第9話

 あくびをかみ殺して、玄関のドアを開ける。すると、少し寒く感じた。

 朝方の寒さを感じると、秋が深まってきたことを感じる。いつの間にか、優奈ゆうなの服が長袖シャツに変わってたし。服も自由自在……、何気にかなりの便利スキルな気がする。

 さて、ゴミを捨てに行こう。生ゴミだから、捨て損ねると不快感がすごいのだ。

 俺の部屋は、205号室。と言っても、2階の部屋の4番目の部屋だ。事故物件らしく感じるが、いるのは今もグースカ寝ている幼女幽霊だ。

 とっととゴミを捨てて、部屋に戻ろうと一歩踏み出した時だった。

阿部あべ

「おっぺろぽんっ!?」

 びっくりしたー!

 慌てて後ろを振り返ると、1人の女性が立っていた。

浮雲うきぐもさん……」

 浮雲倫理うきぐもりんり。俺の隣の部屋、206号室に住む人だ。

 酒と音楽をこよなく愛する人間であり、ライブハウスを経営するかたわら、自身もミュージシャンとして活動している。たまに、ライブのチケットもくれたりする。

 外見は、ウルフカットの茶髪で背が高い。確か、170センチはある、と言っていた。顔も美人の分類に余裕で入る。スタイルも綺麗きれいだ。ちなみに胸は、Bカップらしい。何故か教えてくれた。断じて、俺から話を振ったわけでも、教えて欲しいともいったわけではない。

 浮雲さんは、いつもと変わらず無表情のままで、話を進める。

「おはよう、阿部。なんだか、おどろかせてしまったみたいだな」

「いえ、それはいいんですけど……。こんな時間に浮雲さんは、何を?」

「ん、これ」

 浮雲さんは、手に持っている物を見せてくる。

 それは、煙草たばことライターだった。

「……ほどほどにしとかないと、体壊しますよ」

「ほどほどにすると、ストレスで体を壊す」

 ハッキリ言い放つ浮雲さんに、俺は「そうですか……」としか返せなかった。

 煙草に火をつけて、煙をかす。浮雲さんに良く似合っていた。

「ところで、阿部」

「なんです?」

「お前、最近学校に行っているのか?」

「え? 行ってますけど……」

 やぶから棒だった。どうしたんだろう?

 不思議そうな顔をしている俺を見て、浮雲さんは言う。

「いやな、平日の昼間でも普通にお前の部屋から音が聞こえるからな」

 言われて、心臓がねた。幼女幽霊、優奈だ……!

「お、俺の部屋、事故物件ですし、何か起きてるのかもしれませんね! あはははははは!」

 汗を流しながら、手をばたつかせて言い訳をする。ごまかせて……ないだろうなぁ……。

 浮雲さんは、明らかに挙動不審な俺を見ても、表情を変えなかった。

「ああ、そう言えばそうだったな。でも、妙だな……」

「妙って、何がです?」

「私は、生まれも育ちもこの辺なんだが……、この辺りで殺人とか事故とか、物騒な話を一度も聞いたことがない」

「へ?」

 思わず、俺は自分の部屋のドアを見る。

「まぁ、全ての事件が私の耳に入るわけでもないし、私の知らないだけで、何かあったのかもな」

「……」

 俺は、浮雲さんの言葉を聞きながら、固まっていた。

 俺は、確かに不動産屋からここが事故物件であると聞いた。だからこそ、住むと決めた訳だし、実際に幼女幽霊、優奈と出会っている。

 優奈。好き嫌いが多くて、機械音痴で、特撮好きで、意外と勉強ができるあの幼女幽霊。

 あまり深く考えなかったけど。

 あいつは……、何なんだ?

「ところで、阿部」

 浮雲さんの声で、現実に引き戻される。

「あ、はい。なんですか、浮雲さん」

「ゴミ、いいのか?」

「あ」

 気づいた時には、もう遅かった。俺は、アパートの廊下でゴミ収集車が走っていくのを見ていることしかできなかった。

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