17.真っ黒な新世界②

「ここは...?」


僕は立ち上がる。

まず僕は手のひらを見た。


手をグーパーグーパーさせて、ちゃんと動くことを確認した。

何度も何度も足踏みもした。


ほっとした。

そして、気がついた。


服はボロボロで、僕はほとんど裸同然だった。

その時、後ろから風が吹いた。


僕を呼んでいるような、そんな気がした。


振り返ると、そこにあったのは<宝剣ブーケ・ド・グラース祝福の花束>だった。

だけど、何だか灰色になっていた。


前は鞘に鮮やかな彩色がされていたはずだ。


樹木に立てかけられたそれを、手にとった。

鞘から剣を抜くと、かつては白く輝いていた剣身も、くすんだ灰色になっていた。


「...?」


何となくこれはブーケ・ド・グラースなんだと思うけど...気のせいなのか?

色が違うということは、別の剣なのだろうか?


「勝手に持っていくのはよくないよな...」


剣を鞘にしまい、再び樹木に立てかけた。


その時、僕は気がついた。

僕は首からあのペンダントを下げていた。


辺りを見回しても、どこまでも深い深い森。

こんな森、うちの城の近くでは全くみたことがなかった。


「一体僕は...どこに飛ばされたんだ...?」


でも...このペンダントの地図を見れば、ここがどこなのか確認できるじゃないか!


期待と僅かな焦燥感と共に、僕は急いでペンダントの蓋を開いた。

ここは一体、どこなんだ!?


「...


...


...


...............は?」

状況を理解するのに時間がかかった。

というより、なんとなくそれを理解してしまって、それを拒みたい僕の頭は思考を停止したがった。


思いも寄らない光景が、僕の目に映っていた。


現在地を示す宝石。

それがある場所...僕がいる場所は、大陸の西だった。


それもよく知る場所。

ちょうどフラストノワール城うちがある場所、それと全く重なっていた。


だけど...そこには何もなかった。城なんか、なかった。

実際に周りを見回してみても、ペンダントの中をじっくり見てみても、城はどこにもなかった。


森はあったけど...


その森も、途中からなくなっていた。

緑色が、途中から真っ黒に変わっている。


ムーニャリウム、セセルカグラ、ウィンディライン、そして中央区は前と何も変わっていなかった。

大陸の西部分...フラストノワールがあった場所だけが、真っ黒に変わっていた。


「何かの間違い...だよな?壊れたのか...?」


...そう思いたい。

だけどそれを否定するかのように、現在地を示す宝石は明確に"赤色"に煌めいていた。


何があったんだ...?

兄様の誕生日パーティーをしていて...そしたら突然視界が真っ黒になって...


あの時一体、何が起きたんだ?


「お腹空いたな...」

誕生日パーティーの前、あの時から僕はお腹がペコペコだった。

なのに食べ損ねて...食べ損ねたとかそんなどころの話じゃなくて...

何なんだろう。なんでこんなことになったんだ。


「父様ー!兄様ー!料理長ー!じいやー!」


僕は大きな声で呼んだ。けど誰も来なかった。


給仕メイドさんの名前も全員呼んだ。

だけど、何も返ってこなかった。


壊れたように大きな声で呼んだけど、何も返ってこなかった。


そう思った瞬間!


「ピギャアアア!!」


返事が来た。

殺気と共に、それはこちらに飛びかかってきた。


僕はそれを避けた。

そして、返答者は樹木に激突した。


それは小さな動物だった。

動物の歯に刺された樹木はなんと、切り落とされて倒れてしまった。


「なッ!?」


流れるような水色の体毛に覆われた小さな動物。

口元には鋭い刃物のような牙をギラつかせていた。


殺意めいた真っ赤な瞳はまさに<殺人ウサギ>と呼べるモノだった。


殺人ウサギは再びこちらに突進してきた。


僕は攻撃を避ける。避けながら、考えがよぎる。


(さっきの剣...使えないか?)


突進してくる兎と入れ替わるように、剣の方へと駆ける。

そして、灰色の鞘を手に取る。


突進。ウサギは灰色の鞘に噛みつく。

太い樹木を一瞬で掻っ切ったその牙、その勢いを受け止めて、冷や汗が流れる。


だけど鞘は折られることなく...突進が止まった。

噛みつきの強さに圧倒されないよう、僕も強く鞘を握っていた。


だが...灰色の鞘が折れる気配はなかった。


「...!」

にやっと笑みが溢れる。


僕は鞘を振り払い、ウサギを向こうへ吹き飛ばした。


その隙に剣を抜く。

そして構えた。

...しかしそこで冷静になった。


これで...この剣で、どうするんだ?


殺すのか?


それを認識した途端、頭にじわりと嫌な熱さがまとわりつき始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る