第14話 勇者の、マヨネーズマリネ……とは?



 小舟二艘をマヨネーズでいっぱいにするのは結構大変だった。さすがに疲労で目が回った。

 でも、わたしにだって意地ってものがある。なんとかギリギリ、マヨネーズを出し切った。


「さあ! どうぞ!」

 小舟の片方には三人組が運んできてくれたこの家の息子さん(推定)を寝かし入れてマヨまみれに塗ってから、もう片方をおじいさんにすすめた。


 おじいさんはボロボロのマントを脱ぎ捨てて、自分で小舟に入って寝転がった。さらに、自主的にマヨネーズを頭や顔にも塗りたくった。

 ちゃんとわたしのやることを見ていたらしい。


「マヨネーズがなくなるまで休んでいてください。様子は見にきますし、何かあったらマイケルに言ってください」

「……わかりました」


 おじいさんはいつも何か言う前に、ビミョーな間を取る。奥歯に物が挟まったようなっていうのかな。言いたいことがあれば全部言えばいいのに。

 それとも歯がなくてしゃべるのに時間がかかるのか?

 わからん。


 マイケルはさっきと変わらず見張り役だ。わたしは三人組と一緒に外に出た。


「おう、聖女サマ、大丈夫か?」

「顔色悪いっすね」

 デニスとヤニが気遣ってくれて、ホセは「ほら、まず食って」と、焚き火で炙ってあった干し肉の串刺しをくれた。

 ありがたいので、お礼を言って受け取った。


 わたしは火から少し離れた石の上に座り込んだ。

 しんどい。きつい。だるい。体が重い。

 悪酔いに近い気もする。


 小舟二艘分のマヨネーズって、何キロくらいあるんだろう。

 まとめて出してる途中で産出量アップのファンファーレも聞こえた。


 マヨネーズの主原料は卵と油だけど、わたし産のマヨネーズは百パーセントわたし由来だ。血? 肉? どっちにしろ、キロ単位で削ったらしんどいに決まってる。間違いなくシャイロックさんもびっくりだ。


 わたしは身体中から集めた息を溜めて吐き出して得た動力で炙ったお肉にかじりついた。


「ん」

 肉だ。牛肉かな。

 よく焼いてあった鶏肉と白身魚の味の区別ができなかったアホ舌なので自信ないけど、たぶんそう。この世界で牛、というか、魔物以外の動物を見てないけど、きっと類する肉はあるんだろう。翻訳機能が『牛』ってするやつ。


 とりあえず、めちゃくちゃ固い。あと、味が濃い。ストロング。肉の硬さと相待って、The塩 Tueeeee!!! という主張を痛いほど感じる。

 うん、口が痛い。口の中の粘膜に優しくない。


 あ。そうだ、マヨネーズつけよ。


 火を見たまま、さっきマヨネーズトーストを作るのに使ったマヨ壺を手に取った。ひと掬い取って、肉につけて、齧る。


 ブチっと食いちぎって、ムッチムッチと噛む。塩味がマヨネーズで緩和されて、ちょうどいい。

 腰につけたままの瓢箪から、水を出して飲む。

 マヨを付けて肉。肉を飲み込んで水。

 何回か繰り返して、わたしは視線に気がついた。


 火の側に座り込んだ三人組がわたしをじっと見つめていた。


「な……なに?」

「いやあ、なかなか豪快な食いっぷりだなーと」

「場末の酒場でやさぐれてるおっさんみてーだなーと」

「それ、付けて食ってもうまいんすか?」


「食べてみるといいよ。美味しいから」

 ド失礼発言は無視して、最後のところだけ答えてあげた。ほんとに疲れちゃって、愛想笑いする気にもならないんだから仕方なかろーもん。


 と。


 いつの間にか、足元にケウケゲンがいた。足首に触れるフワフワの感触に瞬間癒される。ほんのちょっとだけど、気持ちが落ち着いた。

 ケウケゲンはマヨネーズの入った壺を抱え込むみたいな位置に座り込んで、木匙を持っている。

 壺とケウケゲンの大きさはほとんどかわらない。


 ん? 木匙を持っている?


