第33話 1話小さな来訪者(空と繋いだ手の痛み)
朝食後ペチュニアで3人そろって仕事をし、それなりのお客様が来店する中、あのご婦人がお昼に姿を現したのだが、一向に話しかけてこない。
どういうつもりなのかよくわからずに数時間がすぎる、あいも変わらずミアは鼻歌を歌いながらクルクルと回りつつ紅茶を入れていた。
こいつはダンスでも踊っているのかと、一瞬ツッコミを入れたい気持ちをグッとこらえ、新は仕事をこなしていった。
「は~いただい・・・・」
午後3時30分に差し掛かるタイミングで、ご婦人がスッと手を上げた。
一応お客様対応だと思い、ゆっくりと近寄ると、ご婦人は困った顔で新を見た。
「いやねぇ、そんな顔れちゃうと私が悪いみたいじゃない」
「あ、いや、その。ごめんなさい」
しどろもどろになりながら新は謝罪する。
確かにそうである、彼女は自分のやるべき事をやっているに過ぎない。
絵里奈を連れて行くというのは、彼女にとっての仕事でもあるし、絵里奈も嫌がってはいない。
確証はないし、確信ももてないが新はそう感じていたから絵里奈に対して何も言わなかったのだ。
「お紅茶とお菓子を何か一つ下さらない?」
「かしこまりました」
何かと思えば、普通の注文だった事に新は拍子抜けしてしまい、肩透かしを食らった気分を味わいながらカウンターの前で微笑むミアの元へと向かった。
こいついつも笑ってるな・・・・その笑顔になんともいえない苛立ちの様なモノを感じた新は、はぁと一つ溜息をしてミアの顔を見る。
「ご注文ですか?」
「そうだが。何か適当なお茶とお菓子との事だ」
「・・・・・・そうですか、では・・・・」
それを聞いた途端、ミアの顔から笑顔は消えスーと音もなく厨房へと消えて行く。
それから2分後、見た事もないような何も読み取れない顔で出てきた。
普段のニコニコ笑顔は消え去り、ただただ冷たい顔がそこにはあって新は何が起きているのか良く分からなかったが、それでも話しかけるという選択肢がどうしてもできなかった。
あまりにもミアの顔に変化が無いので。
「お茶とお菓子です。終わったらどうぞ・・・・」
そこに置かれたのは空のティーポットとティーカップ、そしてお皿。
どれも2人分おかれており、何が起きているのかさっぱりわからなかった。
新の疑問を解消するかのように、今にも泣きだしそうな顔でご婦人が微笑むと絵里奈を手招き呼び寄せた。
「お座り・・・」
「・・・・はい」
妙な緊張感が2人の間に走り、新はごくりと喉を鳴らした時だ、ぐっと裾を掴まれ後方へと引き寄せられる。
「うぁっとぉ。な、なに?」
「離れてください・・・・こっちです」
今だ感情の読めないミアにつき従い、カウンターの奥へと引っ込む。
いったい何がどうなっているのか一人だけ蚊帳の外に居る新。
そんな新の手を、ミアがゆっくりと手取ると、何も言わずギュッと握ってきた。
「私たち生者と、彼らとの違いです。よく見ていてください」
「は?! 何の話だ?」
新の疑問に答えるかのように、夫人がポットを手に取る。
ポットの中は空で、何かあるようにはとても見えない。
それをティーカップにまるで中身があるかのように注ぐ仕草をすると、エメラルドブルーの液体がティーカップに向けて注がれた。
気が付けばお菓子もいつの間にかさらに載っているが、それはなんというか見た目がすごく卵に似ている丸い形の赤い何かだった。
赤い丸い何かを口に入れて咀嚼するたび、絵里奈の体が変化をしていく。
ゆっくりと成長をしていき、やがて大人になり、そして老いていく。
まるで人の一生の時間を今まさに経験しているかのような、そんな現象が目の前で起きていく。
「これって・・・・」
「浄化も儀式です。最後にお茶で洗い流します」
洗い流すと言われ何を? と問いたかったがすぐに答えは目の前でおきた。
飲み干してすぐに、絵里奈自身の肉体がスーと薄くなり、やがて人魂の形を取った後、再度最初の少女の姿へと戻った。
「終わりましたね・・・お二人とも」
そういって婦人は新たちに声をかける。
ミアは繋いだ手を離すことなく、信久を引っ張る様にしてカウンターから出ていく。
手には力が入り、おそらく彼女の全力の力で握られており、痛いとさえ感じるが新は特に文句も言わずにされるがままになっていた。
「行くんですね」
冷淡な声音で問いかけるミアを見て、こいつでもこんな声を出すんだと新は驚いた。
いつも明るく前向きで、人を笑顔にできる暖かの微笑を浮かべる彼女が、今は極寒の白銀の世界を思わせるほどに冷たく、刺すような鋭さがある。
「ええ、行きますよ絵里奈」
「はい・・・お兄ちゃん、お姉ちゃんありがとう。美味しいものい~ぱい。とても嬉しかったし幸せでした」
子供ではあるが、新は絵里奈から色々なものをもらった気がして、胸が熱くなる。
「お兄ちゃん、泣き虫さんはお姉ちゃんに嫌われてしまうのですよ!」
少しお姉さんぶった口調で新を嗜める。
新は指摘されて、初めて自分が泣いているのだと気が付いた。
腕で涙をぬぐうが、次から次へと溢れて止まらない。
「お姉ちゃん。泣き虫さんを助けてあげてください」
「もちろんですよ絵里奈さん。次の人生が、貴方に良き出会いと経験と幸せをもたらす事を祈っています」
空いている左腕で絵里奈を抱き寄せると、自身の胸の中におさめ、そっと抱きしめながら目を閉じ心からの言葉を紡ぐミア。
絵里奈刺されるがままになりながら、うんうん、と首を頷かせて彼女の胸に顔を埋める。
ひとしきり終わるとスッと離れ。
「じゃあね」
そう言って婦人の手を握り、ペチュニュアのドアから絵里奈は出て行ったのだった。
それが、新が初めて経験した、ペチュニュアという場所の役割と、ミアが抱えている仕事の重さと辛さだったのだと、後に嫌というほど思い知らされることになる。
だが、今は新自身がこの悲しみを自分の中で消化し、前に進む力に変えるため、気が付けば抱きしめられていた事に気が付かない程度には、悲しみを受けるしかなかったのかもしれない。
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