30.地下牢にて①

「こんにちは」


「感謝します。」


「いただきます」


「ご馳走様でした」


... ... ...


兵士が話していた。


「おい、行ったか?」


「何がだよ」


「地下牢だよ。王女様を洗脳してやってきた、婚約者を名乗る人型の魔物が捕まったっていうあの」


「ああ、<花の国の王子>だっけか?最近よく聞くけど、本当にいるのかよ?」


「ああ、いたいた。


それがさあ、どう見ても完全に人間だったんだ。

だけどよ、気味が悪いんだ」


「気味が悪い?どう見たって人間なんだろ?」


「ああ、だからこそだ。

食事を持っていったんだが、まず『こんにちは』って挨拶されて。

笑ってやがった。」


「うわ」


「それだけでもう気持ち悪かったんだが、そいつその時檻の中で何やってたと思う?

トレーニングなんかしてやがった!

無駄に体力を減らして、なんの意味があるんだ?」


「ハッハッハ、魔物がトレーニングを?嘘だろ!」


「嘘じゃねえって!


そんでよ、俺は少なくてクソマズいプレートを置いたんだけどよ。そしたら近づいてきて、『感謝します』って言ってお辞儀したんだ。


しかも物凄く姿勢良く座って...それだけじゃない、食べる前に『いただきます』って言ったんだぜ?」


「うわっ、気持ち悪っ!嘘だろ?そりゃ完全に魔物だな...」


その時だった。


「その地下牢、案内してもらえますか?」

金具の装飾がついた杖をガシャンガシャンと鳴らし、法衣に身を包んだ女性がやってきた。


兵士は慌ててピシッと姿勢を正した。


「はい、只今案内いたします!コズミキ・コニス国王陛下」


... ... ...


僕は牢の天井の細い配管を掴んで、懸垂していた。


うずくまって泣き叫んだりすることもできた。

だけど僕は、ここから必ず出るのだ。


仄暗い独房でこの思考を呆けさせないように。

来たるチャンスを見計らい、それがたとえほんのわずかな瞬きほどの短時間であろうと、いつでも出られるように。


そのために懸垂を続けさせるをえなかった。

いや、そのおかげで続けられたというべきか。


毎日懸垂を続けているうちに、配管これは折れてしまはないだろうか?

むしろ折れて修理しにきたところで脱獄できたりしないだろうか?


そんなワンチャンスも狙っていた。


しかし配管は細さのわりに頑丈で、なかなか折れそうになかった。

それでも僕はしかるべきチャンスを見定めるために、純粋に、懸垂を続けた。


その時だった。


人がぞろぞろとやってきた。


「ここです」

看守の兵士が誰かをここに案内してきたようだ。


「ありがとうございます。持ち場に戻っていいですよ。」


「いえ、面会には付き添いが必要という規則が...」


「そのような規則、問題ありません。安心してお去りください。」


「いえ、危険では...」


「去れ!」

突如、野太い大男の声。同じ法衣を着た側近の一人が言った。


「は、はい!」

兵士は去っていった。


...


僕は懸垂を続けながら言った。

「ご機嫌よう。どちらから?」


沈黙の中、僕は懸垂を続けた。


「囚人にしては、元気な挨拶なのですね。」

真ん中にいた、豪華な杖を持った小柄の人物が言った。


「私は星の国コニスカラメルの王、コズミキ=コニスです」


その声は冷たいながらも、サマーやシエル、僕らと同じくらい...

いや、それよりも少しの低い年齢の、幼い女の子のものに聴こえた。


「...」

僕は色々と考えが巡ってしまい、懸垂を3回だけ続けた。

そして手を離し、固くて冷たい牢の床に降りた。


そして今にも溢れ出しそうな怒りを抑え、完璧に平静を装い言った。


「ご機嫌様。コズミキ国王陛下。花の国フラストノワール第二王子ロゼット=フラストノワールです。」


僕が言い終わらぬうちに、彼女は杖を動かし呟いた。

「《グラ=べタ重・圧》」


突如、僕は物凄い圧力にかけられ地面に突っ伏した。


「!?」


まるで僕にだけ重力が大きくかかっている様だった。


「違法では...なくなった...のですね、魔法は-」

「これは魔法ではありません。星なる神の御力を借りて行使する術<神星術>です。」


僕はどうにか首だけを上げて、つい彼女の顔を睨み付けた。

頭のベールのような被り物で見えなかった目元が、その時確認できた。


地下牢は薄暗くて詳しくは確認できない。


だけどコズミキ・コニスの瞳には間違いなく、怒れるウィンディライン王の瞳にもあったあの十字印が刻まれていた。


香蕈に入れる切れ目のような、あの十字の紋章が。


「お言葉ですが...花の国フラストノワールは、存在しています...!


そしてあなたは...黒幕に騙されているのです、以前は星の国コニスカラメルは、この大陸には存在しませ-」


僕は強引に立ち上がろうとするが、彼女が杖を動かすとより強い重力で押さえつけられる。


「頭が、高いですね。邪悪な魔なる使徒の言葉など、誰がまともに取り合うと思うのでしょうか?


それに...聞き捨てなりませんね。我が国が存在しないなどと、侮辱にもほどがある。


同情の余地はない......これなら、罪悪感に苛まれることなくができますね。」


「実験...?」


「少し前に新たに授かったがちゃんと成功させられるかのです。


私はあなたをそのにするために今日ここにやって来たのです。」


「《ミュ・リテス消・音》」


謎の光でできた猿ぐつわが、僕の背後から這い出してきて、僕の口を塞いだ。


彼女は瓶を取り出し蓋を開けた。

側近から怪しげな皿を受け取ると、瓶を傾けた。


青や紫に光る怪しげな粉が注がれた。


そのような準備作業を続けながら、彼女は言った。


「これより試すのは星なる"時の神"より授かった術。


時を加速させ、魂を安寧へと向かわせる神星術です。

成功すればあなたの囚われた肉体はすぐに老い、半年もしないうちに朽ち果てます。


醜い思念のこもった肉体から解放され、あなたの魂は本来の姿を取り戻すことでしょう。」


準備が終わり、コズミキ・コニスは杖を僕に向けた。


「《オルダ・レイジア老・化》」


それを聴いた途端視界が真っ白になって、気を失った。

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