55話 月詩の気持ち

 週明けの教室。

 案の定というか予想通りというか、藤堂くんたち三人はメイのハプニングの話で盛り上がっていた。


 メイは恥ずかしがっていたからあまり触れないであげてほしいが……と思ったものの、僕が必死で止めるのは不自然だ。机に突っ伏してなるべく聞かないようにしていた。


 そのメイからは、お昼を回った頃に密会のお誘いが来た。


 月曜日のまっさらピュアはまず人を見かけないので、密会をするには週明けが一番安全だ。


 学校帰りにいつもの通りを歩いていると、マックの窓から月詩さんの姿が見えた。久しぶりだ。向かいにはメイもいるだろう。


 入ろうか迷っていると、ちょうど月詩さんが立ち上がった。

 二人が出てきて、メイと目が合う。ニコッと笑ってくれた。


「メイ、行きますよ」

「はーい」


 二人は歩いていったが、僕も同じ方向に進まなければならない。

 メイは足が速いので距離が詰まることはないだろう。


 と、思っていたら月詩さんがなぜか遅れ始めた。僕は月詩さんにすぐ追いついてしまう。


「こんにちは結城さん」

「こ、こんにちは」

「メイに看病してもらったそうですね」

「う、うん。……怒ってる?」

「いいえ。メイがあなたを信用しているのです。だったら部屋を訪ねるのは自由だと思っています」

「よかった。メイにはすごく助けてもらったよ。今度、ちゃんとお礼をするつもり」


 珍しく、月詩さんが微笑んだ。


「それはとてもよいことですね。ただ、メイは張り切りすぎる時があります。行きすぎだと感じたら止めなければ駄目ですよ」

「そうだね。僕の制服を洗いにコインランドリーまで行こうとしてた。自重してくれたけど」


 月詩さんがため息をついた。


「本当に、あの子は……」


 なんだか遠い目になっている、


「ともかく、無理させすぎないように見てあげてください」

「わかった」


 月詩さんは歩調を速め、メイのところまで戻っていった。


「月詩が自分から話したがるなんて意外だな~」

「少し、気になったので」

「取っちゃヤだよ?」

「当たり前です。そんな不義理はしません」

「言い方がお堅い」

「いいのです。こういう性格ですから」


 メイが冗談を言って、月詩さんが真面目に返事をする。それをメイが軽くからかう。


 そんな会話が聞こえてきた。

 月詩さんの言い回しとか、真面目に答えてしまうところにシンパシーを感じる。


「今夜も出かけるのでしょう。気をつけてくださいよ」

「はーい。注意して出かけまーす」


 不思議とバランスが取れている二人。なんだか面白い関係だ。


     ☆


 週末、結城さんが風邪を引いたと聞いて、メイはすぐ看病に向かった。

 私は昔を思い出した。

 そういえば私も、メイに看病してもらったな――と。


 あれは中学三年生の時。

 私は健康な方だったけど、よりによって受験が近い時期に体調を崩してしまった。


 家で寝込んでいると、その日の夕方、メイが家にやってきた。


「月詩、お見舞いに来たよー」


 中学の制服のままだ。

 私とメイの家はあまり離れていない。本家と分家の対立みたいなものもない。なので、メイはよくやってきた。隠してあるカギの場所も知っているし、私の部屋も知っている。


「うわ、月詩の汗やばっ! お風呂場借りていい?」

「いいですが……なにを?」

「タオル濡らして汗拭かなきゃ! 今、誰もいないんだよね?」

「え、ええ……」


 メイは私の家を第二拠点のように使っていたので間取りに詳しい。

 すぐにタオルと洗面器を持ってきてくれた。


「みんな忙しいんだね~」

「はい……仕事ですから……」

「深星さんは?」

「姉はいつも帰りが遅いので」

「そーいえばあんまり見たことないね。起きられる?」

「なんとか……」


 私はベッドから足を垂らして座った。


「綺麗にしてないと気持ち悪いでしょ。待っててね」


 メイは私の顔を拭いて、それから背中や足まで拭いてくれた。

 小学生の頃は一緒にお風呂だって入ったけれど、中学生になってこういうことをされると、なんだかとても恥ずかしい。


「メイ、ダンス仲間と遊んでこなかったのですか」


 メイは人気者で愛されキャラでもあった。

 いろんなグループから引っ張りだこ。それを楽しんでいた。


「あたしは月詩がとにかく心配だったの。順番とかつけたくないけど、でもやっぱ月詩のことが一番よ」

「そう、ですか……」

「あ、冷えピタ貼り替えよっか。頭触るよ」

「は、はい」

「こっちをどーぞ」


 おでこがひんやりする。冷却シートに手を伸ばす元気もなかったのだ。


「メイ、どうしてそこまでしてくれるのですか?」

「ん?」

「私だけじゃない。クラスの誰かがケガや体調不良を起こしても、あなたはすぐつきそってあげる。どこからそんな気力が湧いてくるのか、私には不思議で……」

「あー、そうね。なんかやりたくなっちゃうんだよね」


 メイは黒髪の先を指でいじった。


「たぶん、あれ。周りのみんなに笑顔でいてほしいんだよ。つらいところ見たくないの」

「それだけ……?」

「おかしいかな?」

「い、いえ……」


 メイの理屈はシンプルだった。

 しかし、単純ゆえに行動し続けられるのはすごいことだ。

 私とはメンタルの強さが違う。


「……無理、しないでくださいね」

「してないよー。やりたいようにやってるだけ」

「でも、その優しさにつけこんでくる人間がいるかもしれません。メイの強さを知っているからこそ、怖いんです」

「うーん、いいように使われちゃうかな?」

「そういう人間は、世の中にいると思います。あなたは告白だってたくさんされているのですから、悪い男だって寄ってきます」

「あはは、心配しすぎだよ。んー、まあ、そうだなあ……」


 メイは唇を指で触りながら何か考えている。


「月詩みたいに、感謝してくれる人と仲良くなれるのが一番いいのかな?」

「……そうですね。優しさを当たり前と思う人とは、メイはきっと合わないと思います」

「高校でも素敵な人と会えたらいいよねー」


 そう言ってメイは笑った。


 …………。

 ……。


 あの日の会話を、私はまだはっきりと思い出せる。

 そして、今のメイを見て自分まで幸せな気持ちになれる。


 窓際に座って、私は夜空を眺めていた。

 今頃きっと、メイは密会に向かっている頃だろう。


 結城さんとつきあうことになったメイ。


 彼女は最近、楽しかったエピソードをたくさん聞かせてくれる。

 ただでさえ元気いっぱいだったメイがさらに輝いている。

 だから、私は確信している。


 ――素敵な人と出会えてよかったですね、メイ。

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