29.各国への来訪③
僕とサマーは再びポスタの座席で揺られ、風の国へ向かっていた。
昼過ぎ、帰宅ラッシュが始まる前の時間。
夕陽が差し込みオレンジ色に染まる車内には、僕とサマーだけがいた。
手を繋いで、少しの間無言でいた。
けど突然サマーは手を離して、言った。
「二人きりだね。」
そう言う彼女の顔はいつものいたずらっぽい顔...ではなく、顔を赤くして俯むきながら、彼女自身の手を揉んでいた。
「...サマー」
彼女はびくっとすると首を向こうに向けた。
「...何?」
「ありがとう、助けに来てくれて」
僕は言った。
「...うん。.........いや、」
「いや?」
するとサマーはゆっくりと振り向いた。
潤んだ綺麗な瞳を、僕に真っ直ぐに向けて言った。
「婚約を申し込まれたから、返事を返したくて。
絶対に言いたかった。
婚約を受けます、結婚しましょうって。
...ロゼット」
僕はただ頷いた。
するとサマーは僕を見つめていた目を瞑って、ふーっと深呼吸をした。
サマーは何度も深呼吸を繰り返していた。
「ふぅー、はぁー...ふぅー、はぁー...。ふぅううううー...はぁああああ!」
「!?」
流石に心配して僕は言った。
「サマー、大丈夫?」
そう言いかけた途端。
その瞬間に、彼女は僕の唇を奪った。
「...」
優しいけど、照りつける夕陽よりも熱く、溶け合うような感覚になる。
時がうねって一瞬が永遠のように感じられた。
多分本当は一瞬じゃない、実際には長い間そうしていた。
けれど、終わると一瞬のように短く感じられた。
少しの間見つめ合っていたが、なんだか突然恥ずかしくなってきてお互いに目を逸らした。
「ロゼット」
「何?」
「ロゼット、好き...-」
「僕も、サマーのことが好き」
食い気味で言った。
するとサマーは赤くなった頭を、慌てて横に振った。
「違う、そうじゃなくて!
好きなもの、ある?
って聞きたかったの。」
「好きなもの?」
「うん。好きなもの。その、私、以外で...。」
「色々あるけど、強いて言うなら、社交界かも。
15歳の頃に、父が初めて招待してくれた社交界。それが印象深くて。」
「15...」
「サマーと初めて会ったのも、あの社交界だったよね。」
サマーは黙ってこくりと頷いた。
「社交界って、ダンスしたりもするんだよね?」
「ああ、うん。」
すると彼女は僕の手をとった。
「じゃあ、そのうち社交界を開こう。
そこでダンスを...エスコートして。踊るの、得意でしょ?」
「...喜んで。」
そのまま僕たちは、夕陽が照りつける車内でダンスをした。
すぐに人が入ってきて、やめたけど。
そして、風の国ウィンディラインに到着した。
... ... ...
語尾に「〜っす」が付く特徴的な口調の門兵は、サマーと親しいようで、姫のお願いということで怪しみながらも渋々僕を通してくれた。
そして王の間についた。
「サマーブリージア、おかえり。
ところでそこにいる男は誰だ?立ち入りを許可した覚えはないが」
「パパ、思い出して。彼は-」
「ロゼット=フラストノワール、西にある花の国フラストノワールより参りました。」
僕は跪き、名乗った。
「西の国から?それは本当か?」
「はい、本当でございます。」
「フラストノワール、海外にそのような国があるとは。
長旅ご苦労であった。して何用だ?そちらの王より伝言などは預かっているか?」
「パパ、違う。彼はこの大陸の西にあった<花の国 フラストノワール>から来たの。」
「...?西?この大陸の、西と言ったか?」
「ええ。西の、今は禁足地になっているところだよ」
「西の禁足地だと!?」
すると周りの兵士たちもざわざわとし始めた。
「このガストオーガスト=ウィンディライン。
最近は何故だかあの禁足地のことが気がかりで、すぐに頭に血が上ってしまう。
しかしそれでもこの己が、冷徹で残忍な暴君などではないと信じたい。」
ガストオーガスト=ウィンディライン王は険しい顔で言った。
「このような話をお前などにしても意味がないとわかっているのだが...幼少の頃、仲の良かった友を西の地で亡くした。
忌まわしい記憶を消し去りたいという自分勝手がために...どんな経緯で死に別れたのかはおろか、その友の顔や名前ももはや思い出せぬ。
だというのに、おろかにもいまだにあの場所に思考をとらわれているのだ。」
その"友"なる人物は、おそらく僕の父...パシオン=フラストノワールのことだろう。
この様子なら、正直に話せばきっと思い出してくれると僕は踏んだ。
彼は僕に訊いた。
「そちらが人の言葉で丁寧に名乗った以上、こちらも一応は問答しよう。
西から来たということは、貴様は魔物ということか?」
「いいえ、違います。
2年前、謎の災害によって西にあった私の祖国フラストノワールは滅びました。
生き残った私はサマーブリージア王女、月の国のミルクシェ第二王女、そしてもう2人の協力者によって、本日その原因となっていた魔物を撃退しました。
ですから、真っ黒だった西の空が今晴れているのが確認できるかと思います。」
沈黙。
そして返ってきたのは、納得ではなく否定。
怒号だった。
「何を言っている、空は青いに決まっているだろう!?」
怒れる王に、サマーは言った。
「昨日まで西の空は黒かったでしょう?よく思い出して!」
「サマーブリージア、なぜそいつを庇うんだ?
貴様、今すぐ娘から離れろ!早く誰かそいつを連行しろ!」
しかし兵士たちは、罪人でもない人間を連行することに戸惑った。
それはウィンディラインという国が、かなり治安が良かった故の、戸惑いだった。
するとウィンディライン王は舌打ちをして、自らずんずんと近づいてきた。
「"2年前に滅んだ"だ?ふざけたことを言うな!所詮魔物、頭は残念なようだな。そんなバカな言い分に人間が騙されると思っていたのか?」
するとサマーが、父である王の頬を殴った。
平手打ちではない。
「いい加減にして。
思い出して、彼は花の国フラストノワールの第一王子ロゼット=フラストノワール。
私の婚約者よ。貴方も認めてくれた」
するとウィンディライン王は
「婚約者、だと...?」
するとサマーを優しく退けて僕に近づいた。
そして、僕を殴った。
「貴様ああああああ娘をたぶらかしやがってえええええええええええええええ」
もちろん、グーで。
「魔物ごときがああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!許さんぞおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
その瞬間ウィンディライン王の目に一瞬、
そして王が僕に二撃目を入れようとすると、サマーが立ち塞がった。
しかし。
「どけえ!」
王は娘であるサマーを突き飛ばした。
「!?」
そのまま王は僕に殴りかかってくる。
僕はそれを避けて、流石に、王の顔に一撃を返した。
しかし王は顔をえぐられながらも、僕の腹に脚で一撃を入れた。
僕はそのまま突き飛ばされた。
「素早くこの魔物を牢屋へ連れて行け!!!速くだ!!!!!!!!」
「やめなさい、待って、ロゼット!」
手を伸ばす、サマーとの間の空間は、兵士たちに塞がれた。
僕はそのまま兵士たちに運ばれ、牢屋に入れられた。
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