第57話 4話 王冠と勇気(浸食と笑顔と穢れた心)
来客者は中学生ぐらいの男の子で、身長は158センチぐらいだろうか。
痩せているわけでもなく、ふとッているわけでもない、ごくごくどこにでもいる学生だ。
なのだが、現在時刻は12時少し過ぎである。
現在は平日。
つまりこの男子学生はサボりであると結論付けられるが、よりによってペチュニュアにたどり着いている時点で何らかの問題があるのだろう。
特に新とミアは気にすることなく招き入れた。
最初おどおどと周りを気にしながら入ってきた学生は、店員2名が特に気にするそぶりもなく招き入れてくれた事にほっと胸を撫で下ろしている様子だった。
どうやら相当警戒していたらしい。
それもそうだろう、平日にこんなと頃に学生が居れば、通報されるか連行されるか大人から説教を受けるか。
どれを受けるにしろ面白くはない展開だろう。
「どうぞ」
そう言ってミアは先程話していたガレット・デ・ロアを学生に出していた。
「お前いつの間に!」
「紅茶はまだですけど?」
「いや、そう言う話じゃなくてだな・・・・まぁいいや」
「あのぉ、頼んでないんですけどぉ」
ミアと新のやり取りに、びくびくしながら学生が声をかけてきた。
「それ、良いか食べろ」
「お金あまり無くて・・・値段分からないと・・・・」
いたってまっとうな返答が返ってきたので、思わず新は固まる。
そこでようやく自分もこの環境に毒されていた事に気が付いて、その場でうずくまり頭を抱えたのだった。
「俺は、俺はいつの間にこのポンコツに毒されて・・・・」
「誰の事を言ってるんですか新さん? お茶そろそろ出来上がるのでもっていってくださいね」
何にも気にした様子の無いミアが、いつもの満面の笑みを新に向けてくる。
駄目だ、この笑顔がすべてを狂わせているんだ!
そう思うのだが、何故かこれには逆らえなくなってきているのも新は気が付き始めていた。
「お兄さん・・・大丈夫ですか?」
流石に心配になったのだろう、青年が気を利かせて新たに声をかけてくれる。
その優しさが逆に大人としてぐさりと胸に刺さり、新に痛い一撃を加えている事を青年は知るよしもなかった。
「俺は独されてなどいない。アレにほだされてなどいない」
自分に言い聞かせるかのように、新はつぶやき続けていた。
まさか自分が気が付かないうちに、ミアワールドに取り込まれており、あのシスターのほわほわが、自分ん価値観まで浸食していたなどと、その事を気付かせてくれた青年には感謝しかなかった。
「青年。ありがとう」
「えっとぉ、なんか良く分かりませんが。大変なんですね?」
「ああ、だからなそれは食べて良いぞ」
この話は終わった無いと思い出し、新は青年に食べる様に促した。
ちょどそこに、ミアの紅茶が淹れ終ったらしく、ティーカップとソーサラーの乗ったトレイを青年の元までもってきた。
「どうぞぉ。メルティーメルフォワです」
そう言って置かれたティーカップの中の琥珀色の液体からは、とても色鮮やかな香りが鼻を付き、まるで花畑にでもいるかのような感覚に陥るぐらい、それぐらい華やかな香りが鼻を突き抜けて行った。
思わず「すげぇいい香り」と新が口にしてしまったぐらいだ。
そんな新を見て慈しむ様な優しい微笑を浮かべ、ミアはカウンター内に戻って行く。
新も戻らねばと思い、踵を返した時だ。
「お兄さん、あのお姉さんの事好きなの?」
「・・・・はぁ?」
筆問の意図と意味が分からず、新はしばらく硬直した後やっと意味が理解できたのか、青年に気味の悪い笑顔で振り返りながらそう言っていた。
「ごめんなさいごめんなさい! 悪気はなかったんです!」
あまりの気持ち悪いぐらいの表情に怯えたのか、何度も謝罪の言葉を述べて青年は新に謝り倒していた。
「いや、まてまて。俺が悪かった。怒ってないから。な?」
何が、な? だよと自分に悪態をつきながら、自身の行いの浅はかさに少し嫌気がさす。
