第28話 1話小さな来訪者(我慢は良くない)

遅めの昼食も終わり、その後はペチュニアはいたって平和そのものだった。

朝から昼にかけての、怒涛の様な忙しさはいったい何だったのだろうか、と言いたくなるほどである。

「どうぞ」

「・・・・」

 やる事も無いので新はカウンター席で寛いでいると、微笑みかけながらミアが紅茶を入れてくれた。

 絵里奈はあの話の後、ゆっくりと店を出て行きそれ以降戻ってきてはいない。

 ミアは特にその事を気にするそぶりもなく、落ち着いている。

「なぁ、お前なんでそんなに落ち着いてるの?」

「何のことですか?」

「いや、絵里奈の事」

 1日2日の付き合いとは言え、アレだけ一緒に居て楽しそうにしていれば情の一つも沸いてこないものかと、新はそう思うのだが、ミアの態度は一切変わらない。

「今回が初めてというわけではないので」

 そういって微笑むミアからは何も感じず、笑っているんだけど笑っていないような、そんな感覚を新は覚えた、

 出された紅茶は桜の香りがし、何だろうと口を付けると、まるで桜餅でも食べているかのような、そんな紅茶だった。

「ナニコレ桜餅?」

 思わず口に出すと、ミアもえ? という顔をした後おそらくポットに残っていたお茶なのだろうを別のカップに注ぎ口に含む。

「あ、あら・・・お出しするの間違いました」

「いや、これで良い・・・」

 慌てて新のカップに手を伸ばし、下げようとしたので、新はティーカップを手に取りそれを口に運ぶ。

 ミアの行き場を失った手が新の目の前にあり、新はそれをなんと無しに手に取った。

「なぁ、無理して笑わなくても良いんじゃないか?」

「何のことですか?」

 どうやら自分で気が付いていないらしく、ミアはまたも微笑むが、新が握った手は震えており、やせ我慢だとは言わないまでも、ミアが絵里奈の件で動揺しているのは明らかだった。

「悲しいときに悲しいとか、辛いとか言えないのは。心が壊れて行くぞ」

「・・・・」

 ミアにそう言いつつ、それは自分の事なのではないだろうかと新は思う。

 ブラック企業に勤めていて、辛い、苦しい、そう思うたびに自分の心と体を無視して、仕事に打ち込んできた。

 結果、それが当たり前となり、何も感じなくなってしまったし、恐らく辛いことがあったとしてもそれを辛いと感じなくなってしまった。

 心が死んでいくと言って良い。

「新さんは意地悪ですね」

「ブラック企業戦士は心が壊れるからな、こんなもんだ」

 適当にブラック企業のせいにし回避する。

 まともに彼女の顔が見れず、新はバツが悪そうに視線をそらしながら、カップに残る桜の香りのする紅茶を飲み干したのだった。


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