第35話 2話 狐の面とカモミール(無口な来客者)

 ペチュニュア、現実世界と、天界、冥界の狭間に不思議な喫茶店。

 そこには変なシスター店員と、元ブラック業社畜が人も含めたあらゆる人たちの憩いの場を提供していた。

「で、今日暇だと」

「まぁまぁ、良いではありませんかぁ」

 このお店、開いてはいるものの、異界にあるためお客が来ない。

 たまに妙に忙しい事があるが、それも一時的なうえに来られる人たちはほぼ神様で、その対応を間違うと命に係わる事が度々ある。

 こないだ来た神様は邪神だったらしく、危うく新は死ぬところだったが、ミアの笑顔のままの、おやめください、の一言でなぜか矛を収めてくれた。

 カラカラ。

 来客を知らせる鐘が鳴り、こないだの身の危険を思い出して身震いしていた新は頭の中の嫌な思い出を消し去り、来客態様に向かう。

「いらっしゃいま・・・せ?」

 女性ではあるのだろうが、その来客者は鼻先から下の部分だけがない、いわばフェイスマスクにも似た狐の面を付けており、その顔全体を見る事が出ない。

 見るからに訳ありポイお客様に新はたじろぐが、そんな新をよそに。

「こっち座ってください」

 ミアがカウンター席へ座る様に促すと、彼女は何もしゃべらずにこくりと頷くと、ゆっくりとした足取りでそちらに向かう。

 長い紺のロングスカートがフワリと靡き、新の横をすり抜ける時にはラベンダー独特の香りが鼻を擽った。

 何この人・・・。

 そう思う新ただったが、何故だろう、妙に気になる人である。

 そもそもこの人が人であるかどうかも怪しい、と絵里奈がこのお店から居なくなって数日の経験から、新は身をもって体験していた。

「なんにしますか?」

「・・・・」

 喋らないのか、それとも喋る事ができないのか。

 狐面の女性は、何かを探すような素振りを見せる。

 新はおそらくメニュー表では? そう思ったので店にあるメニュー表を彼女の前にスッと差し出すと、新を見て一度頷き、それを手に取ると早速見始めた。

「新さん良く分かりましたね?」

「いや、なんとなくだが・・・・」

 喋れないのか? とか喋らないのか? とかは聞いてはいけない気がして、出かけた言葉を新は飲み今度。

 どちらにしろ声を発しない時点で何かしらの事情があるのだろう。

 自分もそうだが、人はそれぞれにある程度何かしら事情を抱えている。

 問題事や、過去のトラウマ、人間関係、日々の生活の悩みまで、大なり小なり各々事情がある。

 中には繊細なモノや、触れてはいけない話も多分に含まれるので、安易な詮索は身を亡ぼすと言っても良い。

「・・・・」

「え、ああ、注文?」

 新が来客者の隣に立って居たからなのだろうか、彼女は新の服の裾をクイクイを引っ張り意識を自分に向けさせたあと、掌でポンポンとメニュー表を叩く。

 なんとなく注文なのかなぁと思った新がそう問いかければ、彼女は嬉しそうに胸の前でガッツポーズをした後メニュー表を開いた。

 彼女はまずドリンクの部分を開き、カモミールティーの所を指でコンコンと叩く。

「カモミールなぁ。ほかは?」

「・・・・」

 新を一度見て、再度ページをめくり、今度はパフェの欄に来た。

 この店、何故かパフェも出しており、ミアがあっという間にそれを完成させるのだ。

「えーと、デラックススペシャルお任せ甘々パフェ? ナニコレ?」

 始めて見る文言に新も首をかしげる。

 先日までこのようなものは存在していなかった。

 それどころかメニュー表に付けたした、手書きで書かれている。

「わぁ、良いんですか!」

「・・・」

 ミアが注文を聞いてはしゃぎ出し、お面の女性はコクコクと嬉しそうに何度も頷く、面で表情は読み取れないが、口元がほころんでいるので、どうやらミアの素直な感情表現の振る舞いを微笑ましく思ってくれたのだろう。

「カモミールは新さん、今お湯を淹れたので、蒸れるまで見ておいていただいて、出来たらお出ししてください。

 私は、甘々デラックス仕上げてきます!」

「お、おう、行ってら・・・ご機嫌だな」

 新はカウンター奥に戻ると、ミアが仕込んでくれたカモミールの様子を見る。

 その日の気温や湿度、お茶を入れた時のポットの具合で多少蒸らす時間に誤差が出る。

 誤差は味そのものにわりと影響が出るらしく、ミアはその辺五月蠅く、新は何度もお茶の入れ方の指導を受けるていた。

 何故俺がこのような、と思ったが居候なうえに行く当てもない新にとって彼女の要望にはなるべく応えたい。

 そもそもそのこだわり事態、決して悪いものではないのだと新も理解しているので、ミアのこだわりにはある程度の理解を示していた。

 出来上がったカモミールの茶こしを取り、茶葉を取り除く。

 ポットからティーカップにハーブティーを注ぎ、お面の女性にお出しした。

「どうぞ。カモミールティーです」

「・・・・」

 女性はにこりと微笑み返し、新はどういたしましてぇと会釈をしてカウンター奥へと戻ろうとした時だ、服の裾をまた捕まれ、その動きを封じられた。

「おっと・・・な、なに?」

「・・・・」

 カウンター席、お面の女性の横にある椅子をポンポンと彼女は叩く。

 どうやら座れと言う事らしい、新は一瞬迷ったが、特に忙しくも無ければ他にやる事も無いので、彼女の意思を汲み取り、席に座る事にする。


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