42話 雷の夜の密会

 お盆明け、メイから密会のお誘いがあった。

 夏休みはかなり会っているけど密会の回数は少なめだ。


 ひどく蒸し暑い空気の中、僕は洗濯物のバッグを持ってコインランドリー・まっさらピュアへ向かった。


 誰にも邪魔されることなく到着すると、洗濯を始める。

 今日は家からカルピスを持ってきたのでそれを飲みながらメイを待つことにする。


「八時ちょうどだからセーフだよね!」


 そんなことを言いながらメイが駆け込んできた。

 本当に八時ちょうど。

 おなじみ半袖シャツと半ズボンスタイルだ。今日は上が青で下が黒。


「時間通りだ。さすがメイ」

「む、ちょっと嫌味っぽい」

「時間を守れてえらいよ」

「あ~、バカにしてる! 確かにちょっと遅かったかもだけど」


 メイは文句を言いつつ洗濯機を動かす。僕たちはテーブルで向かい合った。


「思ったよりここで会えてないよね」

「出かける回数が多かったからね。二学期が始まったらまたここが中心になるよ」


 長野の高校の夏休みは、他県に比べると短い。来週からもう学校が始まる。


「メイは二学期の勉強、いけそうなの?」

「よゆー」

「追試受けたのに?」

「苦手な国語もユッキーのアドバイス受けたから怖いもんなしだよ!」


 メイは胸を張る。


「……でもさ、そうやっていろいろ経験したよね、一学期は」

「急にしみじみしてきたね」

「なんか、久しぶりだから思い出しちゃって」

「初心を忘れないでいきたいね」

「うん。ユッキーと会って、少しずつ距離を縮めて……ふふ」


 何を思い出しているのやら、メイは穏やかに笑った。


「今週はダンスの本番を撮るよ。いつもの公園を偵察して、人がいなかったら撮影開始の予定」

「わかった。見に行っていいんだよね?」

「もちろん。人がいたら他の候補地を使うから、その時は地図送るね」


 僕はうなずいた。


「あとは海を見に行くっていう話だけど」

「そうだったね」


 僕が提案したのだ。海水が苦手というメイに「眺めるだけでも楽しいよ」と伝えた。


「ユッキーがよければだけど、泊まりで行きたいんだよね」

「日本海?」

「うん、新潟の方が近いから。海沿いの宿に泊まって、夜は砂浜で花火するの」

「いいね。夏休みの締めには最高だと思う」


 想像するだけでも絶対に楽しいとわかる。


「それはお母さんに車出してもらうつもりなんだ。お母さんなら平日でも動けるから」

「休日は混むもんね」

「そうそう。だから今週の木金もくきんで行こうと思ってるんだけど、急すぎる?」

「いや、いけるよ。着替えだけ準備すればいいよね」


 即答すると、メイがホッとした顔になった。


「じゃ、決まり! 最後にいっぱい思い出作ろうね」

「楽しみだ」


 そろそろ洗濯が終わるな……と思ったところで、ゴロゴロゴロ……と音が鳴り始めた。


「雷か……?」

「うそ、こんな時間に?」


 外で雨音がするようになり、一気に強くなった。


「うわ~、最悪。傘ないし帰れないよ」

「ちょっと待とうか。この雨ならお客さんも来ないだろうし、長居しても大丈夫だよ」

「うん……」


 その瞬間、窓の外が明るくなった。雷鳴が鳴り響く。


「ひっ」


 メイがビクッとして耳を塞いだ。

 僕はとっさに立ち上がり、彼女のそばについた。


「雷、苦手?」

「おっきい音がね……」

「タイミング悪かったけど、これも思い出だ」

「あはは、ユッキーは前向きだなあ」


 メイは耳の近くに手を当てたままだ。


「少し、背中撫でてもらってもいい? 雷の時って、今でもお母さんにそうやってもらうことあってさ」

「いいよ」


 僕はメイの背中をそっとさすった。

 平熱が高いというメイの背中は、シャツ越しでもやはり熱かった。


 雷が続けて鳴っている。メイは耳を塞ぎ、音に耐えている。

 僕は稲光の方が苦手なので、窓の方を見ないようにしてメイの背中を撫でる。


 背中を丸めているメイは、いつもより小さく見えた。

 普段は姿勢がいいから、僕とほとんど身長が変わらない。苦手なものに直面した時って、どうしても縮こまってしまうよね。そんな彼女もいとおしく思えるのだった。


 お互いの洗濯機はとっくに止まっていた。

 僕たちは席から動かず、雷が遠ざかっていくのを待った。


 メイの背中をさする手をゆっくりにする。

 空いた左手は、いつしかメイの左手と絡まっていた。これは僕が求めたのだった。


「雨が弱くなってきたよ。遅い夕立みたいなやつだったね」

「よかった。帰れそうだ……」

「大丈夫?」

「うん。ユッキーがいてくれてよかったぁ」


 メイが安心したように笑うので、僕も笑顔になれた。


「こんな日は送り届けてあげたいよ」

「そういうの、ちょっと憧れある。そのうちあたしのアパートも教えるから。いつか、一緒に部屋でのんびりできたらなって思ってるよ」


 意外な言葉だった。アパートの話は出なかったから、メイは触れたくないのだと思っていた。


「そうなったら、雨が降っても怖くないね」


 僕が答えると、メイはニコッとして飛びついてきた。

 ここで抱きしめ合うのも当たり前になったなあ。


 通り雨と雷が横切った特別な夜。

 帰りは二人で一緒にコインランドリーを出た。

 雨とアスファルトが匂い立っている。


「おやすみ、ユッキー」

「おやすみ。気をつけてね」

「家に帰るまでが密会だもんね」


 メイが手を振って離れていく。

 アスファルトが放つもやの中を、彼女が突っ切っていく。その背中が闇夜に消えるまで、僕は見送っていた。

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