33話 次の目標ができた

 メイは夕方になったら家族に迎えに来てもらうらしい。

 それまでは僕の家で過ごすことになった。


「ね、もう一回ユッキーの部屋見せてもらえる?」

「いいけど」


 僕はメイを連れて二階に上がった。

 メイはCDの棚を見つめる。


「ユッキー、特に思い入れのある曲ってどれ?」

「え? そうだなあ……」


 僕たちは並んでCDのタイトルを見つめる。すぐ横にメイの顔があるのに、前より落ち着いていられる。


「ちょっと待って。しまってあるやつも見ないと」


 引き出しからも重ねてあったCDを取り出す。

 メイと一緒にそれを一つずつ見ていく。自分の思い出と一緒に。


「これかな」


 僕はそのうちの一枚を指さした。「レベッカ」というシングル曲で、最近すっかり見なくなったシンガー、IOLAイオラが歌ってヒットしたものだ。


「あ~、これいい曲だよね! あたしらが中二の時だったっけ?」

「そうそう。恋愛映画のテーマソングになったやつだよ。映画は見なかったけど曲にはすごくはまってたんだ」

「いいよね。ちょいロックっぽいバラードなのもあたしには刺さったなあ」


 懐かしい気持ちで思い出話をする。


「で、これがユッキーの思い出の曲なんだね」

「そうだね」


 一人の女性を映した歌詞だが、恋愛系の歌ではない。

 自分の道を進んでいく、強い女性の姿を描いている。少し物語調になっているのも僕の心をとらえた。

 当時上松高校を目指していた僕は、目標に向かって歩んでいく歌詞に共感していたのだ。


「思い入れのある曲を知ってどうするの?」

「ふっふっふ」


 なにやら意味ありげに笑ってみせるメイ。


「次の踊ってみたはこの曲でやることに決定しました!」

「ええっ!?」


 あまりに唐突な宣言だった。


「あたし、前の踊ってみたで燃え尽きそうになってたんだよね。ユッキーに完成を後押ししてもらって、全力も出し切って……。だから次に踊る曲を選ぼうとしても全然しっくりこなくてさ……」


 メイはCDを手の上に乗せた。


「でも、そのあとユッキーとつきあうことになったでしょ。そのとき思ったんだ。この人の好きな曲で踊りたいって。だから特に好きな曲を聞いてみたかったの」

「そういうことか。でも「レベッカ」でいいの?」

「あたしはいろんなジャンルの曲に振り付け合わせてきたんだよ。いけるいける」

「そっか。じゃあ、次も楽しみにしてるよ」

「ユッキー、練習も見に来てね? もう月詩の目を気にしなくていいんだから」

「確かに……」


 月詩さんに言い訳しながら練習を覗く必要はないのだ。

 堂々とメイの応援ができる。最高だ。


「練習する時は教えて。いつもの公園でやるよね?」

「そーね。あそこはほぼ学生通らないからけっこう安全に練習できるんだよ」


 夏休み中に次の踊ってみたをアップしたい。メイは配信で言っていた。

 まずは選曲が完了したので、そういう意味でも今日この家に来てもらった価値があった。


「どれどれ」

「急にベッドの下を覗かないでくれる?」

「だって、ユッキーもやっぱり隠してるんでしょ?」

「僕は持ってないよ。だいたい、見つかったらそれはそれで気まずいでしょ」

「ユッキーの好みがわかるじゃん。あたしは合わせる努力するよ?」

「僕の好みはメイだから……」


 小さい声で言うと、メイの喉から「ひゅっ」と変な音が漏れた。


「そ、そう……」

「……」


 何も見つからなかったが、結局微妙な空気になってしまった。


 その時、助け船みたいにメイのスマホが鳴った。


「あ、お母さんだ。もう近くまで来てるみたい」


 窓の外はもう夕焼けで赤い。楽しい時間が流れるのはあっという間だ。


「そろそろ行かなきゃ。ユッキー、今日はありがとね」

「こちらこそ。楽しかったよ」


 二人で玄関まで向かう。


「もしものことがあったらまずいから、ここでいいよ」


 メイにそう言われ、庭までは出ないことになった。

 母さんも玄関にやってくる。


「メイちゃん、翔太郎のことよろしくね」

「はい。いっぱいいっぱい幸せにします」

「もう、かわいいんだから~」


 メイは「えへへ」と笑って手を振った。

 玄関の戸が閉まって静かになる。


 見送れないのはさみしいな……。


 それでもメイの意見は大切にしなければね。


「あんた、いい彼女できてよかったわね」

「うん。おかげで前向きになれてる」

「優しくしてあげるのよ」

「もちろん」


 母さんは「よしよし」とうなずいた。


「たまには泊まっていきなさいよ。家族でゆっくりする日があってもいいでしょ?」


 僕もうなずいた。

 母さんと話す時間も減っていた。

 今日は久しぶりに、実家で夜を過ごそう。

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