第51話 姦婦阿野廉子退治

 さて、冬の間は北陸道や東山道は雪に閉ざされるので戦はできないからその間は兵の再編成や兵糧集めなどの準備を行っている。


 そのために俺が書類の山とたたかっているところに訪れた人物が居た。


 裏高野の尼僧沙羅だ。


「お久しぶりでございます、正成殿。

 加賀へ阿野廉子を討ちに参りますがご協力いただけますか?」


 俺はこれで書類としばらく離れられるとほっと息をついた。


「ああ、そちらも大事なことだからな、もちろん手伝うぜ。

 大塔宮は流石に一緒に行けないだろうからな」


 俺は正季に仕事を引き継いでから、沙羅とともに北陸へ向かった。


 雪道をカンジキを履きながら二人で歩く。


「これで阿野廉子さえ討てば世の乱れも収まるのだろうか」


 俺は沙羅に問いかけた。


「おそらくはそうではないかと思います。

 そもそもの元凶は阿野廉子に在ると私は思っております。

 帝の異常なまでの強運と執着は阿野廉子のいえ荼枳尼天の加護によるものかと」


「ふむ、しかしそうなると我々だけで勝てるのか?」


「大丈夫でございましょう。

 我々にも仏の加護がございますゆえ」


「だといいんだがな」


 何れにせよ、俺達以外でまともに阿野廉子もとい荼枳尼天に立ち向かえるやつは少ないだろうってことだな。


 さて、後醍醐天皇より譲位された、恒良親王や、尊良親王、二条道平、義良親王、北畠親房らは越前の氣比神宮けひじんぐうから加賀の白山神社に移ったようだ。


 若狭には斯波家兼、越前には斯波高経がいて動きづらいのに比べて加賀は守護の富樫高家の力が微妙なのか民衆の信仰心がここだけ異常なのかかなり白山天台の力が強いからな。


 久安3年(1147)、加賀の白山本宮の白山比咩神社は「山門別院」つまり延暦寺末寺となった。


 これにやや遅れて越前の平泉寺と美濃の長滝寺も延暦寺の末寺となって天台宗教団の一翼に組み込まれ白山天台が成立した。


 安元2年(1176)、加賀国務を総括していた目代藤原師経が、涌泉寺(白山の別院)を焼き討ちした事件を発端に、白山中宮の衆徒が神輿を奉じ、延暦寺に愁訴する騒動に発展しました。


神輿は一旦、近江日吉神社内客神宮に安置されたが、引き続き延暦寺衆徒とともに入京し後白河法皇に強訴に及んだ白山事件がおこり、これは最銃的に鹿ヶ谷事件の引き金となった。


 つまるところ加賀という国は中央朝廷や武家の力の及びにくい国なのだ。


「なかなか厄介なところに逃げこんだものだな」


「そうですね、とはいえここでひるむわけにはまいません」


 やがて俺たちは加賀国にたどり着いた。


 恒良親王や、尊良親王、二条道平、義良親王、北畠親房、阿野廉子らが拠点としている仮内裏とも言うべき大きな屋敷を見つけた俺達は文観のときと同じように夜に乗り込むことにした。


