37話 メイの家でダンスの練習
〈あたしの実家こない?〉
初デートの二日後、いきなりメイにそんなことを言われた。
突然すぎる。
僕はまだ、メイのお父さん――タツマさんに完全に認められたわけではないのだ。まだ家族に挨拶するのは早すぎる。
――と思ったものの、せっかく誘ってもらえたので断りたくなかった。迷ったが、行くことにした。
☆
八月最初の土曜日。
僕はアパートの前で待っていた。
今日も日差しが強い。
炎天下の十一時過ぎ、青い車がやってきた。
「こんにちは、結城さん」
助手席から月詩さんが顔を出した。
「急いで乗ってください」
「よ、よろしくお願いします」
僕は後部座席に乗り込んだ。
「はーん、メイちゃんの彼氏ってこういう子なんだ。あの子かわいい系が好みだったのか」
運転しているのは初めて見る女性だった。
セミロングのシャギーを栗色に染めている。
「結城さん、こちらは私の姉で
「ども、お姉さんの
そうか、月詩さんたちはメイの親戚だから名字が違うんだ。
それにしてもずいぶんと性格の違う姉妹だな……。
「性格の違う姉妹だと思いましたね」
「心を読まないで……」
「葉月一族は基本的に明るい女性が多いです。私だけが異分子なんです」
「無理に合わせなくていいと思うけどな。月詩さんはすごく面倒見がよくて頼れる人だし」
月詩さんが「うっ」と呻く。
「く、口説くのはメイだけにしておいてください。メイの機嫌が悪くなりますよ」
「口説いたつもりないんだけど……」
「あははっ、この子は男子に耐性ないからね~。ちょっと褒められただけですぐ口説かれたとか勘違いしちゃうんだよねえ」
「う、うるさいっ。姉さんは黙ってて」
「はいはい。しーん……」
「そういうの、わざわざ言わなくていいから」
言い合っているが、仲は良さそうだった。
メイの実家は市の中心部、高級住宅地の中にあった。
どの家も敷地が広くて豪勢だ。
そしてもちろん、彼女の家もちゃんと大きかった。
お屋敷を意識したようなデザインで横に広く、門の向こうには縁側が見える。家の右半分にだけ二階があるという構造だ。その右半分だけでも僕の実家より大きいけど。
車は門の前で止まった。
月詩さんが降りると、タッチパネルを操作して開錠する。
「結城さん、どうぞ」
「は、はい」
僕はすばやく敷地の中に入った。深星さんはそのまま買い物に出かけるという。
「あ、ユッキーだ! やっほ~!」
メイが玄関から出てきた。
半袖シャツにハーフパンツというラフな格好だが、靴はしっかり履いている。
「月詩、ありがとね」
「あなたが行って見つかったら面倒ですからね。同じアパートにメイを知っている方もいるという話でしたし」
そう、鶴田さんの目は油断できない。
「実家に呼ばれるなんてびっくりだよ」
「昼間はみんな出かけてて人いないんだけどね。今もあたしたちとおばあちゃんだけ」
「そうなんだ……」
「ハーレムって言ったら許さないよ」
「ちっとも思ってない!」
「ユッキーにはあたしだけを見てほしいの」
「思ってないってば!」
「ほあ」と、月詩さんが謎のリアクションを見せた。右手で口を隠している。
「これが本来のメイと結城さんの関係というわけですか。こんなに親しくなっていたなんて驚きです」
そういえば、月詩さんの前で普段通り会話するのは初めてだ。
「じっくり仲良くなったんだよ~」
メイがニコニコして言う。僕もうなずいた。
「そうですか。これがカップル……」
月詩さんは複雑そうな顔をしていた。話を変えた方がよさそうだな。
「と、ところでメイ、今日はどうして急に?」
「ダンスの練習しようと思ったんだけど、夏休みだからいつもの公園に人がいる可能性高いじゃん? だったら実家が一番安全ってなったわけ」
「なるほど」
塀に囲われているし、ここなら間違いない。
「というわけで始めます」
「いきなりすぎる」
「あたしは勢いだけで生きてるから」
「そんなことないでしょ。しっかり考えながら生きてるのが伝わってくるよ」
