37.亡者のキミの革命前夜②

僕は剣で斬りかかる。


「《ドグラブラディオ黒き星の血だまり》」

兄は黒い剣を生成し、僕の剣撃を受けた。


「髪が白くなったな」


「兄様は赤いままですね。髪だけは。」


「...」


「変わってしまった......兄様、あなたはずっと苛立っていた。口が悪くなることもあった!

だれど、それを人にぶつけることはしなかった!暴力で人をねじ伏せることはなかったはずだ!」


剣を打ち合いながら、僕は問うた。


「なのに、何があったんです!何を思って、町を、国を、人を、みんなを滅ぼそうだなんて思ったんですか!?」


「わからないのか、そんなことも」


「わかりません!だから教えてくださいよ!」


僕が兄の漆黒の剣を弾く。

剣は彼の手から離れ、宙を舞う。


しかし兄が手をやると、剣は鋭い刃のついたチャクラムに変化し、僕に襲いかかった。


僕がそれを避けた隙に、兄は距離をとった。


「ならば教えてやる。」


そう言うと、兄は高笑いをした。


「何がおかしいんだ!」


すると兄は、不気味なほどに一瞬で真顔になった。

「…いや、俺にとっては最高に笑えるが、お前にとっては最悪かもしれないな」


「勿体ぶらずに早く教えてください」


「お前の髪が白くなった、俺は赤いまま。お前はそう言ったな。


それはある意味"本来あるべきに姿になった"---そう言えるかもしれない。」


「どういう...意味です!?」


兄は続けた。


「俺は、お前の兄じゃない」


「は…?意味がわかりません。適当なことを言わないでください!」


目の前の男は、紛れもなく僕の兄だ。

豹変していても、元は僕の知るヴァント=フラストノワール本人だというのが僕にははっきりとわかっていた。


むしろ目の前の男が僕と何の接点もない別人で、悪い夢だったらよかった。

もしこれが極悪非道な魔王による、残忍な死人の冒涜だったのなら、どれほど心が楽だっただろう。


決してなりすましや幻影などという偽の苦しみ、甘い言い訳ではなかった。

本物の、僕の兄だった。


だからこそ、わからなかった。


「僕も兄様も、父様と同じ赤い瞳と髪で…」


「肉体はそうだ。でも魂は違う。俺は元々この世界の人間じゃない。」


「何を言って...」


「こことは別の...異世界で死んだ俺は、転生してこの世界に生まれたんだ。


お前の兄が生まれた瞬間に、この俺の魂が割り込んで入っていって、肉体を横取りしたのさ!」

兄はわざとらしく、ばかにするような声色で言った。


僕は絶句した。


言葉の意味は理解しているのに、何故だか理解できない。

なんて言っていいかわからなかった。


「悔しいよな、悲しいよな?自分の兄だと思っていた人間が最初から、どこの誰とも知らない別人だったなんて。」


そして兄は続けた。


「知ってるか?俺が元いた世界では"異世界転生もの"ってやつが流行ってたんだ。


何でもないようなダメな奴が偶然運よく超常的な能力を手に入れて、簡単に魔王を倒したりして簡単にちやほやされるクソみたいな話だ。


だけどそれに引き換え俺はどうだ?何の特殊能力も与えられず、突然この世界に生まれさせられて、王位継承者としての責任だけを負わされた。


俺にだけ、困難ばかりが押しつけられる。くだらない。


こんな理不尽なことがあるか?こんなに最悪なことがあるか?

あるさ、それが現実なんだ。


お前にわかるか?俺の苦しみが。


伸び伸びと暮らし、見る物全てが新鮮で、いちいち世界に対して目を輝かせていたようなお前には、わからないだろうな?


この最悪な世界を終わらせることの大切さが!」


僕は痛々しい様子で話す兄のその声を聞きながら、拳を強く握り締めていた。


しかし、観念したかのように脱力した。


「それは確かに…悪いですね。」


「そうか、そうだろう?」


「ええ兄様、悪いですよ。」


兄は少しだけほっとしたような顔で、僕に近づいた。


僕にとってその顔が余計に辛かったけれど、それでも、僕は安心せずに言った。


偽りの安心に甘えたりしない。

自分の心に嘘をついたりしない。

まだ未完成なだけの現実を、ゴールと見間違えて屈したりない。

諦めたりしない。


安心に負けないことこそが、僕にとっての本当の安心だったんだ。

そのことに気づいた僕は、言った。


「…格好が。とてつもなく、格好が悪いです!」


「は...?」


「異世界転生もの…。


僕はそのお話を読んだことはないし、どんな内容かも想像がつかない。今聞くまで存在すら知らなかった。


そりゃそうです。違う世界の話なんて、知るはずがありません。


でも、これだけは想像がつく。


たとえ生きる世界が違おうと、これだけは想像がつく。


物語なんだから…

物語の世界に、キラキラした感情を求めるのは当たり前のはずだ!


そのキラキラが、現実を生き抜こうと思う気持ちに、希望になるんだ!!」


僕は今まで兄に憧れてきた。

だから今まで褒めたことしかなかった。


今も尊敬している。だけど、だからこそ、今、初めて悪口を言った。


「虚構に...物語に僻むなんて、最高に格好が悪いですね、兄様!!!」」


嫌いだとか怒っているとかのイライラドロドロとした気持ちではなく、今までに兄様にぶつけてきたあらゆる褒め言葉よりも、清々しく言い放った。


「......ふざけことを言うなああああッ!!!


そんなのは希望なんかじゃない!

ただのくだらない虚構だ、現実の逃げ道でしかない!

何の意味もないんだ!」


兄はいくつもの真っ暗な魔法を、僕に乱雑に投げた。

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