34話 デートプランを立てよう
七月最後の土曜日。メイから密会のお誘いがあった。
実家で会ってからしばらく動きがなかったのでようやくだ。
今日はいつもより少し遅く、夜八時半からでいきたいという。僕は了解した。
とはいえ先に行っていても問題ないので、いつもようにアパートを出る。
「んっ……」
――不意に、女性の吐息が聞こえた。
僕はビクッとして階段で硬直する。しばらく待っていると、ヒールの音がして気配が離れていった。
なんだ……?
階段を下りていくと、駐車場に鶴田さんが立っていた。
「よう、結城くんか」
「お、お久しぶりです」
「もしかして見てた?」
「い、いえ。ちょっと声は聞こえましたけど」
「だからやめろって言ったのになあ……」
鶴田さんが苦笑して髪の毛をかいた。
「スキンシップ過剰なんだよな。家の中ならいいけど、外だと危ないじゃん。どうもそのへんが緩いんだよな」
ちょっと、自分やメイにも刺さるところがある。
「ま、そんなこと言いつつも大好きなんだけどな」
鶴田さんがほがらかに笑ったので、自然と一緒に笑っていた。
彼女に甘くなるのはみんな同じなのかもしれない。
☆
「あれ? いつも通り来てた感じ?」
メイがまっさらピュアに入ってきた時、僕はもう洗濯を始めてテーブルについていた。自販機で買ったコーラも半分まで減っている。
彼女は青いシャツに黒のキュロット姿で今日もサンダルを履いていた。
「やることなかったからここで待ってればいいやって」
「そうだったんだ。あたし、ミホシさんと電話しててさ」
「知り合い?」
「月詩のお姉さん」
深星と書くらしい。
「もう社会人でね、あたしのお父さんの会社で働いてるんだ」
月詩さんとは歳が離れているようで、いま二十四歳だという。
「なんの話してたの?」
「ユッキーと外で遊ぶ時、どうやって移動しようかなって月詩に相談したの。そしたら深星さんが車出してくれるかもって言うからさ」
月詩さんのお姉さんの車で移動。
メイの親戚とはいえ、それは気まずいのでは。
「でも、うまく回避されちゃった。移動手段で頭使うのもデートの醍醐味だよって」
確かに上手い避け方だ。僕としてはその方がありがたい。
「バスとか電車使って出かけよう。メイはあんまり目立たない格好してさ」
「ん、帽子かぶってメガネするつもり。髪の毛は染められないけど」
「それはそのままでいいよ」
金髪じゃないメイは違和感がある。
「まあテレビ出てるわけじゃないから意識しすぎな気もするけどね~」
「熱心なファンは怖いよ。メイはSNS中心に動いてるんだし、そこで燃やされるのはやばい」
「うん……そうだね」
メイは洗濯を始める。
「でもさ、ガチ恋勢ってよくわからないんだよね。あたしは別に芸能人でも超人気配信者でもないんだよ。あたしが一方的に話してるのしか聞いてないはずなのに、なんで好きになるんだろう」
「話し方で自然と好きになるんだよ。たぶんそこはアイドルを好きになるのと一緒なんじゃないかな」
「ふーん……」
好意を向けられる当人にはわかりづらい感覚かもしれない。
「とりあえずデートの話しよっか」
「いよいよデートなんだね」
「そう! やっとだよ~」
学校帰りに制服デートもできないカップルって特殊な感じ。
「あたしは山に行ってプールにも行きたいんだよね」
「海は?」
「あたし、海水苦手なんだ……」
「じゃあ、見るだけでも。あとは海辺で花火するとか」
提案してみると、メイの顔が明るくなった。
「そっか! ぜったい海水浴しなきゃいけないってことないよね。確かに、先入観みたいなのあったかも」
「見てるだけも楽しいよ。たぶん」
「じゃあ海も行こう! 最初は山ね。登山とかじゃないんだけど」
「どこへ?」
「
戸隠は長野市の山間部にある地域だ。
近くのバス停から乗り換えなしで行くことができる。
僕は杉並木の続く参道を思い浮かべた。中学の社会見学で行ったなあ。
「いいね。出かけやすいし知り合いもいなさそうだ」
「じゃあ決まり!」
二人でスケジュールを考える。
八月初日の朝早く出発することにした。
夏休み期間は混むらしいので、なるべく午前中に神社までたどり着きたいというのがメイの考えだった。僕も同意だ。
「プールや海はそのあと日程決めようね」
「ダンスは?」
「もちろん、そのあいだに進めるよ。練習する日はちゃんと教えるから!」
「なんか、今日はテンション高いね」
「へへ、ついにデートプラン立てるんだって思ったらウキウキしちゃって」
くっ、かわいい……。
メイの純粋すぎる笑顔がまぶしい。
「やばいな~、楽しすぎてユッキーに抱きつきたい」
「えっ……」
その時、鶴田さんと彼女のことが頭をよぎった。
誰に見られるかわからない。
「こ、こういう場所はやっぱり危険だよ」
「だめ?」
「ま、まだ危ないかな……」
情けないけど、僕らの安全も捨てるわけにはいかない。
「むー、そっか……」
メイは静かになってしまった。無理すべきだったか……?
僕の洗濯が終わり、ちょうど密会終了のタイミングっぽい空気になった。
「ユッキー、気をつけて帰ってね」
「メイこそ。今日はいつもより遅いんだから」
「大丈夫。ちゃんと周り見てるよ」
「うん」
おやすみを交わして、僕はまっさらピュアを出た。
近くに人の気配はなく、近隣の家の窓も暗い。
受け入れるべきだった……。
後悔したが、もう出てきたあとだ。今さら戻って抱きしめたらムードも何もない。
「はあ……」
ゆっくり歩いていると、うしろからパタパタと音がした。
振り返るとメイだった。
「来て」
いきなり手を引かれ、コインランドリーの裏手に入り込む。
――そして僕は、いきなりメイに抱きしめられていた。
「やっぱり、このまま帰れないよ。少しだけこうさせて?」
「……うん」
まだまだ、メイにはかなわないな。
そう思った。
メイの体温を感じていると、やがて彼女が離れた。
「びっくりさせてごめんね。でも、どうしてもこれだけやりたくて」
「僕も、やらなかったの後悔してた」
「そっか」
二人で笑い合う。
「じゃあ、次はデートでね」
「うん、よろしく」
メイは手を振って、コインランドリーに戻っていった。
僕は道に戻りながら思う。
メイは頬にキスしてくれたけど、まだ唇を合わせる勇気は出ない。
いつか、もう一歩踏み出せる時が来るのかな。
今はまだわからなかった。
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