「ケーちゃん、手が生えてきたの?」

 よく見たら、ケウケゲンの真っ黒な毛の隙間から小さな細い腕っぽいものが二本、出ている。右手(仮)に木匙、左手(仮)で壺を押さえていて、中身を掬っては口に運んでいる。手っていうか、触手かもしれない。結構伸びている。

 ヒョイパクヒョイパクとオノマトペを付けたいくらいの勢いだ。


 最初は生き物判定も難しかったのに、どういうことなんだ、これ。


「マヨネーズ、もっと食べる?」

「……けふ」

「今はいいってこと?」

「けふ」

 見ると、ケウケゲンの抱えている壺にはまだマヨネーズが半分以上残っている。それでもいい感じのペースだから、長くは持たないかもしれない。

「なくなったら足してあげるね」

「けふ」


 けふ、はたぶん返事だと思うんだけど。

 ケウケゲンとも言葉が通じたらいいのにな。ゴブリン語もケウケゲンには通じないみたいだし、難しいかもなぁ。


 はぁ。しんどい。肉体疲労。


「聖女サン、ほんとに大丈夫か?」

「……ちょっと疲れたみたい。マヨ、出しすぎたのかも」

「魔術師サマだって魔法使ったあとはそんなふうだったし、まあ、休んでろ。火の番は俺らでするし、そのへんの空き家でベッド借りりゃいいだろ」


 ぐったりしてると、デニスが言ってくれた。

 世紀末冒険者だけど、親切ではある。干し肉もくれたし。


「いや、まだリゾット作ってないし。村のひとたちに配らないと。あとマイケルのごはんも」

「手伝ってやっから。とりあえず、飯食って休憩だ」

 ヤニとホセも一緒に座り込んだので、四人とケウケゲンで食事タイムだ。


「そういえば、あなたたちはおじいさんとは付き合い長いの?」

 荷物持ちにしていたと教えてもらったけど、元から仲間だったとは限らないし。とりあえず、聞けそうなタイミングだと思ったから口に出してみた。


「半年くらい前か。メンシスの近くで拾ったんだ。よな、ヤニ」

「そうそう。ギルドで頼まれた仕事でさ。魔界まで行ったときだ」

 ホセとヤニが嫌そうな顔をして言う。相当キツイ仕事だったんだなぁ。

 っていうか、魔界って行けるのか。


「メンシスってのは昔の王都だ。俺がガキの頃には賑やかな街だったが魔界に沈んじまった」

「その近くにある街の邸宅から、残してきた宝石箱を運んできて欲しいっていうのが依頼だったんだけどな。……まー、ひっどい目にあったんだぜ」

「で、その仕事の帰り道、じいさんが倒れてたから拾ってやったんだよ」


 苦労話九割、おじいさんを拾ったくだりは一割。世紀末冒険者らしい冒険譚はごはんのお供には面白かった。


 三人の話で理解したのは、魔界は身近な危険だということと黒の病はほぼこの国にいる人たち全員が罹患していて、症状の現れ方に差があるだけということ。

 で、変色した肌が一定以上になると、軍隊を追い出される決まりらしい。


 冷たく思えるけど、黒の病の最終形態がゾンビ状態で仲間を襲うことなんだったら、仕方がないのかもしれない。


 食事の後、ホセは推定村長さん宅で小舟の見張り番をマイケルと交代してくれた。デニスとヤニはを意識のあった村のひとたちにマヨネーズリゾットを食べさせに行ってくれた。

 わたしはもう動く気力もなかったから、正直ありがたかった。


「セイジョサマ、元気ナイ」

「元気……ナイかもなー」

 わたしは項垂れてから、マイケルを見上げた。

 マイケルの黒々とした瞳に焚き火が映り込んでいる。もうすっかり日が暮れてしまった。


「マイケルは元気?」

「マヨネ、食べる。まいける、元気」

「そっか、良かった。今日もたくさん手伝ってくれてありがとう」

「アリガト」


 マイケルはケウケゲンの反対側に座り込んだ。挟まれたわたしは両手にカワイイだ。ちょっと気持ちが上向いた。


 肉体疲労は心の疲労もつれてくる。

 今、わたしに必要なのは睡眠だ。

 空いている理由は考えたくないけど、使えそうなベッドはあった。とりあえず、最初に入った家の女のひとの隣を借りようと決めた。他の村人は全員男性だったからさ。

 あのひとが起きてたら、許可も取れそうな気がするしね。


「あーお風呂入りたい」

 あと、ブラとパンツが欲しい。


「おふろ、何?」

「お風呂はお湯だよ。お湯につかるの。えーっと、ジャブン。わかる?」

「?」

 マイケルが首を傾げた。

 できのわるいパントマイムでは伝わらなかった。我は無力なり。


「……おい、聖女サン」

