第35話 妖僧文観退治
さて、大塔宮には
薩摩硫黄島は薩摩半島の南、屋久島や口永良部島の北にある小さな島で鬼界ヶ島とも呼ばれ、1177年(治承元年)の鹿ケ谷事件の際に、俊寛、平康頼、藤原成経が流罪にされた島でもある。
琉球が日本に含まれていない時代では日本の最南端と認識されており、かなり罪は重いが死罪にはできない上級貴族や僧などを流剤にする際に使われた島だ。
罪人を流されるほうは大変だったのではないかと思うかもしれないが、力が強い武士階級のものが流罪とされることはあまりなかった……まあ、薩摩硫黄島や伊豆諸島は源為朝みたいに伊豆大島に流されて伊豆諸島を武力で従えてしまった例もあるんで武士階級のものも流されることは有ったようだが。
島としても種子島や屋久島に比べてかなり小さく、住んでいる人間も少ない。
7,000年ほど前に大噴火して九州から中国四国あたりまで住んでいた人間を滅ぼした鬼界カルデラの北縁に形成された火山島で噴煙を上げる活火山でもある。
其れにより多量の硫黄が取れるから俺は大陸に売るためにこの島に度々上陸して食料と硫黄を交換しては其れを大陸で売りさばくことで儲けていた。
そんな硫黄島だが温泉がわき、竹と椿が生い茂るのんびりした島でも在る。
一応農産物も栽培されているがどちらかと言うと漁業によって得られた海産物のほうが主な食料だ。
そんな島に一番先に来たのは小さな島であれば文観を探しやすいという理由もある。
さて、新しく加わった沙羅だが彼女は船旅の間、枇杷をかき鳴らしつつ平家物語を歌っていた。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
遠くの異朝をとぶらへば、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱忌、唐の禄山、
これらは皆、旧主先皇の政にも従はず、楽しみを極め、諫めをも思ひ入れず、
天下の乱れんことを悟らずして、民間の愁ふるところを知らざつしかば、
久しからずして、亡じにし者どもなり。
近く本朝をうかがふに、承平の将門、天慶の純友、康和の義親、平治の信頼、
これらはおごれる心もたけきことも、皆とりどりにこそありしかども、
間近くは六波羅の入道前太政大臣平朝臣清盛公と申しし人のありさま、
伝え承るこそ、心も詞も及ばれね」
まさしく北条得宗家も朝廷も滅びの道を行かんとしているようにみえる。
しかし、琵琶を持つ弁財天は蓄財の神として有名だが戦うに際しては役に立つのだろうか?
俺はいつもの通りとばかりに米と硫黄を交換しつつ聞いた。
「最近京より流された偉い坊さんがいるらしいが、その人はどこにいるのかね?」
「ああ、その人だったら……」
と文観の住んでいる家について聞き出すことに成功した。
昼のうちに島を歩き回り、温泉に入って疲れを取りつつ、文観の屋敷の周りを通り武士などの身を守る者などはあまり居ないことを確認し事をおこすのは夜に行うことにする。
やがて日が暮れて月が登ってきた、交易のための荷運びの水夫たちは船に戻した。
やがて夜も深まり、島は寝静まる。
頃合いを見て月明かりの下俺と大塔宮、そして沙羅の3人で文観の屋敷へ静かに歩いてゆく。
「おかしいな、人の気配がなさすぎる」
たしかに寝静まっていれば人の気配が少なくなってもおかしくはないのだが……。
「うむ、お前もそう思うか」
大塔宮もどうやら同じように考えているようだ。
「ならば島民たちがいるのは……」
沙羅が其れに言葉を続ける。
「どうやら島民は文観の手下になったか操られているかと言ったところか」
どうやら思っていたよりはたやすく討つことはできないようだ。
「そのようですね」
沙羅が屋敷の方を指し示すと竹槍を構えた島民が門の前に2人立っていた。
「さて、どうするかな……」
俺は二人に聞いた。
「ふむ、できれば文観以外の者には穏便に済ませたかったがな……」
大塔宮がそう言う
「もはやうち払うしかありますまい、ここは私におまかせを」
沙羅の言葉に俺は頷いた。
「分かった、ここは任せよう」
沙羅は頷くと小さくマントラを唱えた。
「オン・ソラソバテイ・エイ・ソワカ」
そして彼女の両手の中にチャクラムが生まれた。
「ふっ!」
そして彼女がチャクラムを放つと、其れは門番の島民の首をそれぞれ跳ね飛ばした。
「今です、突入しましょう」
沙羅が駆け出した。
俺達はその後について行く。
「しかし、門が閉まっているが……」
「大丈夫です」
彼女は屋敷の近くまで走ると、鈎の付いた琵琶の弦を懐から取り出し、壁の上へと投げ、其れを使って、壁を駆け上がって、壁の向こうへ消えていった。
「ぐえっ」
「ぎゃあ」
という人のうめき声が壁の向こうで上がったあと、通用門が中より開かれた。
地面には首をねじ切られたような島民の死体が転がっている。
「これは一体……」
俺は大塔宮と顔を見合わせた。
「鍛えれば、素手で首をネヂ切ることなど容易いことでございますよ」
大塔宮が恐る恐るというように聞いた。
「もしや、その方……かつては木曽の便女である中原の娘であったのではないか?」」
沙羅はニコリと微笑んでいった。
「はい、その通りでございます。
前の世にくらぶれば幾分か非力になってはございますが」
……いや、おかしいだろう。
人間の体というのは案外丈夫だぞ。
「やれやれ、このような夜分に騒々しいですね」
竹槍を構えた島民を大勢……50名以上はいるか……を従えて竹筒を持った僧の姿のものが屋敷から出てきた。
そいつに向けて大塔宮が叫んだ。
「文観よ怪しげな呪術にて帝をたぶらかし、世を混乱に満ちびこうというそなたの野望。
この大塔宮がこの場にて打ち砕く!」
大塔宮がその坊主に言った。
そいつは不敵に笑って言いやがった。
「ははは、大塔宮ですと?
