39話 ドキドキに慣れようね

 メイの家に呼ばれてからまた数日が経った。

 僕は相変わらずクーラーの効いた部屋で勉強を続けている。

 一学期は狙っていた一桁順位を取れなかったので、次こそは。


 その一方で、メイのダンスがどれほど進んでいるのかも気になる。

 こちらから誘うのは危険なので、アクションは向こうから。それが待ち遠しい。


 久しぶりに連絡が来たのは火曜日だった。


〈突然だけど今夜密会どう?〉


 月詩さん公認になったので、もう暗号を使う必要もない。あれはあれで特別感があってよかったんだけどな。


〈行けるよ〉

〈じゃあいつもの時間で!〉


 よし、早めに夕食を取ろう。


     ☆


 夜になっても街は暑かった。

 鶴田さんがいないこと確認してから、僕はアパートを出ていく。


 コインランドリー・まっさらピュアまで特に障害はなかった。

 週末に洗濯を終わらせているので今日は話すためだけに来た。


「久しぶり!」


 数分遅れでメイが入ってきた。

 僕はギョッとした。


 メイの半袖シャツはヘソ出しタイプのもので、下はショートパンツよりさらに丈が短いホットパンツ姿だった。


 加えて足元はサンダルだから、絶妙に日焼けした長い足の存在感がものすごいことになっている。


「メ、メイ、大胆だね……」

「ふふ、ドキドキする?」

「そ、それはもちろん……」


 メイはニコッと笑って、洗濯機を動かした。


 テーブルにはつかず、僕の前でターンしてみせる。


「あたしの足、綺麗かな」

「う、うん」

「見てないじゃん」

「は、恥ずかしいんだって! まじまじ見るのはセクハラっぽいし」

「なるほど」


 メイはようやくテーブルの向かいに座った。


「ユッキーがどういう反応するかなって思って着てきたけど、期待通りだったね」

「赤くなるのが?」

「そうじゃなくて、ちゃんと気をつかってくれるところが」

「あ、そっちか……」

「ユッキーが暴走するわけないって思ってるけどね」

「ちゃんと自制するよ」

「えらい」


 メイはポーチから天然水の小さいペットボトルを出して口をつけた。


「なんで急にそういう服を着ようと思ったの? 確かに暑いけど」

「これは予行演習なんだ」

「ん?」

「次はプール行く予定じゃん」

「そうだね」

「そしたら水着になるわけ。いきなり露出多い格好になったらユッキーがびっくりするかもって考えたんだ」


 そういうことか。

 確かに、プールに行くと聞いた時は不安になった。

 水着姿のメイに僕は耐えられるのか。


 だから、その一歩手前段階まで慣らしておこうというメイの配慮。

 ありがたいけど……。


「で、でもあんまり露出多い水着だとナンパされるかもしれないよ」

「えー、もうビキニ買っちゃったよ」

「なっ!?」


 それは破壊力がやばすぎる!


「プールは金曜日に行きたいんだけど、ユッキーどう?」

「行ける、かな」

「そこって祭日だからお父さんが休みなの。だからボディーガードやってもらうつもり」

「ひええ」


 辰馬さんまでついてくるのか。威厳がすごいからナンパ男はすぐに追い返せそうだけども。


「あたし、これより肌出すからそのつもりでいてね?」


 メイは笑顔で言った。僕はうなずくしかない。


「じゃあ」


 メイが立ち上がってこちらに来た。


「この格好でも、いつもみたいにしてくれる?」

「うっ……」


 いつもと同じ彼女なのに、服装が違うだけでこんなに緊張してしまう。


 しかしメイは待っている。穏やかな表情で。


「こ、こう?」


 僕はメイに近づき、そっと抱きしめた。


 ――熱い。


 メイはいつも熱いけど、今日は段違いだ。熱帯夜の中を歩いてきたせいか、それともやっぱり緊張しているのか。


 僕は少しだけ腕に力を入れて、抱き寄せてみる。


「あっ」


 メイが驚いたように声を上げた。彼女の吐息が僕の首筋にかかってゾクッとする。


「……メイ、すごく熱い」

「平熱高いの。冬ならあったかいよ」

「じゃあ、それも楽しみにしておく」


 メイはクスッと笑った。


「やばい、めっちゃ汗出てる。ユッキー、そろそろ……」

「うん」


 だけど僕は離さなかった。

 いつもメイに負けてばかりだ。たまには僕も反撃したい。こんな時だからこそ。


「ユ、ユッキー?」


 僕はメイの耳元に顔を寄せる。


「メイ、すごくかわいい」

「はうっ……」


 力を抜いて、メイから離れる。

 彼女の顔は真っ赤になっていた。

 最初に慌てたから逆に余裕が出てきたぞ。追撃だ。


「水着、楽しみにしてる」

「う、うん……」


 メイは視線を逸らした。


「……からかうつもりだったのに負けちゃった」

「負けっぱなしじゃいられないんだよ」

「うう~……」


 メイはおとなしくなって、テーブルに戻った。

 僕は彼女の洗濯が終わるまでここに残るつもりだ。


 先週に続き、今週も大きなイベントが待っている。

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