第53話 3話スズランの心(子供の心、親知らず)

 そうは言ったはいいものの、やはり指名手配後の現実世界のため、割と怖くは感じる。

 自転車やバイクも使えず、バスも場合によっては危険であるため、どうしたものかと思っていると。

「必死に願いながらここに行ってくださぁ。っていえば付きますよ?」

 そんなうまい話あるか、銀河鉄道みたいな線路無くても行けるなんて事。

 と思って居たら。

「ここなの?」

「うん」

 まさかの江梨香ちゃんの実家らしい、神社境内の目の前に停車をしてくれた。

 決して大きくは無いが、小さくもないその神社。

 入口の左右には後ろ足を蹴り上げ、前足で立つ狐の像が左右に一つづつ置かれ、鳥居はこれまでにないぐらい赤く塗られていた。

 どうやら狐様を祀られている神社で、後ろ足を上げている事から織姫稲荷様である可能性が高い。

 神主様エロゲやるのかよ・・・・と内心ツッコミを入れつつ、髪のご加護があっても夫婦喧嘩はするのねぇと、想いながら境内に入った。

 境内に入ってすぐだった。

「江梨香!」

 中年の男性が江梨香ちゃんの姿を見つけるなり、慌てて駆け寄ってきた。

 近くまで来ると遠慮なく彼女を抱きしめ、もう放すまいというような意志を感じる。

「やっぱあの時の・・・・」

 歳を取ってはいるが、間違いなく3日前に訪れた青年で、所々年相応に老けてはいるが、面影は確かにあった。

 江梨香ちゃんを連れてきた人物にやっと目を向けるが、その目は割と怒っているようなそんな感じのイメージだったが、何か引っかかったのか訝し気に新を見て。

「あのぉ、どこかで会ってます?」

「気にするな。後たぶん助けに来た・・・」

 もうどういえばいいのかが分からず、面倒くさいのでストレートにそう告げる事にしたが、それがかえってよくなかったのだろう、怪訝な顔で新を見据えてたが、何かを思い出したらしく恐る恐るといった感じで聞いてきた。

「もしかして、昔一度だけ訪れた喫茶店の?」

「そうだ」

「でも、歳変わって・・・・あれって確か20年ほど前で・・・」

「お前神職だろ・・・世の中には意味や理屈が通じる事と、意味わからんけど理屈が通っちゃうことがあるんだよ・・・・多分」

 自分で言っていて、何言ってんの俺?! とは思いながらも、説得力敏江はこれが一番あるのではなかろうか、そう思い必死に言う。

「そうですね。それで何で貴方が江梨香と?」

「その理屈の通じない話・・・・」

 そう言って問題の栞を保存しているクリアファイルを見せると、目を見開き信じられないものを見る目で新とスズランの栞を交互に見ていた。

「これを彼女・・・・娘さんにお渡ししてはいさようならしても良かったんだが、入っていたものがなぁ」

「あ・・・・えっとぉ・・・・お手間を取らせてます・・・よね間違いなく」

「仕方ないだろ。何に入っていたか考えたら。この子に私てさようならしても、今度はそれを引き金に危ない所に行ったのでは? 変な人と会話したのでは? そういう疑心暗鬼からまた大喧嘩して、ついには離婚。なんてなって見ろ、目も当てられん」

 大まかにここに来た経緯を話せば、宮司さんはもはや泣きそうな顔で新を見ていた。

「だいたい、危険物だぞアレ。一般の人には理解されない代物だから、よく考えろよ。子供も居るんだから」

「つ、妻にも、言われました」

 言われたんかい! と内心でツッコミを入れておきつつ、新の顔は引きつっていた。

 厄介ごとのさらに上だろうこの事態に奥さんの理解が得られていない、前途多難である。

「貴方! 江梨香が居なくなったかもしれないというのに何をして!」

「ママ!」

「江梨香?!」

 丁度死角になっていたのだろう、江梨香ちゃんのお母さんは怒り心頭という形でこちらへと歩み寄ってきていたが、江梨香ちゃんのナイスファインプレイでその怒りが一瞬で収められた。