「新さんは、ブラック企業戦士さんなので、心が壊れているんですよ。なので気にしないでください!」
「ミアさん。フォローは有り難いんだけど。やめてくれる、俺が頭がイカれちゃった人みたいに言うの・・・・まぁブラック企業に居続けられる人は頭いかれてるかもだが」
恐らく、今社畜の皆様全員を敵に回したかもしれない。
新はそんな事を思いつつ、恐る恐る青年を見れば、流石に先程のミアとのやり取りが良かったのか、おびえた様子はもうそこにはなかった。
「で、お前なんか言いたい事あったんじゃないのか?」
「あ、えっとですね・・・・その・・・」
何か言いにくい話題なのか、しどろもどろになり、視線をあちらこちらに飛ばして落ち着かない様子である。
いったい何が言いたいのか分からなかったので、立って居ても圧迫感があるだろうと思い、丁度テーブル席に腰かけている事もあって、新は彼の向かい側に腰を下ろした。
「ゆっくりで良いぞぉ、どうせ暇だし」
「暇は良くないんですよ新さん」
「ミアさんや、そう言うなら呼び込みでもしてみたら?」
新の言葉にミアが不満げにそう言うので、新もうまい具合に返答しかえすと、論破されたのが面白くないのか、頬をぷくーとフグの様に膨らませ、新を睨みつけていた。
「あの・・・夫婦?」
「違う・・・・良いから話せ」
何が効きたいのかいまいち分からないが、なんとなく新とミアの関係を気にしているそぶりが見て取れて、新は呆れつつも促した。
すると、また視線を彷徨わせはしたが、今度は気持ちが決まったのか、顔を上げ新を見てきた。
その瞳には決意がこもっており、新はこれは何か彼にとって重大な事でも聞くのではないか?
そう思わせるほど熱意がその瞳には宿っていた。
「好きな人に告白するのってどうすれば良いですか!」」
「・・・・・」
授業バックレ、道に迷い、たどり着いた怪しい喫茶店で、そこに居た店員に何を聞くのかと思えばコイバナだった。
あまりの予想外の言葉に、何を聞かれたのか新は全く頭が追い付かなかったし追いつきたくもなかった。
「素敵です。好きな人いらしゃるのですか?!」
しかし、もう一人のポンコツシスターさんはかなりノリノリで、嬉しそうに青年にその先の話を促し始めていた。
女子は恋バナが好き、とはよく言うが恐らくミアのそれは、本当に素敵だなぁ、うらやましいなぁ、という想いから出ている言葉なのだろう。
その証拠にいつの間にかカウンター奥から出てきていて、新の隣に腰かけていた。
お前仕事しろよ。と人の事を言えない新が思いながら、関わり合いになりたくねぇと内心で思って居た新たに。
「お兄さんみたいなカッコいい人なら、自信も付いて、告白なんて楽勝なんですよね!」
「・・・」
ぐはぁっ、やめろ、止めてくれ!
そう心で叫びながら、心の中の新は吐血して痙攣をおこしながら地面に伏せている状態になっていた。
自分の事は自分が良く分かっている。
だからこそ、青年のキラキラした目が新を憧れのまなざしで見ているのが分かると同時に、本気でそう思って居るのが見て取れて、自分の心の汚さと、自分を磨いても居なければ女性経験もほぼ無い自分には、心を抉られるほどに突き刺さる憧れと尊敬のまなざしだった。
「た、頼む。もういいから話しを進めてくれ。いったい何が言いたい」
「俺、勇気が無くて、フラれるのが怖いんです」
フラれてしまえ。
と口に出しかけたが、何故かそれを察知していたのか、隣に座っているミアが思いっきり新の太ももを抓り、満面の笑顔を向けてくる。
協力しろ、変な事を言うな、逆らったら許さない。
そんな言葉がその笑顔からにじみ出ていて、女ってこういう所怖いわぁと、ミアのいつもの笑顔だけどちょっと違う、含みのある笑顔を見て新は少し怯えた。
「どんな娘なんだ?」
こうして、なぜか中学生の恋愛話に首を突っ込む事となった。
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