「ちょっ、マジレスはやめよう? そういうの照れちゃうから」
「本心なんだけどな」
「む~、いつもそうやってペース乱されちゃうんだよなあ」
メイがガレージの方へ歩いていくのでついていく。月詩さんが「カップルってみんなこうなの……?」とつぶやいているが、聞こえなかったことにした。
ガレージの中には学校にあるような勉強机が置いてあった。タブレットとスピーカーが用意されている。
月詩さんがスマホを構えた。
「練習では振り付けの違和感を動画で確認しているのです」
「なるほど」
「ちゃんと考えてみたからまずは通してみるね」
曲が流れ始めた。
中学生の頃、何度も繰り返し聴いた旋律がスピーカーから響く。
ギターの主張が強めで、テンポもそこそこ速い。とはいえ、前回の曲ほどじゃない。
メイは顔だけを横に向けて立つ。キーボードの音にギターが重なった瞬間、キリッと正面を向いて右手から動き始める。
ステップは控えめだった。上半身や腕の動き、足を跳ね上げるような派手なアクションをつなげていく。
……もう、こんなに……。
僕の実家で曲を決めてからまだそんなに経っていない。
でも、メイはここまで振り付けを固めている。
やっぱり、すごい。
これが僕の憧れた踊り手・メイの一番かっこいい姿なのだ。
「――ふっ。よし、ミスしなかった」
両腕を広げて伸ばすようなポーズでダンスが締められる。
一人の女性が進んでいく、外向きの強さを表現しているのだろう。
「どう?」
「すごい。ここまで完成してるなんて本当にすごいよ」
「えへへ、今回はすんなり振り付け決まったんだよね。いつも月詩と意見出し合うんだけど、あんまり食い違いなかったよね?」
月詩さんがうなずく。
「メイ史上最短で固まりましたね。ここまでスムーズだったのは初めてです」
「月詩もこの曲知ってたから始動が早かったよね」
僕はダンスの知識がないから、その手の相談は月詩さんとする。
僕が彼氏になって、メイと月詩さんの関係が変わってしまったら――と不安だった。
でも、余計なお世話だった。
「ユッキー、思い入れある曲なんだよね。振り付けで気になるところあった?」
「うーん、一回じゃわからないな」
「動画、確認しますか?」
月詩さんがスマホを見せてくれる。僕はありがたく拝見した。
……隙がない。
とにかくその感想が最初に来る。
前回の曲では歌詞と振り付けの重ね方に引っかかる場所があったけど、今回はどこにもない。
歌詞を取り込む力がさらに上がっているのか?
「しっくりくるよ。メイが進化してるのがわかる」
「よかったぁ。ユッキーは一回目だけど、月詩とはもう何度か試してるからね」
メイは照れくさそうに頬を人差し指でさする。
「一発目からユッキーに驚いてほしくてさ、頑張っちゃった……」
ドクン。
それ、本当にずるい。
照れながらそんなことを言われたらこっちまで胸が熱くなるじゃないか。
「かっこよかったよ、メイ」
「……うん、ありがと」
「足はもういいの?」
「まだ赤いけど痛くないよ。それに今日は慣れた靴だし」
コンコンとつま先で床をつつくメイ。
「これは、次もヒットしそうだね」
「そうかな?」
「メイの強みってキレのあるダンスだし、曲調と完全に噛み合ってる。今回もファンが求めてるイメージそのものだよ。ファンからスタートした僕が言うんだから間違いない」
「ふふっ、相変わらず変な言い方」
メイが笑って、月詩さんも表情を柔らかくした。
「じゃあ、イメージ通りのものを出せるように完成度上げてかなきゃね」
「楽しみだ」
「私もつきあいますよ」
「二人とも協力お願い。じゃ、細かい部分の確認をやるよ。まずは――」
メイは張り切って練習に打ち込む。
僕と月詩さんはそれを見て、褒めたり意見を言ったりする。
今日は長くて楽しい一日になりそうだ。
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