38話 二人で静かに花火を見よう
「ふう~、やりきった」
「お疲れ」
「お疲れ様でした」
メイは汗びっしょりになりながら練習を終えた。
かなり気合いが入ったみたいで、お試しとわかっていても迫力があった。
もうとっくにお昼は過ぎている。それだけ三人でダンスに向き合っていた。
「メイ、姉が来るそうなので私はそろそろ行きますが」
「ごめん、お昼出せなかったね」
「いいんです。メイが頑張っているのを見られて楽しかったですよ」
月詩さんは僕を見た。
「あまりはしゃぎすぎないようにしてくださいね」
「うん、気をつける」
「あたしとユッキーを信じなさい!」
「まあ……そうですね」
月詩さんは困った顔をしてガレージを出ていった。僕たちも一緒に行って、門の前で見送る。
「じゃあ、ユッキーには上がってもらおうかな」
「う、うん」
メイの家に上がる時が来た。緊張する。
玄関の先は全部フローリングになっていた。板の間という感じではない。
廊下をまっすぐ進み、右側の座敷に入る。
ローテーブルとソファーが置かれている応接間のような部屋だった。
「うち、和室あるんだけどお父さんのスペースにしかないんだよね。ユッキーは落ち着かないかもだけど」
「全然そんなことないよ。お屋敷みたいな見た目なのに洋室の方が多いんだね」
「あたしが使えるの、ご飯食べるお座敷だけなの」
メイが僕の実家に来た時、タタミに寝転がっていた気持ちがなんとなくわかった。
「親戚がやってるお店で出前とりまーす」
メイがメニュー表を持ってきた。
ウーバーイーツじゃないところが個性的でいいな。
メイが電話をかけているあいだに、誰かが玄関から入ってきた。
「やあ、来ていたようだね」
現れたのはタツマさんだった。
「お父さんおかえり」
「お、お邪魔してます」
「これからお昼か?」
「練習に夢中だったんだよ。ユッキーもちゃんとつきあってくれてさ」
「そうか」
タツマさんは僕の向かいのソファーに座った。
「その後、どうなのだ? 話を聞かせてもらいたいな」
「もー、あたしとユッキーの時間なんですけど」
「お父さんにも知る権利がある」
メイは不満そうな顔をしている。
タツマさんは意地でも聞きたそうな様子なので、告白の日からここまでのことを素直に話すしかないだろう。
僕は話し始める。
恐れることなんてなかった。
僕たちに新しくできた思い出は、楽しいことばかりだったから。
☆
「メイの勉強まで面倒を見てくれたとはね……いやはや、月詩ちゃん並に面倒見のいい人間のようだな、キミは」
「メイが困っているところは見たくなかったので」
「うむ。よい進展の仕方をしている。これなら心配しすぎる必要もなさそうだな」
「だからそう言ってるのに。お父さんってば」
タツマさんが僕を褒めると、メイは毎回おんなじように不満げな顔をした。途中からそれが面白くなってきて、話すのも退屈しかなかった。
「すっかり聞き込んでしまったな。帰りは送るからゆっくりしていきなさい」
「あ、ありがとうございます」
タツマさんが部屋を出ていく。
僕とメイと、空っぽになった出前のどんぶりが残された。
「ユッキーは今夜用事ある?」
「特にないよ」
「そっか。じゃあさ、つきあってもらってもいい?」
「もちろん。何をするの?」
「花火見るの。ほら、今日はびんずるでしょ」
言われてみればそうだった。
びんずる。
長野市最大の夏祭り。
中央通りは大勢の人でごった返す。
「あたしらは知り合いが怖いから行けないじゃん。だからせめて花火は一緒に見たいなって」
「僕も、メイと見たいよ」
「よかったぁ」
メイはホッとした様子だ。
「あたしの部屋を見せるのはまだ待ってほしいの。ここで話すだけでもいい?」
僕はうなずく。
彼女の部屋はトップシークレットだ。無理を言うつもりはない。
「なにして時間つぶそっか。アイディアある?」
「ムービーキャストでお互いのおすすめ動画を紹介しあう」
「ナイス! タブレット持ってくる!」
メイが部屋を飛び出していった。すぐにタブレットを持って戻ってくる。
「ユッキー、そこですぐ返事してくれるのマジで最高よ」
「メイとのんびり好きな動画の話とかしたいなって思ってたからさ」
「なるほど~。あたしはユッキーとやりたいことって出かけることばっかりだったから、家で何するって言われると正直あんまり思いつかなかった。ありがと」
「いえいえ。じゃあ、メイのおすすめから見ていこう」
「オッケー! あたしがいつも見てるのはニアピンさん」
「知ってる。死にゲーの実況者だよね?」
「そうそう。ムービーキャストでしか活動してないんだけどトークが面白いんだ。興奮した時に出る引き笑いがなんかツボ」
「……」
もしかして、メイって陰キャムーブが刺さるタイプの女子なのか?
