第36話 2話 狐の面とカモミール(甘えられるのと焼餅をは早いうちに・・・)

 椅子に腰かけ、言われるがままに新はカウンター席の方へと腰かけた。

 すると、隣に座る女性が左上で頬杖を突き、顔を新の方に向けながら見てくる。

 まるで、新の顔を眺めているのが至福だと言わんばかりに、その頬は緩み、慈しむ様な眼差しが向けられているような気がした。

 新はと言えば、いやおい、何なんだ?! という気持ちはあるものの、自然度いやだなと感じる事はなく、むしろなんとなく居心地の良さの様なモノを感じる。

 この感覚はいったい何だろうか? そう疑問には思うが答えてくれる人は居ない。

 不意に女性から手が伸び、新のほっぺをプニプニとつつき始めた。

「あ、あのぉ、何なんです?」

 流石に耐えかねて声をかけると、次の瞬間、フワリとラベンダーの香りが鼻さきいっぱいに広がり、黒い長い髪が目と鼻を覆い隠す。

 一瞬何が起きたのか理解できなかった新だが、すぐにその女性に抱き着かれたのだと気が付いた。

 普通ならばあたふたしたり、慌てふためくところなのだろうが、自然と嫌でもなければだからと言ってもっとしてしてほしい、という感情や情欲が湧き出すとかでもない。

 自然な、あるがままにお互いがお互いを求めた結果こうなっていたし、これが自然体で無理が無いモノなのだと、そう思えてしまうほど彼女との抱擁は不思議なものだった。

 普通、このような事をされれば少なからず驚くだろうし、場合によっては嫌悪感を抱くのが普通だと思う。

 しかし、そういった感情は一切沸いてこなかったので、新は小首をかしげながら何がどうしたんだ俺は、と自分自身に問いかける始末となってしまった。

 そんな新に、女性はお面越しとはいえ、その頬を新の首筋に擦り付け、まるで猫が甘えているようなそんな仕草をした。

「あ、あのぉ、く、くすぐったい」

 あまりにも甘えてくるので、きめ細やかなサラサラなの髪の毛が新の首筋を擽り、新自身が身もだえる。

 それが空いてもくすぐったくて、甘えているのだとでも勘違いしたのだろうか、更に女性は首筋にこすりつけてくる。

 彼女の吐息が首筋を撫で、それがさらに新を見悶えさせる結果となった。

「なに・・・・してるんですか?」

 とても冷たい、シベリア大陸の様な冷ややかな声音が飛んできて、新凍り付いた。

 そこには、デラックスパフェらしきものをトレイに乗せたミアが、顔は笑顔なのだがその顔が逆に怖い、そんな彼女がそこに居た。

「いや、これはだな、この子がここに座れと」

「へぇ~、そうなんですねぇ~、私が夜に忍び込むと怒るのに、その女性には随分とお優しいのですねぇ」

「まて、忍び込むって・・・・何でもないです・・・」

 新的には聞き捨てならない事を言われたのだが、ミアのニッコリ笑顔の裏にある剣幕と目の鋭さに押し黙るしかなかった。

「お待たせしましたぁ・・・・ごゆっくり!」

 お客様にはいつもと変わらぬ態様をして、ごゆっくりだけお客様ではなく、あえて新に向かって言った。

「ああ、私後ろでお菓子作ってますので」

 言うが早いか、新の返答を待たずしてミアはさっさと厨房の方へと消えて行ってしまった。

 そんな二人のやり取りを聞いていたはずなのに華麗にスルーしていた女性は、新から離れると目の前に置かれたパフェに目を奪われていた。

 まるでキラキラの宝石でも見ているかのようにうっとりとし、さらにワクワクが抑えきれないのか、体を左右に揺らしている。

 そのたびに彼女のしなやかで長い髪の毛が左右に揺れていて、まるで猫や犬が興奮を抑えきれず尻尾を振って嬉しい、という感情を体全部で表現しているかのようだった。

 思わず、可愛いなぁと思うと同紙に、何だろう、これ見た事がある。

 不意に何かが脳裏をよぎった。

 古い記憶、幼いころに、こうやって感情を表現していた人が居た様な、そんな気がしたと新は思った。

 しかし、その考えを遮るかのようにまたも女性が新の服の裾をクイクイ引っ張る。

「え、ああ、何?」

 言葉を口にしない、彼女の意思表示であると新は理解しているので、すぐに反応するとおもむろにスプーンを手に取ったかと思えば新たに差し出してきた。

「は? 俺が食べるの?」

 新の問いかけに、彼女は首を左右に振り否定する。

「えっと・・・・食べさせろとか言わないよな?」

 まさかなぁと乾いた笑いをしたが、彼女はジーと新を見つめた後、頬を少し染めてゆっくりと頷いて見せた。

 マジかぁ~。

 完全にねだられてしまい、新としては否定したいのだができない。

 恐る恐るその銀の長いスプーンを手に取ったところで、背後からとても重圧の様な重い視線が背中に突き刺さった。

 振り返らずともそれが何なのか分かる新。

 目の前には今まさに至福を堪能したい女の子が、さぁどうぞぉ、と言わんばかりに、まるで小さな小鳥がお母さんから餌をもらうかのように口を大きく開けて待っている。

 方や背後からは、殺気に似た何かを絶えず注ぐ視線。

「勘弁してくれぇ」

 新は互いに聞こえる様に口には出してみたものの、二人ともにやめるつもりは一切ないらしいことはすぐに分かった。

 どうやら覚悟を決めて、針の筵となれとの事らしい。


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