。


「一緒に感想とか話したいの!」

「なら、一個だけ……」

「はい、口開けて~」

「ええっ!? それはまずいって!」

「アパートではやったじゃん」

「んん!?」


 思い返してみると――そうだ! 熱のせいでボーッとしていたけど、僕はメイにご飯を食べさせてもらっていた!


「し、しまった……せっかくの「あーん」を風邪の時に受けてしまうなんて……」

「なんか面白いこと言ってるね、ユッキー」


 うん……思考が暴走しちゃったね。


「じゃ、あらためてやってあげようじゃないの。はい、あーん」

「い、いただきます」


 メイの指に触れないようショコラを口に入れる。

 しっとり甘い!

 ショコラなんて普段食べないけど別格だと本能が理解する。


「おいしい。これが本気のショコラか」

「本気とは」

「他に言い方が思いつかなかっただけ」

「さっきから勢いだけでしゃべってるよねユッキー。「あーん」ってそんな嬉しいの?」

「それはまあ……彼女に甘えられる貴重な瞬間というか……」


 言っていて恥ずかしくなってきたな。


「ということは、あんまり気軽にやらない方がいいか。ユッキーが油断してる時にいきなりやってあげるね」

「ささやきみたいに?」

「そうそう! ユッキー、油断できませんぞ。ふふふ」

「くっ……」


 電話で油断するとささやきが来て、食事で油断していると「あーん」が来るのか。気が抜けないな。


「話は変わるんですけど」


 メイが唐突に言う。


「文化祭のダンス、解決法を思いついたよ。今度練習で試してみるつもり」

「お、どんな風に?」

「バレー部が使ってる膝のサポーターあるじゃん。あれをつけて、衣装はズボンにするの」

「なるほど!」


 それはいいアイディアだ。ステージの床にも怖がらずに膝をつけられる。


「誰か貸してくれそう?」

「うん、バレー部の子が貸してくれるって。これでもう怖いものなしだね」

「ズボンなのもいいと思う。ステージの上だとみんなたくさん見るからね」

「あたしの足、人に見られるのは嫌?」

「まあ、嬉しくはないかな……」


 といっても、普段は短いスカートを穿いているから誰かしらには見られている。


「制服の時はすれ違う人だけだよね。でもステージはみんなメイを見に来るわけだから、そこで変な視線が飛ぶのは嫌だな」

「わかった。やっぱりズボンで正解みたいだね」


 ふふっ、とメイは笑った。


「彼女がいやらしい視線浴びるの嫌って、彼氏としての意識が強くなってきたね」

「そ、そうなのかな?」


 メイはショコラをつまみながらニコニコしている。


「あたしは嬉しいよ? 好きな人がそう思ってくれるのはさ」

「でも、メイの選択を否定はしないよ。やりたいようにやってほしい」

「ホントにそれでいい?」

「……どうしても気になることが出てきたら、ちゃんと話し合おう」

「りょーかい。こうやって向かい合って、だね」

「そうそう」


 なんでもコミュニケーションが大切だ。お互い譲れないところが、これから出てくるかもしれない。そこで折り合いをつけられるようにできればいい。


「また練習とかやるから見に来てね」

「オッケー。僕も振り付け覚えてるし、一緒に確認するよ」

「お願い。――じゃ、ショコラパーティーやって解散ね!」

「え、僕は一個でいいよ」

「ダメ! 十個あるんだから半分ずつ!」

「これはお礼なんだって!」

「一緒に食べたいのー!」

「メイのために用意したものだし!」

「もうっ、ユッキー真面目すぎ!」


 息を荒くして言い合ったあと、僕たちは冷静に互いの顔を見つめた。


「……落ち着いて、分ける数を決めるべきだね」

「さんせーい。平和にいかなきゃね」

「そう、こういう時こそ話し合いだよ」

「まだまだ大人になれないなあ」


 メイは苦笑する。

 でも、ケンカする前に引き下がれるのだから、大人まであと一歩なんじゃないか?


 話し合った結果、僕もショコラを四つもらうことに。

 メイは僕が受け取ったことにとても満足したようだった。

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