第22話 1話小さな来訪者(夜の闇、甘い香りと甘い吐息)

 適当な雑談をしている間に絵里奈が疲れ果てて寝息を立て始める、新はそれを確認してほっと胸を撫で下ろした。

 正直、子供の面倒など見た事がない新にとって、無邪気に愛らしく自分に疑いもなしに近寄ってくるこの女の子に、新自身戸惑いを隠せないでいた。

 現実社会は騙し合いの毎日。

 なんてことは本当無いはずなのだが、常にブラック企業(上司)に提示寸前になって必ず仕事をふられるという、帰らせない気満々の仕事と人間関係だったため、素直な反応と心にはどうしてもどう接していいのか分からなくなってしまうのだ。

「俺は病気だな・・・・」

 恐らく、適切な言葉だろうと自分でも思う。

「新さんは、ご病気じゃありませんよ」

「へ?! うぁっ!」

 不意に声がかかったかと思うと、すっと後頭部が何か柔らかいものに包まれ、更にラベンダーの香りだろうか、鼻をくすぐる香りなのに自然と落ち着くお花の香りが新を包み込む。

 サラサラとした髪が頭上から少しハラリと垂れてきて、上を見ればそこにはミアの顔があった。

 どうやら背後から包み込むように抱きしめられているらしく、ミアのセミロングの髪が新の頬を撫でる。

 恐らくだが彼女はいつも通り全裸であり、丁度首筋に当たっているのは彼女の胸だろうし、少し硬い何かが当たっているのも恐らくアレだろう。

 意識してしまうとソレが何なのか理解できてしまうため、あえて新は考えるのを止めてミアにされるがままになる。

 というよりも、この状態で少しでも動こうものなら彼女の裸体をその視界にとらえかねないという状況が、新の動きを止める事となった。

「ゆっくり自分が居る場所を確認して」

「確認て・・・どういう?」

「ここには貴方をいじめる人は居ませんよ」

 いじめるってなんだよ・・・。

 新はツッコミを入れたい気持ちがわいてきたが、なぜかその言葉を否定する気にはなれなかった。

 確かに、考えようによっえはいじめられていたのかもしれない。

 会社という組織全体から一個人をいじめる。

 ブラック企業の労働環境は、恐らくそういうモノなのだろうし、何より、それが集団的におこなわれ、帰る事=悪、という空気感と雰囲気を自然と作り出しているのだ。

 その帰れるのに帰れない、そんな空気感が余計ストレスと重圧となり、更に不眠症を煩わせることもある。

 幸い、新は不眠症にこそなってはいなかったが、それでも心身はすでに限界だったのだろう。

 フワリと漂う香りと、ミアの声が耳と鼻に心地よく、新は逆らう事ができず、その甘さと優しい声音に身を委ねていく。

 不意に頭を掌で撫でられ、一瞬目を見開いたが、思いのほかいやだという感じはなく、その柔らかく暖かい掌が頭部を撫でるたびに心が落ち着いていく。

 振り返れば全裸の女性が居るであろうこの状況にもかかわらず、不思議と新の心はゆったりと穏やかな気持ちを保っていた。

 甘えている、そう自覚するも、どうしてもこの甘さと雰囲気に逆らう事ができない。

 どれぐらいそうしていただろうか、気が付けば新は横になっていて、目の前にはスヤスヤと寝息を立てる絵里奈、そして背後には、新を包み込むようにしてしっかりと抱き着き密着しているミアが居た。

「え、あれ、いつの間に・・・」

「新さん、絵里奈さんが起きてしまいますよ」

 柔らかく小さな声音が耳元近くでささやかれ、言葉を紡がれるたびに新の首筋に吐息がかかる。

 ヤバい、と思い下半身に意識を向けると案の定である。

 こんな甘く魅了するような囁きと吐息に反応するなというほうが無理であるし、何より最近では忙しすぎて色々とご無沙汰だったのもあり、男としての本能が女性の暖かさと柔らかさ、慈愛を求めてしまい、頭がパニックになりそうだった。

「新さん。もう少し甘えてください。私では頼りないかもしれませんが」

 抱きしめる腕に力少し籠り、ミアの不安が少し伝わる。

 新は何も言わず、そっと彼女の手の甲に自分の掌を重ね。

「ありがとう」

 それだけを言うと、そっと目を閉じた。

 すると、思いのほかゆっくりと意識が沈んでゆくのを感じ、睡眠へと自然とは居れたのだと実感できるほどに、穏やかな眠りへと落ちて行けたのだった。




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