「ただいまママ」

「ただいまじゃないわ。どこに行っていたの?!」

「探し物。パパの大切なモノ」

 それを聞いた瞬間、額に青筋が浮かんだような気がして場が一気に凍り付くのを感じた新。

 逃げてぇ~。と思ったのは決して悪い事ではないだろう。

 それだけ殺気立っているのはみればわかるのだ。

 そんなやり取りの中で江梨香ちゃんは不安げな表情をしており、助けを求める様に新に視線を向けていた。

 元々そのつもりで出向いたんだ、今更である。

「私が本を読んでるときに使ってるのをたまたまこの子が、パパの栞だって。返してほしいって。そう懇願されましてね」

 用意してきたセリフではあるが、緊張のせいなのか、それともこの奥さんの殺気が予想以上に酷いのか、どちらにしろ生きた心地がしないまま、新はそう答えた。

「それにですね、私この栞に見覚えがあったんですよ」

 そう言って旦那さんの方へと視線を向ければ、意図を察してくれたのか、旦那さんが口を開いた、

「彼の働いている喫茶店で何度かお茶をしてな。彼とはその時にこの栞について話したことがあるんだよ」

「ふぅ~ん。でもそれ、アレの中に入っていたのでしょ?」

 アレとは18禁の大人向け美少女ゲームの事である、だがそこは独身男性の強みを生かせるところともいえる。

「何ですか、まさか独身男性の俺に、ああいうのはやるなと? 他人である貴方が? そもそもだ、中身をよく知りもしないで否定するのは非常に良くないと俺は思いますよ。

 だいたい、本でも官能小説という分野があるわけですから、それが映像と声が付いたからと言って毛嫌いするのは正直どうなんですかねぇ」

 新はあえて強めの口調でそう言う。

 これを言わないといけない理由というのも、ちゃんと存在してた。

 恐らくそもそもの喧嘩の発端はゲームなのだろう、理解できないものに対しての他人からの理解のされない感じと、理解しようとしない事への不満、両者の意見と考えの食い違いがちょっとした喧嘩から、今回の大騒動へと発展している気がしてならなかった。

「それは・・・・」

「奥さんさぁ。俺もあれは捨てないからあの中に居れたんだと思うぞ」

「どういう事なんです意味が分からないんですけど。この人も同じことを言ってましたが」

 旦那よ、頑張ったんだな。

 新は旦那さんの痛感勝無謀な挑戦に敬意を払い、彼を見て憐みの籠った眼を向けた。

 分かってくれるのか同士よ?!

 という視線が合ったような気がしたが、とりあえず無視して話しを進める事にする新。

「奥さん今あなたの大切にしているものは?」

「娘です」

「では、その娘さんに貴方の一番大切なモノをお渡ししますよね?」

「当然でしょ私にとって絶対に無くせない大切な・・・あれ?」

 何かに気が付き始めたのか、奥さんは自分で言葉を紡ぎながら今自分が言おうとしている事とこっちが言おうとしている事になんとなくの接点を感じ始めている。

 中身も内容も違うが、根本的なところにある話は同じで。

 大切だから、大切なモノを大切な絶対に傷つかない、もしくは信頼できる場所や人に預ける。

 これは人として当たり前の行動である。

 今彼にとっては、プレミアの付いた良作だったあの作品の中にもう古びて後がない栞を仕舞い込んだのだろう。

「俺はな、江梨香もママも好きだよ。大切だ。でもなくなった母さんの形見も大切だったんだよ」

「貴方・・・・で、でも子供に」

 子供に悪い影響があるのではないか、という事を言い換えた奥さんに新は。

「はいストップなぁ・・・・今起きてる自体が悪い影響そのものだと思うけど。勝手に人のモノを売り払い、そこにあった大切なモノまで無くし、更にその無くした事で二人とも大喧嘩をし、それをなかなりさせたくて江梨香ちゃんが無茶をした。

 第三者の俺からはこの流れだったんだが、2人とも何か言いたい事ありますか?」

「・・・・」

「・・・・」

「そもそも、旦那さんはおそらく娘さんには見せない様にしていると思いますし、趣味の範囲でしょ? 

 奥さんも何が気に入らないのかは知りませんが、良い大人ですよお二人とも。

 節度は守ってると私は思ってますが?

 ともかくです。今回の件は私がたまたまこの栞を所持していて、たまたま江梨香ちゃんがそれを見つけたから無事に事なきを得ましたが・・・・・2人とも次は江梨香ちゃんが無事に帰ってくる保証も、こうやってお互いにケンカしていられる余裕さえもないかもしれないんですよ?

 どうするのが正しいのか、江梨香ちゃんの事も考えてよくふるまってください」

 言葉を紡ぐたびに段々と興奮していたのだろう、次から次へと言葉があふれ出し、二人に浴びせ続けていた。

「だいた・・・・」

「お兄ちゃん・・・」

「ああ。ごめんよ。江梨香ちゃんお二人に言いたい事はありますか?」

 止まらない新たに、江梨香が服の巣を祖引っ張って止めに入ったので新も我に返り、誤った後、江梨香ちゃんにどうしたのかを問いかけた。

「ママ、パパ、仲良くしてください。2人とも怖かったです・・・・」

「だ、そうですけど?」

「すみませんでした」

「ごめんね江梨香!」

 2人はそう言って江梨香ちゃんを抱きしめると、自分たちの行いがいかに彼女を苦しめていたのかを思い知らされていた。

 新はと言えば「(ヤバい・・・完全に言いすぎだろこれ)」と内心で自分の行いの浅ましさに反省していた。

「お兄ちゃん。ママとパパを仲直りさせてくれてありがとう」

「あ~、えっとぉ・・・はい」

 素直に喜べないが、屈託のない笑みでそう言われてしまっては、新としてももはや何も言う事は出来なかった。

 ただ、この件はおそらくこれで無事に解決するだろうし、江梨香ちゃんもまた幸せな毎日を送れるんだろうなぁと、そう思うと胸が熱くなる。

 こうして一連のスズランの栞事件は幕を下ろした。


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