「あ、ニアピンさんの言葉づかいってユッキーと似てるかも。独特なんよね」
「だから僕は好きになってもらえたのかな」
「それもポイントの一つだけど、やっぱユッキーにはいろんな魅力があるからね。ニアピンさんは顔も知らないし、ユッキーが一番だよ」
完璧な返事をもらえてすごく嬉しい。
「そういうユッキーは?」
「そうだね、僕は――」
☆
「メイ、翔太郎くんは当たりよ。いい目をしてるじゃない」
「お母さん、本人の前であんまり言わない」
「だって真面目でいい男の子じゃないの。メイは調子乗りすぎるところあるし、上手くバランスの取れたカップルって感じよね」
「ははは……」
夜になり、僕は葉月家の食卓に一緒に座っていた。
夕食はお座敷に集まった。
メイとその両親、おばあさん、僕とお手伝いさんの六人で台についている。
食卓には山の幸を使った和食がたっぷり並んだ。
初めて会ったメイのお母さん――
「でも周りに隠さなきゃいけないなんて惜しいわねえ。せっかくの学生時代なんだからもっと遊び回ってほしいものだけど」
「夏休みは遠出するから。お母さんは心配しなくていーよ」
「そ、そうですね。これはこれで楽しいです」
「あらぁ、優しい~! あなたがメイの相手でよかったわぁ」
有希さんの勢いにはさすがのメイもたじろいでいる。
「翔太郎くん、メイってこういう見た目だから勘違いされやすいけど、とっても純情でまっすぐな子なの。これからも仲良くしてくれたら嬉しいわ」
「もちろんです」
「もうっ、そういう挨拶は恥ずかしいでしょ!」
「メイと話していれば伝わってきます。みんなダンスが得意なギャルだと思ってるみたいですけど、すごくピュアなんですよね」
「ユッキー!? 乗らなくていいよ!?」
「うんうん、わかる人にはわかるのねー。メイ、よかったわね」
「うう~、恥ずいぃ……」
顔の赤くなったメイは、両手で頬を押さえた。そんなあざとい仕草ですらとても似合うのだ。
「ん、そろそろ花火の時間ではないかな?」
辰馬さんが柱時計を見て言った。
全員集まるまで時間がかかったので、もう夜の九時になろうとしている。
「よし」
メイが立ち上がった。
「ユッキー、ついてきて」
「わ、わかった」
僕は家族に挨拶をして、メイを追いかける。
彼女は廊下の奥に行き、階段を上がった。
お座敷側は二階がなかった。
家族の基本的な生活スペースは二階建ての方なのだろう。
二階の左手へ進み、突き当たりの部屋に入る。メイが電気をつけた。
デスク、ベッド、ローテーブルにたくさんのクッション。ハンガーラックにはたくさんの私服が掛けられている。そして棚や床にあふれかえったCDの数々、スピーカーやウォークマン。
「ここ、あたしの部屋……」
ちょっと自信なさそうにメイが言った。
花火の時ここに呼ぶつもりだったから昼間はまだと言ったのか。
「ち、散らかってるけどね」
「僕の部屋と似てるな」
「散らかってることは否定しないんだ!?」
「同じくらいの方が特別に感じる」
「うーん、やっぱユッキーの感性って独特だ」
メイはベランダへ続く窓のカギを開けた。
「消すよ」
部屋を暗くしても、月明かりでうっすらと青く見える。
僕たちは一緒にベランダへ出た。
――その時、ちょうど一発目の花火が夜空にはじけた。
「おお~、いいタイミング!」
「すごくいいスポットだ、ここ」
「ふふふ、周りに高いビルないからね」
高級住宅地の圧倒的アドバンテージ。
ダンスの練習はもちろんだけど、これが僕を呼んだ一番の理由なのかもしれない。
コインランドリーからでは、ここまで綺麗に花火は見えなかっただろう。
「綺麗だね」
「うん」
話しているあいだにも、花火はどんどん打ち上げられていく。色とりどりの花火が次々に夜空を彩っていく。
「……駄目だな」
「なにが?」
「メイも綺麗だよって言おうと思ったけど、恥ずかしくなっちゃった」
「暗くて見えないでしょ」
「いや。月明かりしかないから、メイがすごく特別な存在に見えるんだ」
メイは「う」と喉を鳴らす。
「……結局恥ずかしいこと言ってるじゃん」
「そうだね。やっぱり自然に出てくる」
「ユッキーらしいけどさ。うん、まあ、ありがとう。……その、綺麗に見える?」
「ああ、とっても綺麗だよ、メイ」
「ふふ、今日は恥ずかしい台詞もちゃんと受け入れられる気がするな。いつもあわあわしちゃうけど」
「特別な夜だから」
僕はメイと腕を触れ合わせる。左手にメイの右手が当たる。
「ユッキー」
「なに?」
「つないでいい?」
「……こうかな」
僕が左手を広げると、メイが指を絡めてきた。熱を持った右手。僕はその温度をしっかりと感じる。
「あたしが満足するまで、こうしててくれる?」
「いいよ。いくらでもどうぞ」
「ありがとう」
僕たちは手をつないで、まだ終わることのない花火を見つめ続ける。
告白の夜は感情が激しく動いた。
今夜は穏やかで、ただ時間が流れるに任せている。
何もしていなくても、ここまで心が満たされる。
花火と祭りばやしの音を聞きながら、僕はずっと彼女の右手を握りしめていた。
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