32.地下牢にて③

物凄い勢いで直進してくるそいつの体。

それはなんと牢屋の檻を幽霊のようにすり抜けて、そのままこちらへと殺気とともに向かってくる。


「!?」


僕はそれをすぐさま避けた。


脱獄時のために体が反応できるよう、トレーニングしておいた甲斐があった。


すると周りの情景が変わっていった。


しかし、突然まるっきり別の風景に変わるのではない。

牢屋の石床が伸び広がり、鉄格子は遠く離れていき、狭かった牢屋がとてつもなく広い空間となった。


夢かと思ったが、体のあちこちの痛みは健在だ。

それに頬を触る感覚も鮮明だった。


触った頬を、つねっているほどの暇はなかった。


ローブの男が手を上に掲げると、何本もの剣がドロドロと床から生えてきた。

そしてそれらは空中でひとりでに鞘から抜け出し、僕に向かって襲いかかってくる。


それらを躱し、避け続ける。

全部避けきったと思ったところで、どこからともなくさらに1本の剣が向かってくる。


僕はそれを転がりギリギリのところで躱すが、立ち上がった瞬間に間髪入れずにさらなる剣が。

もう避けきれないことがわかった。


僕は覚悟を決め、それを掴んだ。掴み取った。

持っている両手からだらだらと赤い血が流れるまま、刃を受け止めた。


掴んだ!


僕はその剣の持ち手を強く握り、そのまま走っていく。


剣が何本もまた向かってくるが、飛び跳ね避けながら進み、避けきれない剣は握った剣で弾き返し、そしてローブの男の場所までたどり着いた。


「うおおおおおおおおおおっ!!」


僕は剣でローブの男に飛びかかった


すると、そのローブは霧散した。

消えていなくなった。


「っ!?」


辺りを見渡すと、そこには誰もいなかった。

それどころか、広くなっていた牢屋内はまた元に戻っていた。


「......。」


しかし剣は手に握られていた。


夜の地下牢の冷たい空気が、手のひらの真っ赤な傷口に染み渡った。


... ... ...


翌日。兵士はやってきた。

しかしそれはいつもの兵士ではなかった。


「脱獄はやめておいた方がいいぜ

罪を償った方がいい。


おっと、洗脳は聞かないぜ。催眠防止の装備をつけているからな。

昨日まで来ていたあいつもそうだった。


あいつも今日から休養にとることになった。


お前を見ていて気を病んじまったって。

催眠防止効果が不十分だったのかもな。それを受けて、新たに強化された催眠防止装備が早速配布された。


兵士全員が強化された催眠防止の装備をつけていると思った方がいい。

王様でさえもだ。」


兵士は食事を置くと、牢屋をみた。


「...おい、せっかくおしゃべりしてやったのに、寝てるのか?

それとももう、"脱獄"しちゃったとか?」


僕は影に隠れていた。

ノリの軽そうな兵士からは見えていなかった。


兵士は、自身の左腰に手を当て、そこに持っている鍵で開けようか迷った。

本当にここにはおらず、脱獄してしまったのか?だったらまずい。


しかし牢屋の中に入ってまで確認するべきだろうか?いないと思わせて逃げる罠ではないのか?

冷静に考えれば、そっちの可能性の方が高いだろう。


「...」


とか、おそらくそんな感じのことを迷っているのだろう。

そこが隙だった。


鞘に入ったままの剣で、僕は思い切り兵士の腹をどついた。


「ぐっ...!?」


一瞬の勝負だ。


鞘を口で噛み咥えて、左手で剣を引き抜く。

兵士の左腰にジャラジャラと紐に繋がれた鍵を右手で掴み、剣でそれを断ちちぎった。


兵士がさっきの一撃で気絶したことをお祈りし...うん、この倒れ具合なら、おそらく気絶させられているだろう。


この牢屋を開けるのに使う鍵は、昨日確認していた。

件の鍵をすぐに選び取り、檻の隙間から手を出し鍵を開け、そして出た。


兵士から鎧を剥ぎ取る。

鍵の紐で伸びた髪を後ろに結び、鎧兜を顔につけ、そして歩き出し、走った。


石の階段を上がる。そして木の扉を開け、そして出た。


僕は思わず、息を吸って、吐いた。


久しぶりの地上。


歩いていく。

しかし兵士の姿はあまり見かけない。


「ちょっと、何かあったんすか?」

最初にウィンディライン城の前にいた門兵だ。


「あっ、ご苦労様です!」


「...その兜の刻印、見たことない番号っすね...」


番号?そんなのがあったのか!?

まさかさっきの兵士はわざと...?罠だったのか、まずい!


「新入りっすよね?人員が足りてないのはわかるけど、こんな急遽入れるなんて...」


急遽入った新人で、ただ面識がないだけか。ほっとした。

ならちょうどいい。職場に不慣れな新人らしく、先輩に色々と聞かせてもらおう。


「やっぱ最近王おかしいっすよ...」


「ふ、不敬罪なのでは!」


「あっ、いや!今のは秘密、私たちだけの秘密っすから、ね?

そうだ、今から私についてくるってのはどうっすか?新人研修も兼ねて。


ほら君!今何していいかわかんないっすよね!?」


「ああ、はい!いいんですか!?」


「いいっすよいいっすよ、そりゃもちろん!」


「じゃあ!お言葉に甘えて。」


僕は訊いた。

「どうしてこんなに、皆さん慌てて移動してるんですか?」

向こうを見た。

兵士や使用人たちがあたふたと動き回っている。


すると彼女は少し言葉に詰まった。そして落ち込みをどうにか隠しながら言った。


「連行されちゃうんす。禁足地の魔物に洗脳された、汚れた王女なんかもういらないって、王が...」


彼女は、拳を握りしめ震えていた。


それを見て僕の背中にも悪寒が走った。


「コニスカラメルで...大陸の中心へそで行われる、魔法不使用平和持続1000年記念セレモニー...そこで処刑されちゃう」


「誰が、誰が処刑されるんだ!?」

訊かなくても予想はついたけど、それでも信じられなくてつい訊いてしまった。


「本当はわかってるっすよね?


私だって信じたくないっすよ。


処刑されるのは、このウィンディラインのたった一人の王女...


サマーブリージア=ウィンディライン王女っすよ」

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