43話 月詩さんには負けたくない

 旅行を目前に控えた中、今日はメイのダンスの本番収録が行われる。


 メイからは、

〈公園問題なし~!〉

 と連絡が来ているのでこのままアパートから徒歩で行けそうだった。


 カラッと晴れた日のお昼前、僕は東団地公園に向かった。


「来たね、ユッキー」

「お久しぶりです」


 メイと月詩さんがすでに準備を終えて待機していた。


 今日のメイは、この前の密会に近い服装だった。青い半袖シャツと、黒の半ズボン。半ズボンには金のバックルがついたベルトを締めている。足元はゴツめのブーツだ。


「前のよりは無茶な動きないからこの靴でやるよ」

「動きづらそうに見えるけど」

「だいじょーぶ! もうこれで練習もしたから。ね、月詩」

「そうですね。いつも通り動けていたと思います」


 月詩さんが言うなら間違いないだろう。この人は忖度を一切しない人なのだ。


「では、始めますか?」

「うん、やろうか」


 すごくスムーズに収録が始まろうとしている。僕はただ見ているだけでいいのだろうか? 今回も飲み物は用意してきたけど、それだけでは足りない気がする。


 こう……メイの気持ちが上がるようなことはできないだろうか。


 ――そうだ!


「円陣組もうよ」


 僕が言うと、二人が不思議そうな顔をした。


「手を重ねて、いくぞーみたいなやつをやりたいというか……」


 上手く説明できなくてあわあわしてしまう。でも伝わったらしい。


「なるほどね! それでアゲてきますか!」

「メイの状態がよくなることは歓迎します。私もやるべきですか?」

「月詩さんも欠かせない一人だから」

「では、やりましょう」


 おお、すんなり乗ってくれた。


 三人だと円陣にはならない。

 三角形を作った僕たちは、右手を伸ばして重ねた。一番下に月詩さん、真ん中にメイ、上が僕。


 サポートの二人で、中心になるメイを挟む形だ。


「ユッキー、一言どーぞ」

「よし……けっこよく……」

「……」

「……ふふ」


 僕は大げさに咳払いする。


「かっこよく決めていこう!」


『おー!!!』


 みんなで右手を掲げた。月詩さんも意外なくらい大きな声を出してくれたのが嬉しかった。


「どうやら、結城さんにもまだまだ成長の余地があるようですね」


 冷静に指摘されて恥ずかしくなった。


「でも、よいアイディアでした。プラスになることはどんどん提案してください」

「う、うん。ありがとう」


 月詩さんはカメラの最終調整をする。


「よさそうですね。メイ、いけますか?」

「うん! 気合いもばっちり、絶対成功する!」


 やる気に満ちあふれたメイがカメラの前に立った。

 芝生の上でくるりと華麗にターンを決めてみせる。ブーツでは回りづらいだろうという予想を一瞬で上回ってくる。メイの身体能力は本当に高いのだ。


「では、曲を流します」


 月詩さんがタブレットを操作し、指でカウントを始める。


 最後の一本指がメイを指した瞬間、イントロが流れ始めた。


 メイは開始位置で顔を横に向けて立っている。そこから始動するギターに合わせて本格的に動き始める。


 今回は横移動より前後や上への動きを多めに取り入れている。


 突き進む一人の女性を描いた歌詞。

 その前進と這い上がる姿を、体いっぱいの動きで表現する。


 僕は飲まれるかのように前のめりになっていた。メイのダンスは動画で見ても迫力がある。けれど直接見ると、引き寄せられるような力があるのだ。


 今回はトリッキーな動きが少ないので、メイの動きは安定している。

 それでもダンスのキレは素晴らしく、これまでの踊ってみたからの進化が感じられる。


 正統進化という感じだろう。

 去年の動画から見ている人間なら、どこが変わったかしっかり伝わるはずだ。


 歌が終わり、曲は後奏に移っていく。

 メイは休むことなく手と足を動かす。


 この曲のラストはフェードアウトすると見せかけ、最後に大きなギターの音で締められる。


