3話 一回目の暗号

「お前ら聞いたか?」

「ああ。メイちゃんが絡まれたらしいな」

「他校の男子が助けてくれたってつぶやいてたぞ」

「どこの誰だ?」

「しかも名乗らずに帰ったらしい」

「イケメン過ぎるだろ。俺だったら絶対お礼とか期待しちゃうわ」

「でも、北峰女子の近くで男子高校生って……」

「うちの生徒の可能性が高いよな」


 僕は、クラスメイトの男子たちの会話をヒヤヒヤしながら聞いている。

 彼らもメイのつぶやきを見ていたのだ。

 彼女を助けたのが僕で、しかもコインランドリーで会話までしたなんて知られたら大変なことになりそうだ。


「ヘイ、そこのキミ」

「ふあっ!? な、ななななんですか!?」


 急に矛先を向けられ、無様なほど慌ててしまった。


「昨日、チンピラに絡まれてる女の子とか見なかった?」

「い、いや、なんにも……。さっさと帰ったから……」

「そっか。センキュー」


 あっさり引き下がってくれた。バレたらきっと死ぬほど追及される。絶対秘密にしなければ。


 でも、マジでみじめだよな……。


 男子グループは何事もなかったかのようにおしゃべりを続けている。流れで僕に話しかけ、用が済んだら見向きもしない。これじゃ、僕なんていないも同然だ。

 勝手にため息が漏れていた。


     ☆


 二年生の学校生活もあまり変化はなかった。

 クラス替えはあったけれど、もともと話せる人がいないのだ。僕には支障のない話だった。

 メイからメッセージが送られてくることはなく、穏やかに数日が過ぎた。


 日曜日。母さんがアパートにやってきた。


「はあ……」

「元気ないね」

「仕事多すぎ……」

「なんというか、お疲れ様」


 我が家は母子家庭で、母さんの収入だけで生活している。

 ただし母さんは優秀なキャリアウーマンだ。長野発の通販サイト「ズークショッピング」のプロジェクトマネージャーである。父さんがコンプレックスを抱えて妬みをこじらせ、離婚した程度にはすごい収入がある、らしい。


「授業は余裕そう?」

「今のところ平気」


 上松高校は県内でも上位の進学校だ。僕は中学一年生の時から目指すことを決めていた。家から距離があったけど、高校への憧れがまさった。必死で勉強して入学し、バスを使って登校してきた。


 でも、母さんがある日突然こんなことを言った。


 ――あんた、勉強以外のことも覚えないとさすがにお母さん不安よ? 通学時間を短くして、もっと遊ぶことも覚えてみたら?


