5話 配信とメッセージ

 アパートに帰ってくると、僕は本日二度目のシャワーを浴びた。やっぱり緊張して汗をかいてしまったのだ。


 でも、前よりはまともに話せたな……。

 そんな実感もあった。前回は情けないくらい挙動不審になっていたけど、少しだけ改善された気がした。最後にはっきり「話したい」と言うこともできたし、成長はしているはずだ。


 僕は横になってしばらくぼんやりした。アパートにはベッドがないので、カーペットを敷いてその上にマットレスを置いている。


 うとうとしていると、時間は午後十時を回ったところだった。

 メイのツイッターを覗いてみる。


〈ちょっとだけ雑談!〉


「なに!?」


 僕はすかさずリンクを踏んでムービーキャストに移動した。開始は五分前。画面には、テーブルに並べられたクッキーの写真がある。十枚以上ありそうだ。

 メイはVTuberではないし、積極的に顔出ししているわけでもないので、ただ雑談するだけの時は基本的に一枚の写真を置きっぱなしにする。


『ってことで、友達にクッキー作ったんだよね~。でも口数少ない子だからさ、感想がちょびっとなの。あたしはできれば長文の感想がほしかったりするんだけど、贅沢かなあ』


 クッキー……。

 そうだ、メイからもらったんだった。

 僕はバッグから紙袋を取り出した。入っているクッキーは五枚。もう遅い時間だけど、これくらいならいいか。

 雑談を聴きながらクッキーを食べる。ほどよい甘さで、サクサクと口の中で溶ける。おいしい。本当に女子力高いな。


 メイはこれを、助けてもらったお礼だと言った。でも彼女には月詩さんという監視役がいて、今日はなかなか帰ってくれなかったと言っていた。このままだと用意できない。だから月詩さんにあげるという名目で多めに作ったのだ。

 そこまでしてお礼を……。優しすぎて胸が温かくなる。


〈メイちゃんのクッキー食べてみたい〉

〈写真でうまさが保証されてる〉

〈友達も幸せやろなあ〉


 ゆっくりとコメントが流れていく。人気YouTuberとかのコメント欄に比べれば静かなものだ。でも、これくらいの方が居心地がいい。


『そういえばさあ、最近初めてしゃべった子がいてね、普段はどっちかと言えばおどおどしてんのよ』


 ……ん?


『かわいくてついからかいたくなっちゃうんだけどさ、マジでいいキャラしてるの、その子』


 さも同級生みたいな言い方をしているけど、これ僕のことじゃないか?


『でもさ、あんまりもごもごしてると相手に舐められることもあるじゃん。だから強気なことも言えた方がいいよねってあたしは思うわけ。お節介なのはわかってるけどね?』


〈気持ちはわかる〉

〈引っ込み思案な女子はすぐ男が調子乗っちゃうからね〉

〈お節介の自覚あるのはいいことだ〉


『そんで、試しに強気で言ってみてよって台詞をお願いしてみたの。中身は内緒ね。そしたらその子、覚悟決めたみたいにはっきり言ってくれてさ。あれはマジでやばかった。思ったよりすごくいい声だったの。普段ぼそぼそしゃべってるのに、こんな素敵な声出せるんだってびっくりしちゃった』


 僕のことだよな……? メイが配信で僕を褒めてくれている? それともこれは勘違いで、学校であったことを話しているだけ?


『あたしわかった。ギャップ萌えってああいうことを言うんだね。やっと理解できたよ』


〈わかるわー〉

〈おとなしい子のかっこいい声っていいよね〉

〈意外に度胸ある子なのかもな〉

〈学校楽しそうで何より〉


『そーね。楽しんでまーす』


「…………」


 僕はふと思って、コメントを打ち込んでみた。


『ん、〈学校に趣味の合う友達いる?〉……あー、これね、いないです』


 拾ってもらえた。ちょっと嬉しい。


『ロックを布教してるんだけどなかなかみんな聴いてくれないのよね。こっちのみんなはあたしの踊ってみたとかで知ってくれてると思うんだけど』


〈知ってるぞー〉

〈メイちゃんのおかげで世界広がったわ〉

〈バンド開拓するの楽しい〉


『ありがと~。でも学校の子たちは興味持ってくれないんだよね。アイドルとかアニソンはわかる子もいるの。だからね、次はアニメとタイアップしたバンドの曲で踊ろうと思ってる』


 コメント欄が盛り上がる。僕も楽しみになってきた。


『公式音源の使用許可取ってるからもうちょい待ってね』


 メイは必ず公式音源を使って踊る。どのアーティストも寛大に使用許可をくれるようだ。


『ふあぁ……。やば、寝落ちしそう。そろそろ終わりますか』


〈了解〉

〈お疲れ様〉

〈話聞けてよかった〉


『みんなも来てくれてありがとね~』


 もうすぐ配信が切れる。結局、メイの言っていた「その子」が誰を指しているのかわからなかった。「強気で」と言っているところからして僕の可能性は高いが、絶対じゃない。

 常連リスナーのコメントが目に入った。


『……〈その子と仲良くしてあげなよ〉。そうだね、仲良くなりたいな。もっと知りたいって思ったから、頑張ってみるね。じゃあおやすみ~』


 配信が終わった。僕はスマホを置いて横になる。

 ラインの通知が来た。


〈やっほー。配信聴いてた?〉


「ちょっ……!?」


 メイからだった。


〈ラインしていいの?〉

〈あとで消すからユッキーも消してね〉


 そういうことか。僕は〈了解〉と返した。それにしてもいつの間にユッキー呼びになったんだ。


〈今日の話ってユッキーのことだからね?〉


 やっぱりそうだったのか。


〈バレたらやばいよ〉

〈みんなクラスメイトのことだと思ってるから大丈夫〉

〈もっと知りたいって思ってくれてるの?〉


 僕は思い切って質問する。既読マークがついたけど、しばらく返事がなかった。三分くらい経ってから文章が表示された。


〈興味あるかも〉


 なんだそれ。時間かけた割にはあっさりした返事だ。でも、これは返しづらい質問だったかもしれない。


〈また話そう〉

〈楽しみ!〉


 メイは笑顔のアイコンを連打してきた。思わず笑ってしまう。


〈そろそろ寝るね~。おやすみ〉

〈おやすみ〉

〈次からリアルでもユッキーって呼んでいい?〉


 順番がおかしいぞ?

 おやすみの前に言ってほしかった。

 でも、僕はあだ名で呼ばれたことがない。そういう経験はしてみたい。


〈いいよ〉

〈ありがと~〉


 そのあと、寝顔マークが三連打されてやりとりは終わった。

 僕は歯を磨いてパジャマに着替える。

 寝る直前にメイとのラインを確認すると、暗号以外のメッセージが全部消えていた。

 ……わかってるけど、さみしいな。

 でも、僕たちの交流は秘密にしておかなければいけないのだ。話せるだけで充分さ。

 僕も、さっき送ったメッセージを一つずつ消していった。次は密会の暗号が来ることを祈りながら。

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