 メイは両手を胸の前で合わせて、さっき見せたような回転をその場で展開する。

 回りながら沈み込むというフィギュアスケートみたいな動きから、ギターに合わせて跳びはねる。

 着地。バランスは崩さない。

 左手を胸に当て、右手を空へ向かって伸ばす――。


「…………」


 しばらくの、間。


 月詩さんが息を吐き出した。


「見事でした、メイ」

「はあ、はあ……決まったね。あたしはよかったと思ったけど」

「同感です。結城さんはいかがでしたか」

「完璧だった。何回もチャレンジして成功するのも熱いけど、一発で決めちゃうのもクールで最高だ」

「よかったですね。絶賛されていますよ」

「えへへ。ユッキーはちゃんと褒めてくれるから好き~」


 僕がメイの収録に立ち会うのは二回目だ。

 いつも一発で決まるんだろうか? 前回苦労したのを知っているだけに、今回はわりあいあっさり終わった気がする。


「見返してみましょう」


 あずまやに移動して、日陰で動画を確認する。


 ――やっぱり、パーフェクトだよ。


 ムダがなく、しかし遊び心もある振り付け。それを、場面に応じて表情を変えながら踊るメイ。


 メイという踊り手に求めているものがすべて詰まった一曲になっていると思う。


 と、僕はそれをメイに伝えた。


「そこまで褒められると照れちゃうな。まあ、上手くいった感覚はあったけどね」

「短期間で一気に詰め込んだのが逆に上手くいったのでしょう。前回は時間をかけすぎました」

「あれはあれでつっかかってる部分あったし」


 月詩さんは動画の確認を終えて微笑んだ。


「この曲が、メイをもっと人気にしてくれますよ」

「そうだといいなあ」


 僕はバッグからスポーツドリンクのペットボトルを出した。


「二人とも、よかったら」

「今日も持ってきてくれたんだ。ありがと!」

「メイ、私も準備してきましたよ」


 月詩さんが対抗するようにリュックサックから別メーカーのスポーツドリンクを出す。


「月詩もありがとね」


 メイは両方を受け取って、ベンチに置いた。

 僕と月詩さんはメイの手がどちらに向かうのか見ている。


「ね、ねえ、なんか視線が怖いんだけど……」

「気にしないでください」

「そうそう。メイはゆっくり休んで」

「こ、この空気で……?」


 メイは僕たちを交互に見てから、両方のペットボトルのふたを開けた。


「どっちが上とかないよ。二人とも大切だから、ちゃんと両方いただきます」


 まず僕のペットボトルに口をつけ、それから月詩さんの方も飲む。


「ごめん、なんか気をつかわせちゃったね」


 だんだんそんな気持ちになってきた。


「いーのいーの。二人があたしのこと考えてくれてるってわかって嬉しいよ」

「……私も、つい結城さんと張り合ってしまいました」

「ユッキーは気づかいの鬼だから月詩も負けたくないよね。わかるよ」


 月詩さんは恥ずかしそうに頬を人差し指でかいた。

 思いがけなく勝負みたいになったが、今回は引き分けだ。


「このダンスは週末にアップしようかな。ユッキーと新潟行って、そのあと配信で告知入れて、次の日にアップって流れ」

「わかりました。動画の方は確認しておくので安心して行ってきてください」

「帰ってきたらあたしも確かめる。そこは月詩と一緒じゃないとね」

「……ええ」


 月詩さんは嬉しそうに見えた。やっぱりメイに頼ってほしいみたいだ。


 ともかく、収録は無事終了。

 今回も再生数が伸びてくれることを祈るのみだ。


「ところでメイ、飲み物のメーカーはどちらが好みですか?」

「え? まあ、どっちかと言えば月詩の方かな」


 月詩さんが僕を見て、口元に笑みを浮かべた。


 ……ま、負けた……?


 まだまだメイという彼女への理解が甘かったらしい。

 くっ……いつかリベンジするぞ!

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