 母さんは残業続きで、家にいても僕らが顔を合わせる時間はなかった。

 遊ぶうんぬんはともかく、もうちょっと楽に通えたらな、と僕も思っていたのでこの提案に乗った。高校からほどよい距離のアパートを見つけ、入居した。


「相変わらず勉強は熱心にやってるわけね」


 母さんがテーブルに広げてあるノートを見て言った。


「去年は一桁順位、取れなかったんだ。今年は本気で狙おうと思って」

「あんまり根詰めてやるのもよくないわよ? お母さんはもっと余裕のある生活をしてほしいわけ。そのための一人暮らしなんだからね」

「でも、大学のことを考えるとさ」

「今の成績ならどこだって狙えるでしょ。これ以上ペースを上げる必要ないと思うんだけどな」

「母さんに安心してほしいんだよ」

「心配してるんだけど?」

「大丈夫だって。ちゃんと遊んでるし」

「動画見てるだけでしょ。それは息抜きであって遊びとはまた別」

「いやいや、はまってる配信者がいるから。その人を追いかけるの、かなり楽しんでるよ」

「まあ、それならいいけど……。でもさすがにスパチャは禁止ね?」

「自重してる。母さんのお金だし」

「さすが」


 母さんはうなずいて立ち上がった。


「家電はもうちょっと待って。メドがついたら連絡するわ」


 母さんは忙しそうに帰っていった。

 僕はそれを見送ってから、授業の予習を始めた。学習塾には行かず、自力で今の成績を叩き出してきた。今後もその方針は変えずに行く。コミュ障に塾は厳しいのでね……。


     ☆


 週明けの月曜日。

 何事もなく授業は終わったが、廊下で別クラスの陽キャ集団がふざけていたのでビビってなかなか教室を出られなかった。


 ようやく脱出していつもの通りを右に曲がると、マックの駐輪場に見慣れた三人組が固まっていた。


「いるぞ」

「間違いない、本物だ」

「どうする、行くか?」

「友達と一緒だ。話しかけるのは無理だろう」

「けど、少しでも近づいてみたくないか?」

「どんな話をしてるのか興味ある」

「だったら行こうぜ」


 三人組はマックへ入っていった。

 僕は店内を覗いた。ガラス窓の向こうに葉月芽生の姿がある。制服姿で、今日は黒いブレザーを着ている。

 先週もここで絡まれていたし、よく来るんだろうか。


「…………」


 僕も、ちょっと気になる。

 少し迷ったが、結局店内に入った。

 三人組は注文を終えて待機している。僕が入っていってもまるで反応しない。クラスメイトなのに悲しいね。


 僕が注文している横で三人組がトレイを受け取っていた。彼らはメイと友達のいる席から二つ離れたテーブルに陣取った。しかし、彼女らの位置取りは上手い。壁際で、メイが他の席に背中を向ける形で座っているのだ。顔を見ることはできない。


 僕はどうしようかな。

 ハンバーガーとナゲットを受け取り、二人がけの席に座った。ここはメイの席と平行の位置にある。

 そっと視線を向けると、目が合った。

 しかし彼女はすぐに反応を殺し、友達に向き直る。プロだ。


「なんだか、不穏な気配を感じます」


 よく通るアルトボイスが聞こえた。メイの友達だ。黒髪をポニーテールにしていて、すごく姿勢がいい。その上、メイに負けないくらい凛とした美人である。メイはどちらかと言えば派手めの顔立ちだが、友達は大和撫子という言葉が似合う和風美人。とても絵になる二人組だ。


「食べたら早く出ましょう。よこしまな視線を浴びていたらメイがけがれてしまいます」


 気持ちはわかるけど、言い回しがおかしいな?


「あはは、ツクシは気にしすぎだよ。ほっときなって」

「しかし、無視するのもどうかと」

「いいから、スルースルー」

「まったく、甘いですね」


 ツクシというらしい友達はため息をついた。それから、あの三人組を睨みつける。男子どもはみんなテーブルに顔を向けた。


「ところで、この週末は遊びに出かけたのですか」

「ううん、トレーニングしてた。次のやつ、けっこう激しめに動くから」

「そうですか。でも、念のためいつものを」

「もう、心配性だなあ」


 メイがスマホを渡した。ツクシさんは鋭い目つきで画面をいじる。その向かいでメイがのんびりハンバーガーを食べている。あのペースじゃ早く出るのは無理そうだな。


「この、ユッキーというアカウントは見た覚えがありません」


 ギクッとした。ユッキー。僕の名字は結城。あれ、やばくない? というか、なんでその名前で登録した?


「それねー、ネットで意気投合した人なの。あたし邦ロック好きじゃん?」

「ええ」

「最近めっちゃ話の合う人見つけてさ」

「それだけでラインの交換はやりすぎでは。SNSでもできるでしょう」

「でも貴重な同族だから。お願い、これだけは許してよ」

「……メッセージのやりとりだけにしてください。通話以上はタツマさんに報告しなければなりません」

「わかってる。でも、お父さんにはできるだけ黙っててね?」

「はい。趣味を理解することも監視役の大切な役割と心得ています」


 この前、親衛隊みたいな人がいると言っていたけどツクシさんがそうだったのか。会話から察するに、監視の依頼人はメイのお父さんなのだろう。


 なんか、大変そうだな。

 ムービーキャストには投げ銭機能や広告収入などもある。家族はノータッチなのかと思ったけれど、放任主義というわけではないようだ。


 でも、ラインのチェックまでするのはやりすぎだろう……。

 僕だったら耐えられない。息が詰まる。


「そろそろ行こっか」

「ええ。ごちそうさまでした」


 ツクシさんはきちんと手を合わせて挨拶した。ファストフード店でそれやる人、初めて見た。


 二人はバッグを持って立ち上がる。ツクシさんはバッグの他に、野球のバットケースみたいなものを肩にかけていた。


 二人が僕の横を通り過ぎる。メイは僕に一切反応せず、横切って店を出ていく。


 ……何やってるんだ、僕は。


 そこで冷静になった。ただのストーカーじゃん、これ。三人組に引っ張られるように入ったが、危険人物一歩手前だったぞ。

 その三人組は顔を突き合わせて何か話している。

 僕はどんどんこの場に居づらくなっていた。

 さっさと食事を終わらせ、彼らに気づかれないよう店を出る。もう女子二人の姿はない。


 あんな風に縛られてるんじゃ、そうそう会えないよなあ。

 そう思った時、ラインの通知が聞こえた。画面を見る。


〈地下鉄の改札から階段上がるまで何秒かかる?〉


 え、今夜いけるってこと? 僕と会ってくれるということ?

 ひどく動揺したが、返事はすぐに決まっていた。文字を打ち込み、返信する。


〈218秒〉

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