第23話 農業改革と大塔宮護良親王との出会い

 さて、養父が亡くなった正和四年(1315年)の俺の所領は二万八千石だったが、各地で連戦した結果今では摂津、和泉、河内、大和、紀伊で併せて十万石近くなった。


 これは平常時で1500人、戦時で2500人程度を動員できる石高だが、鎌倉幕府が本気を出せば2万3万の兵を集められるわけだから、まだまだ足りない。


 しかし、土地の開墾の余地は全然ある。


 今ならこういったことを行ってもそう簡単に土地を取り上げたりしようとはしないだろう。


 献金と武勲の双方は鎌倉幕府には無視できないはずだ。


「さてしばらくは農地の開墾に精をを出すとするか」


「おう、俺も手伝うぞ」


 神宮寺と俺は自らが先導して土木や治水に参加して工事を勧めた。


 褌ひとつになって田下駄を履き泥だらけになりながら、泥の中を溝を掘りすすめることから始めた


 やがて人足を日銭を払ってやうようになった。


 食い詰めて各地から逃げ出したものなども歓迎した。


 人が増えやれることが増えたことで、治水をすすめることにした。


 蛇行していた川を直線化し網の目のような小川を合流させて、川幅を広げて掘り下げ、仕切った川をため池として利用し、さらに細い川を木材や石で堰き止め、溜池を作り、用水路、排水路それに道路を区画に分けて曲折した道路や畦道を改良し、直線状の水田区画を整備した。


 今までは川の流れなどに沿って大小様々な直線でない水田だったものを直線化することで、牛で引かせる鋼鉄製の鋤を用いることで耕作や用水や排水がスムーズになるし、田植えや収穫の時の運搬が楽になり、全体として収穫量も向上した。


 ついでに家鴨や合鴨をつかって合鴨農業を行おう。


 田植えの6日後に生後2週間の家鴨や合鴨の雛を水田に放し飼いにすれば、そいつらが雑草や害虫などを食べ水田を綺麗にしてくれ、泳ぎながら水田の水を掻き回してくれることによって、水を濁らして水温を上げ稲の成長を助けさらに、稲についている虫を家鴨や合鴨が食べる接触刺激が稲に作用し茎を太くしてしっかりした稲を作りさらに家鴨や合鴨の排泄する糞尿が肥料になるというなんともありがたい方法だ。


 まあ、一見良いことずくめに見えるが雛でない家鴨や合鴨だと稲も食べてしまうので1年以上立ったやつは使えない、雛を生ませるか卵を取るか食肉にするしかないが、水鳥の羽は断熱効果が高い、羽毛布団や羽毛を詰めた半纏をつくれば冬も暖かく過ごせるかもな。


 こういった川と水田の改修工事により、このあたりに頻繁に起こっていた洪水は激減した。


 さらに必要であれば客土すなわち土壌の改良のため他の場所から適切な土壌を搬入し運ばせることもした。


 運搬には基本は小舟を使い陸路は牛を使った車や猫車を使わせる。


 そのために必要な農具や土木作業用の道具は壱岐で生産させている鋼を用いた全鉄製のものを用いる。


 こうして、農地として水や栄養が健全な水循環を行えるようにすることで、生産性を上げるようにした。


 さらに堤防を築くことで河川の氾濫原を水田として開発、並行して山林原野の開墾を行い棚田や棚畑を作り、更には小さなものから湖沼を干拓して新たな農地を創ることも勧めた。


 一つ一つは小さなことだが水害が減り農地面積が増え農民の生活が安定すれば居つくものも増え、其れは結果として国力を増やすことになる。


 そうやって泥だらけになりながら土を堀返したり盛り上げたりしているうちに日が暮れてきた。


「そろそろ終わりにするかね」


 その時俺に声をかけてくるものが居た。


 旅の僧の一行だ、最も一人は水干を着ているから僧ではないのだろう。


 人数は4人でみな若い、その中でも最も若い僧の姿を見た時、俺の胸中に去来する何かが有った。


 それはとても懐かしいものにふたたびであったような感じとでも言うのだろうか


「失礼、少し訪ねたいのだが」


「ああ、なんだ?」


「このあたりに楠木正成と申すものが住んでおると聞いたのだが

 案内してもらえぬだろうか」


「ほう、一体何のようだね」


「今晩の宿を借りたいと思っている」


 恐らく高貴な者なのだろうがなかなかに身のこなしに隙がない。


 共に連れている残りの3名もかなりの腕利きのようだ。


「なるほど、宿か、たしかにこのあたりには旅宿はないし

 まあ、いいでしょうついて来られるがいい」


「かたじけない、案内していただけるか」


「まあ、案内と言うか俺も今帰ろうと思っていたんでね」


「なんと、ではそなたが楠木正成だというのか?

