54話 やっぱりアレは苦手
『家族に久しぶりに料理作ってあげたんだ。オリーブオイルのチキンサラダと、オニオンスープ。あたしもけっこうやるでしょ』
〈料理できるの意外〉
〈メイちゃんの手料理とか最高じゃん〉
〈ダンスできて料理もできるとか完璧超人やん〉
日曜日の夜、メイがムービーキャストで雑談配信をしていた。
現在、夜十時過ぎ。
いつもここから一時間くらいの配信だ。
「なんかそれ言われたな~。苦手なことないでしょって友達に言われたりもするよ。全然そんなことないのにね」
〈苦手なことは?〉
常連リスナーがコメントで訊く。
『ん~、やっぱ勉強。あ、聞いて。このまえ抜き打ちで小テストみたいなのやったんだけどさ、どの教科も補習ラインギリギリだったの。あれはマジでヒヤッとしたなあ』
〈勉強はできないのね〉
〈やっとくと思わぬところで使えるぞ。社会人からのアドバイス〉
『ありがと。そうだよね。どうせ使わないでしょって考え方はよくないね』
〈メイちゃんそういうところ素直でえらい〉
『根っこは真面目なんです。えへん』
かわいい、という言葉でコメント欄があふれる。僕もこそっと参加しておいた。
メイに手厚く面倒を見てもらったおかげで、今日の僕はかなり体調がいい。
熱が出た分、少しだるさを引きずっているが、今日の朝に比べればほとんど完全復活みたいなものだ。
僕のあれこれを世話してくれたのに、メイは今日もしっかり配信の時間を取っている。本当にすごい。
『言うほどあたし完璧超人じゃないけどなあ。雷とか苦手だし、怖いものはあるよ』
〈雷はみんな苦手よ〉
〈好きで雷見る奴はかなり奇特だな〉
『そっか……。じゃ、別に弱点って言うほどでもないのか。――なんでこんな話をするかっていうとね、例の友達に弱いところを見せて距離を縮めたいわけ。完璧って思われると向こうが落ち込んじゃうのがわかるんだよ』
見抜かれていたのか……。
汗を拭いてくれたり料理をしてくれるメイを見ていたら、なんでもできるんだな――と僕は自信をなくしかけていた。
メイはそれを気にしていたのか。
かといって弱点をアピールされても、それはそれで反応に困る。
お互い、今は難しい状況かもしれない。
『苦手なことと言えば、また「うちのタレントになりませんか」みたいなお誘いが来たよ。あたし、事務所所属は無理だね』
そんな話もあったのか。
ここ二作の踊ってみたは評判も再生数も勢いがすごい。
芸能人のスカウトをしている人からしたら、メイは間違いなく逸材だろう。
『でも断っちゃった。どうしても時間縛られるからね。自由にやれるから楽しいわけで、人にスケジュール決められるのはきつい』
〈社会出るとそんな感じになっちゃうけどなー〉
『わかってるよ。仕事は仕事って割り切るつもり。でも芸能界はそれと違う常識で回ってんじゃん。あたしはそれが合わないと思うんよね。個人で配信してるのが一番幸せ』
そう、とメイは強調する。
『自分が幸せになれるやり方で続けたい。そんでみんなに楽しんでほしいんだ』
〈かっこいいねー〉
〈芯が通ってる。メイちゃんは強いわ〉
〈メイちゃんが楽しく踊れば俺たちも楽しい気分になれるよ〉
〈Win-Winの関係でいこうぜ〉
コメント欄はみんな好意的だ。
ネットを見ていると芸能界の暴露系の話題などはどうしても目に入る。バラエティ番組のタレントいじりなんかも。
僕はメイがああいう目に遭うのは耐えられない。本人がそれを嫌だと言ってくれるなら、こんなに嬉しいことはない。
でも、テレビに出ることに憧れがないって、やはりメイは配信業が本当に向いているんだなあ。
『みんな嬉しい意見ありがとね。引き続き今の形式で活動続けてくから、また応援してほしいな』
頑張れ。応援してる。そんなコメントがたくさん流れた。
『かっこいいメイをもっと見せつけちゃうからね。へへっ』
コメント欄もいい感じの盛り上がり方だ。
『ひゃあっ!?』
――それが、メイの甲高い悲鳴で一気に鎮まった。
『ちょっ、やっ……首にクモ落ちてきた……! クモ無理ぃ……! 助けて……!』
バタバタゴトゴト激しい音が聞こえてくる。
コメント欄は困惑気味だ。
しばらくこもった音が聞こえたあと、窓をバシッと閉める音が聞こえた。
『あああ、もう最悪……! 足いっぱいある虫はマジで無理なの! ショックで死ぬかと思った……』
ふうー……と、メイが深く息を吐き出す。
〈弱点あったね〉
〈迫真の驚き方でビビった〉
〈友達にさりげなくそれアピールしてみたら?〉
『な、なるほど。これが弱点……。よし、みんなの言う通りにしてみようかな』
〈さらに仲良くなったれ〉
〈メイちゃんも人間だなって安心したわ〉
『あはは……みんなも入り込んできた虫には気をつけようね』
いつになく硬い雰囲気で配信が終わった。今日はささやきをする余裕もなかったようだ。
数分待っていると、メイから電話がかかってきた。
「やほ~」
「配信お疲れ様。昨日はありがとう」
「どう、よくなった?」
「おかげでバッチリ」
「よかった。学校も行けそうなの?」
「もちろん」
「じゃあまた密会しようね」
「うん。それでさ……」
「あー、わかってるよ。虫が苦手って話でしょ?」
メイはちょっと投げやりな感じになっている。
「配信であんなとこ見せちゃうなんて……マジで恥ずかしい……」
「クモは急に落ちてくるからなあ」
「うう……ユッキー、今度会ったら慰めてね?」
メイが甘えるような声で言ってくる。
「わ、わかった。元気づけてあげるよ」
「お願い……」
「でも、メイにも苦手なものがあって少しホッとしちゃったよ」
「こういう形で教えたくなかったなあ。ま、ユッキーが安心したならいっか。なんか気にしてそうだったから」
「無敵すぎるじゃんって自信なくしてたよ。それだけできるんだから、虫が苦手なのは逆に愛嬌だよね。かわいいと思う」
「あうっ。きゅ、急にかわいいとかびっくりするんですけど!」
焦ったように反論してくる。メイって意外に脆いところあるよね。
「くう~、ユッキーに反撃のネタを与えてしまった……」
「ほどほどに使わせてもらうよ」
「いやだあ~」
嫌がり方も断固拒否という調子ではないのでやはり愛嬌がある。
「なんか疲れちゃった。とりあえず、次の密会はよろしくね」
「お菓子持っていくよ」
「ホント? じゃあ楽しみにしてる!」
一気に声が元気になった。
僕たちは挨拶を交わして通話を終える。
苦手なものがわかったとはいえ、ネタにしすぎないようにしよう。でないと、デリカシーのない人間だと思われてしまう。
節度を守って彼女とつきあおう。
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