 今回は昼でもがっちり警護のものがいるし、昼に乗り込んで衆徒が屋敷に続々乗り込んできても困る。


 やがて日が暮れてあたりが寝静まったころ沙羅と俺は屋敷へ静かに歩いてゆく。


 昼に比べて人の気配がしない。


「やはり昼に比べて、人の気配がなさすぎるな」


「文観のときと同じく町民たちがいるのは屋敷ということでございましょうね」


 沙羅が其れに言葉を続ける。


「今回も阿野廉子に操られていると言うことだろうな」


 無益な殺生は避けたいが、やはりたやすく討つことはできないようだな。


「そのようですね」


 屋敷の門の前にはやりを構えた白山の衆徒らしき男が2人立っていた。


「さて、いつものように頼んでいいいかな?」


 沙羅の言葉に俺は頷いた。


「はい、おまかせください」


 沙羅は頷くと小さくマントラを唱えた。


「オン・ソラソバテイ・エイ・ソワカ」


 そして彼女の両手の中にチャクラムが生まれた。


「ふっ!」


 そして彼女がチャクラムを放つと、其れは門番の首をそれぞれ跳ね飛ばした。


「今です、突入しましょう」


 沙羅が駆け出した。


 俺達はその後について行く。


「しかし、門が閉まっているが……」


「大丈夫です。

 オン・マカヤシャ・バザラサトバ・ジャク・ウン・バン・コク・ハラベイサヤ・ウン。

 ぬうん!」


 彼女は屋敷の近くまで走ると、壁に入ったヒビめがけて拳を叩きつけた。


 ヒビが広がって壁に大穴が空いた。


「行きましょう」


 沙羅が壁に空いた穴をくぐり俺も其れに続いた。


「まったく、非常識な連中ですわね」


 太刀や槍、長刀などを構えた衆徒を大勢……50名以上はいるな……を従えて女が屋敷から出てきた。


 高貴な身分であろう衣服をまとったものがその脇に侍っている。


「あんたが阿野廉子かい?」


「ほほほ、その通りですわ。

 たった二人で乗り込んでくるなんてなんてお馬鹿さん。

 さあ、皆さん、私のために戦いなさい」


「おおっ!」


「相変わらずの人海戦術か」


 俺は刀を抜いて迎え撃とうとしたが、沙羅が押しとどめた。


「雑兵の相手は私におまかせください」


 沙羅は頷くと小さくマントラを唱えた。


「オン・ソラソバテイ・エイ・ソワカ」


 彼女の背後に弁財天の姿が現れた。


 その8本の手には、弓、矢、刀、槍、斧、独鈷杵、チャクラム、羂索を持ち、彼女は衆徒に切り込むと一方的に切り倒していった。


 彼女の背後の弁才天が腕を振るうたびに島民は断末魔の絶叫を上げ、あるものは刀で縦に断ち割られ、在るものは槍で串刺しにされ、在るものは眉間を矢で射抜かれ、在るものは斧によって銅を上下に断ち割られ、あるものは投擲されたチャクラ似て首をはねられ、在るものは投げ縄にて庭の松の枝に吊るされた。


 武装した島民は肉塊となって地面に横たわった。


「ふふ、一般庶民はともかくこいつらに手を出せるかしら?

 さあ、行きなさい恒良親王、尊良親王、義良親王、二条道平、北畠親房!」


 まだ年若い高貴そうな男たち3人を沙羅はあっさり切り伏せさらにおっさん二人の首もはねた。


 その行動には一切に躊躇はなかった。


「邪教により心奪われたものたちのことですか?

 事ここに至っては、命を断つのも慈悲ともうせましょう」


 返り血によって真っ赤に染まった沙羅はニコリと微笑んで言ったのだった。


「ちょっと、そいつらは親王だって……」


「やっぱり沙羅が敵じゃなくてよかったなぁ……。

 さて、残るはお前だけだぞ阿野廉子」


「ほほほ、まだまだ甘いですわ。

 オン・マカラギャ・バゾロシュニシャ・バザラサトバ・ジャク・ウン・バン・コク」


 阿野廉子が真言を唱えると……あれ?


 おれはなぜこの方に逆らおうとしてたのだろう?


「さあ、その女を殺しなさい」


「はい、廉子様」


 俺が太刀をぬこうとした所で俺の顔面に拳が突き刺さって俺は吹き飛び正気に戻った。


「目が冷めましたか?」


 沙羅は正気のままだったようだ。


「馬鹿な、なぜ効かない」


「なぜといわれましても、私の想う方は常に唯一人でございますゆえ」


 沙羅が放った琵琶の弦が阿野廉子を捕らえ、松の木の枝に独鈷杵を投げつけ、そこに糸を通してぐいと引っ張ると、阿野廉子が枝に吊るされる。


「ぐええっ!」


「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。

 おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。

 たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」


 沙羅は琵琶のバチで阿野廉子を吊るしている弦を爪弾きながら、平家物語の一説を歌っている。


 バチが弦を爪弾くたびにビクンビクンと痙攣していた阿野廉子だったが、やがて動かなくなった。


「姦婦阿野廉子、成敗いたしました」


 そう言って沙羅が弦を手放すと阿野廉子はドサリと地面に落ちた。


「すまんな、かえって足手まといだったかもしれん」


「いえ、ある程度予想はついていました」


 予想がついてたなら対処を予めしておきたかったが、うまい方法が有ったかわからんし仕方ないか。


 俺達は屋敷に火をかけて、加賀を去った。


 これで建武新政の主力はほぼ壊滅したし、その裏に巣食っていた邪教勢力もほぼ滅んだと見ていいだろう。


「これで終わったのかな」


「いえ、これからが再建の始まりです」


 まあ、其れもそうか、まだ東国や北陸の騒乱は収まっていないしな。

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