 がっくり項垂れたわたしの上から声が降ってきた。デニスだ。


「ひとり死んでたよ。石垣の家のヤツだ」

 申し訳なさそうに言われた言葉が、一瞬理解できなかった。死んだ。つまり、さっきマヨネーズを食べて貰った誰かが亡くなったということか。


「なんで……? マヨネーズで浄化できるんじゃなかったの?」


「黒の病はマシになってたよ。けど、弱ってたんだろうな。この村の様子じゃ、飲まず食わずだったろうしなあ」

 言って、デニスはハリウッド映画のヒーローみたいに両手を肩の高さくらいにあげて、わたしから視線を逸らして笑った。

「魔物にならないで死ねたんだ。あんたのマヨネーズはホンモノだ」


 慰めてくれているのはわかった。でも苦しい。

 名前も知らない、ただ一回、マヨネーズを食べてもらっただけのひとだ。

 でも。

 わたしはその場で脱力した。


 つかれてるんだ。体と心が。そこに、人の死というのはとても重い。

 鼻の奥がツンと痛くなってきた。

 泣きそうだ。泣きたくないのに目頭が熱い。

 亡くなったひとのことを悼んでいるんじゃないのも悲しい。わたしは、本当に聖女で、命を救えるような気がしていたのが恥ずかしいのだ。


「セイジョサマ! セイジョサマ!」

 マイケルが慌てて寄り添ってくれた。ケウケゲンが首のあたりでポインポイン跳ねているのも、たぶん心配してくれている(んだと思いたい)。


「……お葬式、どうするんですか」

 わたしは自分の膝に顔を埋めたままで言った。

「家の裏にでも埋めてやろう。この村もそう長くは持たないだろうけどな」


 魔界の瘴気がどんどん広がっているという話だ。瘴気に飲まれたら、魔界になって、魔物の巣になる。

 そういうことか。


 で、気がついた。

「魔界になっちゃうと、農作物もダメなんですよね?」

「木も草も、そのへんでうろついてる獣も鳥も全部魔界のモノになっちまうからな」

「どんどん魔界が広がってるなら、この国は滅んでしまうんじゃ……?」

「そーだよ。あんた、今更、何をって、そうか」

 デニスは呆れているのを隠しもしない。さすが世紀末冒険者は大胆だ。


「聖女サマってのはそりゃあ遠い異郷からお越しになるってのは本当のことだったんだな」

「そういう宗教の教えがあるの?」

「シュウキョーが何かはわからんが、神官サマはそう言ってたぜ」

 神官サマには心当たりがある。最初に見かけた高齢者たちだな。


 魔界がどんどん広がって、黒の病が蔓延って、どんどん国が蝕まれていくのを食い止めたい。

 なるほどなぁ。クマ王子、焦ってたのはそういうことだったのか。全員が黒の病に罹ってるってことは、あの王子自身も病を抱えてるということになる。


 なんとなくだけど、納得しかけていた時だ。



 タッタラタッタターン

 『特別浄化が完了しました! レシピ:勇者のマヨネーズマリネを入手しました!』



 いつものファンファーレとメッセージが聞こえた。


「勇者のマヨネーズマリネ……とは?」

 なんだそれ。

 激辛とかトンデモ麻辣とかで、食べた者が勇者と呼ばれるような、そういうすごいマリネ?


 混乱していると、推定村長さん宅からホセが走り出てきた。手には火の入ったカンテラを持っている。


「大変だ! じいさんが、じいさんがっ!」

 わたしとデニスに向かってホセが叫んだ。

 

 わたしは咄嗟にケウケゲンを抱き抱えて、マイケルとデニスと一緒に走り出した。





 果たして。

 マヨネーズがすっかり消えた小舟の中に男のひとが各一名。ひとりは眠っていて、もうひとりは座り込んでいる。

 黒い髪とエメラルドグリーンの瞳。はっきりした目鼻立ちをしていて、普通にハンサムだ。目が丸いから少年っぽく見えるけど、体つきはがっしり骨太な印象で、年上のような気もする。二十代前半ってとこかなぁ。


 そのひとは呆然とした様子で、自分の両手や腕を確かめていた。


「……あんた、じいさん、だよな?」

 わたしの背後に立っていたデニスが言った。

 そうだ。小舟に寝ていたのはおじいさんだ。ヨボヨボの超後期高齢者。髪の毛も歯もなかったシワシワのおじいさん。

 目の前の若い男の人は身につけているものは間違いなく、おじいさんのボロボロの服だ。

 つまり。


「勇者のマヨネーズマリネって、料理じゃないじゃん」

 我慢しきれず、わたしは口の中で呟いた。




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