わざわざ殺されに来るとはご苦労様でございますな。
もっとも行方不明のあなたがここで死んでも困ることはございますまい。
皆さん、やってしまいなさい」
「おおっ!」
島民の目は濁っているが、動きは緩慢とはいえない。
「ちっ、これは厄介だな」
俺は刀を抜いて迎え撃とうとしたが、沙羅が押しとどめた。
「雑兵の相手は私におまかせください」
沙羅は頷くと小さくマントラを唱えた。
「オン・ソラソバテイ・エイ・ソワカ」
彼女の背後に弁財天の姿が現れた。
その8本の手には、弓、矢、刀、槍、斧、独鈷杵、チャクラム、羂索を持ち、彼女は竹槍を構えて襲い掛かって来る島民を次々と返り討ちにしていった。
というか其れは一方的な虐殺にすら見えた。
彼女の背後の弁才天が腕を振るうたびに島民は断末魔の絶叫を上げ、あるものは刀で縦に断ち割られ、在るものは槍で串刺しにされ、在るものは眉間を矢で射抜かれ、在るものは斧によって銅を上下に断ち割られ、あるものは投擲されたチャクラ似て首をはねられ、在るものは投げ縄にて庭の松の枝に吊るされた。
武装した島民は肉塊となって地面に横たわった。
「ば、ばかな。
あなたには情けとか慈悲心と言うものはないのですか?!」
「邪教により心奪われたものたちのことですか?
事ここに至っては、命を断つのも慈悲ともうせましょう」
返り血によって真っ赤に染まった沙羅はニコリと微笑んで言ったのだった。
「沙羅が敵じゃなくてよかったなぁ……。
さて、残るはお前だけだ」
文観は俺達の方へ竹筒を向けて言い放った。
「ま、まだですよ。
管狐よ、彼らを乗っ取りなさい!」
”コオーン”
竹筒より細身で半透明な狐の精が俺たちに飛びかかってきた。
「ちぃ!」
俺は童子切を振るって管狐を両断した。
大塔宮は大丈夫か?
「ふん、だてに比叡山にて修養を収めていたわけではないと知れ!
オン・マカキャラヤ・ソワカ」
大塔宮は大黒天真言を唱えると拳で管狐を祓った。
因みに沙羅は指先で管狐を捕まえると”こきっ”とその首をへし折って投げ捨てた。
「馬鹿な……こ、こうなっては……。
オン・ダキニ・ギャチ・ギャカニエイ・ソワカ!
逃げるが勝ちよ」
文観は未来を見通すという荼枳尼天真言を用いて逃げようとした……が。
” シュバ”と沙羅が放ったチャクラムで脚を斬られそうになり、其れを避けようとしたところで、さらに沙羅が放った琵琶の弦が文観を捕らえた、どうやら先が見えても肉体能力が追いつかねば意味が無いようだ。
沙羅が松の木の枝に独鈷杵を投げつけ、そこに糸を通してぐいと引っ張ると、文観が枝に吊るされる。
「ぐああっ!」
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」
沙羅は琵琶のバチで文観を吊るしている弦を爪弾きながら、平家物語の一説を歌っている。
バチが弦を爪弾くたびにビクンビクンと痙攣していた文観だったが、やがて動かなくなった。
「悪僧文観、成敗いたしました」
そう言って沙羅が弦を手放すと文観はドサリと地面に落ちた。
うん、もしかしたら俺や大塔宮要らなかったかもな。
「しかし、島民の殆どが文観の狐によってあやつられていたとはな……」
俺達は島民を葬ってから、文観の住んでいた屋敷に火をかけて、島を立ち去った。
今度来るときは移住を希望するものを連れてこなければならないかもしれないな。
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