19.森の鬼火と新人類?①

この森に住む動物はどの図鑑で見たものとも違い、奇妙な姿をしていた。

その奇妙が、この森での普通だった。


歩いても歩いてもずっと木々が続いており、廃墟のような人工的な残骸は、屋根の欠片すら見つからなかった。

完全な自然だった。


僕はあれから、動物を殺しては鮮度の落ちないうちに食らい、歩いて何かないか探し、夜になったら落ち葉の布団で暖をとり眠った。

その繰り返しだった。


ある日目が覚めると僕の目の前に動物がいて危うく殺される寸前だったけれど、なんとか気がついて返り討ちにすることができた。


そうして動物を狩るうちに、灰色の剣の切れ味が上がっていることに気がついた。

色も若干赤黒く滲んでいるように見えた。動物を殺した後、ちゃんと血は拭いているはずだけど、足りなかったのだろうか?


切れ味が上がっているなら、まあいいか。


そしてついに、この剣で木を切ることに成功した!


最初の殺人ウサギが木を楽々斬り倒していたのが印象に残っていたので、ついにできて余計に嬉しかった。


切れ味が上がっていることに気がついてすぐに木を切ろうとした時は失敗した。

手がじんじんと震えた感触を今でも覚えている。悔しかった。


だから何度も繰り返して実際に切り倒せる切れ味に到達した今は、余計に余計に、ついに感があった。

嬉しかった。


そしてまず作ったのが、木製の摩擦着火装置。

てのひらサイズのそれは、親指の位置にある木を押して滑らせて火をつける。


例のミミズの絞り汁を塗ることで装置全体には燃え移らない仕組みだ。


ある時調べると、例のミミズは地面で根っこのようにぐちゃぐちゃに絡み合い束になっていた。


そんな時炎を吐くトカゲと遭遇し、髪の毛の後ろの方が少し焦げた。

炎が直撃した地面の落ち葉は黒焦げになったが、ミミズは燃えていなかった。


もう一度炎トカゲを誘導し、炎の息をミミズに命中させる。


だけどやっぱり、ミミズたちは平気な顔をしてウニョウニョしていた。

思わず二度見した。


僕はミミズをトカゲの口に放り込み、その隙に首元に剣を突き刺し息の根を止めた。


そこで、ねっこミミズが不燃性であることを発見したのだ。


「...。」


装置を使って火種を作り、焚き火をする。

葉っぱで包んだ大きな熊イノシシ猿の肉を、蒸し焼きにする。


熊イノシシ猿...字面では訳が分からないように見えるかもしれないが、本当に熊イノシシ猿だ。

顔はイノシシのような鼻と牙、熊のような鋭い手足の爪と巨体で、猿のように二足歩行気味の四足歩行で動く。


それが熊イノシシ猿...あえて物語の中の存在に当てはめるならそれは"オーク"だ。


それを僕はハーブで包んで蒸し焼きにしている。

美味しそうな香ばしい匂い。

肉だけだったらこうはならない。草が香草ハーブだから。そうだ。

草は美味しいのだ。

草は美味しいから食べるのだ。

事前に毒がないことを確認した、赤紫の元気な色の花も飾り付けてある。

もちろん花も食べる。


オークはもしかしたら、僕にわからない言語で和解を求めていたかもしれない。

一緒に草を食べようと。

だけどもう遅いのだ。

彼の同族が敵討ちにやってきたら、僕はそれらを皆殺しにし、ありがたく平らげるだろう。


罪悪感はとても感じている。だけどそれを分かった上で感謝し食べるのだ。

君の肉を。


刺しておいた太い枝の両端を持って、肉を火から取り出す。

熱いのを我慢して葉を開くと、湯気とともに香ばしい匂いが立ち昇る。


「すううううう」

なんて幸せな生活をしているのだろう。

そう思えた。


豪快にかぶりつく。

美味い、美味すぎる。寒空、空腹、熱々の肉汁と噛み心地は僕を満たし、添えられた花は僕を癒した。


でもそれは...僕が王族だから。

元は城で不自由なく裕福な生活をしていたからこそ、楽しめるのだろう。


執事やメイドの方々に世話をしてもらえない、衣食住を自分で用意しなきゃならない。

ふわふわのベッドで眠れない、薄くて臭くてふかふかの落ち葉にくるまって寝るしかない。


そんな自分で試行錯誤するしかないこのサバイバル新生活を、僕は新鮮に楽しめるのだろう。


元から硬い床で眠り、凍え、必死に嫌々生きている貧民たちからすれば、

この生活に変わったところで何の新鮮味もない、結局不自由じゃないかと一蹴されてしまうのだろう。


僕は最初から人にもお金にも恵まれてたからこそ、"自分以外誰もいない""お金では何も買えない"そんな今の生活でも幸せな気持ちでいられるだけでしかない。


そんなことを考えていた。


王族や貴族のために学び舎を作った後は、商売を営む庶民...さらにその次は、それよりも圧倒的に貧しいホームレスにも目を向けたいなと前から考えていた。


僕がサマーブリージア第一王女と結婚したら、ウインディラインに行くことになる。

そうしたら当然故郷フラストノワールの内政には口出しできなくなる訳で...


それまでに、政治に四苦八苦している兄の負担をなるべく減らしたい。

だから一刻も早くここから、帰ったらすぐに着手しないと。


その時のために今のうちに計画を立てておくのだ。


...そう、食べているうち、今のうちは思えていた。

だけど晩餐を食べ終わって少し経つと-


「一体、どこに帰るっていうんだ?

ほら、これ見てよ!ここがさぁ、フラストノワールなの!

わかるでしょ?オークくん!


というか、ずーっと今日まで歩いてるけどさあ!

一向に進んでないの!ほら見てよオークくん!


昨日はここ。その前はここ。そして今日は...ここ!

こォんだけしか進んでないの!こォんだけ!」


そして骨に一方的に喋るのに疲れて、眠る。

...いつもこうだ。


時たま、世界にたった1人の新人類になってしまったんじゃないかと不安になる。

もしそうなったとして、僕がアダムならイブは誰だ?オークか?

確かに人間とオークの間に生まれた子供なら、それは間違いなく新人類だろうな。


「...いやいや、ダメだ。僕は婚約者と結婚するんだ。

動物だからダメとか、そんなレベルの話じゃないんだ。

もしもたとえ彼女の正体が邪悪な魔王だったとしても、僕はサマーブリージア王女と結婚するって決めてるんだ。

オークくん...


...はあ」


だけど着実に真っ黒な場所へと向かって進んではいる。


「明日も、歩いて、殺して、食べて、歩いて、寝て...そしてまた...。

そう、そうしよう...」


僕は考えるのを休憩して、眠りについた。

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