 聞いていたのとはだいぶ違うな」


 俺は首を傾げた。


「聞いていたとはどういうことですかね?」


「うむ、楠木正成という男は巨万の富を持つ豪商であり、

 国士無双の豪将であるとも聞いておった。

 まさか民とともに泥にまみれているなどとは思わなかったのだが」


 俺は肩をすくめた。


「人が生きていくには食いもんが必要です。

 そして其れは泥まみれになってこそ得られるもんですよ。

 まあ、日が暮れる前に参りましょう」


 一番年の若い僧が俺をじっと見つめている。


 そこには憧れに近いものを俺は感じた。


 そして俺は館に4人を案内すると先に4人を屋敷に上がらせた。


「俺は井戸で身体の泥を落としますんで、飯でも食ってまっていてくれ」


「ぜひ話をさせていただきたいのだがいいだろうか?」


「まあ、構いませんが先に向かっていてほしい。

 このままでは風邪を引いちまう」


「そうか、では、待っておるのでよろしく頼むぞ」


 俺は井戸のつるべ桶から水を汲み上げて全身水をかぶって泥を落とし、麻布で体を拭いて家に上がった、家に入ると妻がむかえてくれた。


「おかえりなさい、貴方様。

 あの方々の食事はいかがしましょうか?」


「ああ、只今戻った、坊主には精進料理でも出してくれ。

 武士には俺と同じで構わんだろう」


「分かりました」


 滋子はそう言って台所へ向かっていった。


 俺は衣服を着て囲炉裏に向かった。


「お待たせしました」


「こちらにおられるのは……」


 水干姿の侍が若い侍を示して何か言おうとしたところで若い層が止めた。


「待て」


「しかし……」


「よい、さて楠木正成。

 私は尊雲そんうん……いや護良もりよしの宮という。」


 供の僧や武士が息を呑んだ。


「宮様と申されましたか?」


 ここは平伏しておくべきだろうか。


 おれが一歩下がりひれ伏そうとしたところを宮は止めた。


「いや、平伏の必要はない。

 ここにいるのはただの旅の僧だと思ってもらえば良い。

 私はそなたと話がしたかったのだ」


「私とでございますか?」


 この時期の大塔宮が訪ねてくる理由が俺にはよくわからなかった。


「私はもうすぐ梶井門跡三千院の門主となり、しかしてのち天台座主となる。

 その前にあっておくべきだと高野山の慈空に勧められたのだ」


 なるほどそういうことか。


「少々お待ちをいただけますか」


「うむ?」


 俺は童子切を持ち戻った。


「それは?」


「慈空阿闍梨より預かった、斬鬼の刀です」


 その時時間が止まったように感じた。


『久方ぶりだなヴァイシュラヴァナ』


 宮ノ後に半透明になった神の姿が


『これはマハカーラ、久方ぶりですな』


 俺の後ろにも同じようなものが出ているのだろう、そして俺と宮以外の者には聞こえも見えもしないようだ。


 ヴァイシュラヴァナが毘沙門天、マハカーラは大暗黒天、夜叉ヤクシャ族の王であるヴァイシュラヴァナはシヴァとも仲が良かった。


「これは……」


「どうやら、そちらも時の旅人のようですな」


 俺と同じ時代なのか違う時代なのかはわからない。


 しかし大塔宮6歳の頃、尊雲法親王として、天台宗三門跡の一つである梶井門跡三千院に入院した彼にはできることは殆どなかっただろう。


「では、酒など一献いかがでしょうか、それとも湯のほうがよろしいか」


 宮は笑った。


「酒など飲むのはいつ振りになるかな、ぜひいただくとしよう」


「では、飲み比べなどはいかがかな」


「うむ、それもよい」


 俺と宮は酒を飲みながらその夜、言葉を交わし続けた。


「しばらく逗留されるがよかろう、そして民の姿や商いを見ていかれるがいい」


「うむ、そうさせてもらうとしよう」

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