3.社交界③

「貴重なお話が聞けてとても勉強になりました。」

僕は感謝した。


「こちらこそ、殿下とお話できて光栄です。

ご縁があればまた。」


とても有意義な話ができた。

しかし貴族と別れると、僕はすぐさま歩いた。


テラスは夜の外気の匂いが漂っていて、少しだけ別世界のような雰囲気がした。


テラスの手すりに腕を預けて、ひとり黄昏ている女性がいた。


僕は先ほどからずっと、彼女のことが気がかりだった。


「ご機嫌よう。」

僕は声をかけた。


ドレスライクに仕立てられた着物。

それを着た彼女の髪は美しい漆黒の色で、夜空に溶け込んでいた。


「どこか、体調が優れませんか?」


そう訊くと、彼女は鋭い目つきで僕を一瞥した。


この世に完璧なんかない、僕はそう思ってはいるけれど...彼女は"完璧"という言葉が相応しいような、綺麗すぎる肌、そして完璧に整った顔立ちをしていた。


だけど、それなのに何か...どこかが欠けているような...そんな雰囲気を漏れ出させていた。


「別に...」

彼女はそう素っ気なく言うと、すぐにまた真っ黒な空の遠くを眺めた。


僕は柵まで歩いていって、彼女と同じように手を柵に乗せて、遠くを見つめた。


「............。」


「............。」


「...着物、綺麗ですね。」


「............。」


「...その着物、ぶてぃっくバリトノですよね?


「............。」


「やっぱりそうだ。いいですよね。この色合いといい、布の滑らかだけど心地よい適度にざらっとした独特の質感といい、買った人が手に取るところまで鮮明に想定して作っているのがわかります!」


「............。」


終始無言だったけれど、彼女が次第に怒っていくのが、僕を腹立たしいという念を募らせていくのがわかった。


やってしまった...

女性が不機嫌なときは同じことをして共感してみよう、そうすることで喜ばぬ女はどこにはいなかった...

そう、僕は今までの経験から信じていたのに...

そうでない人がここにいた。


ついに彼女は耐えきれずにその場から離れようとする。

が—


「あっ、ここにいたのか」

掴み所のなさそうな感じの、優しいふうな男の声が聞こえた。


その声が聞こえた瞬間、彼女は硬直した。


「いやー、探したんだぞ」

そうやって現れたのはスーツを着た、糸目の、まさに声の通りの見た目をした優男だった。


「あまり1人で行動するのは控えてもらいたい。知らないところで1人で怪我でもしたら大変だ」


「...はい」


「あのー?」


「おや?」

彼は僕を睨んだ。


「フラストノワール第二王子ロゼット=フラストノワールです。

貴方はそちらの女性のご家族の方でしょうか...?」


「...おや、ロゼット王子ではありませんか!

気がつかず、大変申し訳ございません。何ぶんわたくし目があまり良くなく、如何せん外は暗いものでしたので。」


「いえいえ、全然」


そう言うなり、彼は自己紹介をした。


「名乗るのが遅くなり申し訳ありません。

ロゼット王子殿下、お初にお目にかかります。


私は鳥の国セセルカグラで議員を務めさせていただいております<シンセイ・タスケ>と申します。


<巫女>であるコトリ...彼女の付き添いをさせていただいております。」


「シンセイ...セセルカグラの政治を担う名家の一つですね。」


「よくご存じですね。ほら、コトリも挨拶して。」


「...はい。名乗るのが遅くなり申し訳ありません。ロゼット王子殿下、お初にお目にかかります。私は<セセルカグラ・コトリ>と申します。セセルカグラの巫女を務めさせていただいております。」

彼女は上品に淡々と言ったが、感情の機微は失せ、瞳には光がなかった。


「ロゼット王子、ぜひ今後ともご贔屓に!!」

彼は僕の手を握りぶんぶん振ってそう言って、僕が何か言う間もないうちに、巫女を連れて去っていった。


「...」

僕はひとりで、手を握っては開いて、握っては開いてしていた。


巫女...神のような特別な力を宿しており、その反面生まれてから20年で死んでしまうという特殊な存在だ。

その神聖さと儚さから、セセルカグラの中ではある意味神様というか、国の平和の象徴としてずっと崇められている。


僕は彼女が何か窮屈さや不満を抱えていることはわかったが、僕がそこに踏み込むことは国際的な問題に発展する恐れがある。だから僕には何もできない...そう思ってしまった。


「うーん...」


その不満は寿命のことなのか、何なのか、それは僕には断定できない。

本人のことは、セセルカグラ・コトリ本人にしかわからない。


しかし、シンセイ・タスケは、面倒な感じではあるが悪人ではなさそうに見えた。

彼や周りの人間が彼女の支えになってくれることを祈るしかない、そう思った。


僕がもやもやした気持ちを抱えているところに、声が聞こえてきた。

「た、大変だ!!!うちの娘が!!!!」


荒げる声の主に、僕は見覚えがあった。

それは、風の国ウィンディラインの国王陛下だった。

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