16.真っ黒な新世界①

真っ黒に染まる視界。


何が起きた?


声も出せない。


体も、動かせない。


それに何だか眠くなって...

頭が...意識が...薄れていく。


僕だけじゃない。

何もかもが消えていくのがわかった。


普段は意識してなかったけど、街や、空や、食べ物、人、草、花、鳥、風、月...

全てのモノには"気配"があったんだ。


それがなくなっていくのがわかった。

感じ取れなくなって...本当の"無"になるのが...わかった...




だけど...



まだ、わずかに残っていた。

記憶の断片が、走馬灯的に僕へと流れ始める。



幼い頃、兄様が僕に、本の読み聞かせをしてくれていた記憶だ。


「今日はちょっと難しい本を読もうかな。

挿絵はないし...長いかもしれないけれど、大丈夫か?」


「うん、楽しみ!」


...


「昔々、花が大好きな男の子がいました。


男の子はたくさんの花を研究して、暑いところでしか育たない花を寒いところで咲かせたり、美しいけど毒がある花から毒をなくして、みんなが楽しめるようにしたりました。


街にたくさんの花を植えて、たくさんの人を笑顔にしました。


だけどある日、悪い巨人たちがやってきて、花を踏み潰しました。

街のみんなは花を守ろうと、罠を仕掛けたり、武器を持って戦ったりするようになりました。

しかし人間たちは弱く、簡単に負けてしまいました。


街のみんなからは笑顔が消えていきました。


今まで争いを拒んでいた男の子でしたが、ついに我慢しきれなくなって巨人に直接言いました。

『もう、やめてくれ!』

それを見ると、巨人たちはぴたりと止まり、顔を見合わせました。


そして、口を歪に歪ませて大笑いし始めました。


『アッハッハッハ!!』

『やめてくれ、だって?かわいそうに!』

『人が頑張って育てたものを一瞬で踏み潰すのが、一番面白いんだ!』


男の子は帰りました。

そして、花を植えることにしました。


だけどそれは普通の花ではありませんでした。

花に毒を入れて、鋭いトゲをたくさんつけて、巨人たちを殺すために作った花でした。


それから巨人たちはみんないなくなりました。

死んだのです。

街のみんなは大喜びしました。


みんなに、笑顔が戻りました。


『花を踏み潰したから花に負けたんだ、ざまあみろ!』

『私たちの勝利だ!』

『アッハッハッハ!!』


みんな口を歪に歪ませて、大笑いしていました。

その顔は、あの時の巨人たちと似ていました。


男の子はとても後悔しました。

花を守るために花にまた毒を入れたけど、そうしたら知らないうちに、街の人たちにも別の意味で"毒"が回ってしまっていたのです。


男の子は鍛冶師に言いました。

『僕は生きていくのが辛くなりました。だから僕を剣にしてください。』

『でも、剣でよいのですか?君は戦うのが嫌いだから、人を傷つけるための剣よりも、守るための盾が良いのではないですか?』


『いいえ、剣でなくてはならないのです。

剣を振りかざし、誰かを傷つける虚しさを知った者に、あえて僕を手に取ることを選んで欲しいのです。』


男の子は美しい剣になりました。


鍛冶師は男の子だった剣を地面に突き刺すと、その瞬間、暖かい風が吹きました。

そして風が吹き抜けると、荒れ果てていた地面に草が生え、花が咲き、水が流れ、鳥が飛び交いました。


そこに生えていたのは、普通の花でした。

毒もトゲもない、ただ綺麗なだけの花でした。


それをみた街の人たちから、歪んでいた笑顔は消えていき、次第に元通りに笑えるようになりました。


おしまい」



その後...この話を聞いて僕は、なんて言ったんだっけ?

なんて思ったんだっけ。



この時は兄様もまだ政界に入っていなくて、こうやって一緒にお話ししたり遊んだりする時間もあったんだよな。



この思い出も、消えていくのか...





何もかも...消えて...

消えていくのがわかって...






いや...




ダメだ...


わかっちゃ...


なくなっちゃ...ダメだ...!


僕はまだ...中央区に線路が轢かれるのを見ていない!


学び舎に人が行き交う様子を見ていない!


兄様が「ありがとう」って言ってくれるのを、聞き届けていない!


そして、


僕はサマーブリージア王女に婚約を申し込んだ!

その返事を...まだ確認していない!!


彼女と結婚するまでは、この世から消える訳にはいかないんだ!!!










「ぷはっ...!!!」

僕が勢いよく起き上がると、落ち葉が舞った。


そこは、森の中だった。

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