第13話 魔王がいれば勇者がいる。世界の真理。
小舟の見守りはマイケルがやってくれると言うので、わたしたちは一旦外に出た。そろそろ日が傾いてきたので、食事の支度をするためだ。
「改めて、俺はデニス・ミーミス。街道警備隊を抜けてからは冒険者をやってる」
「ホセでーす」
「ヤニと呼んでください、お美しい聖女サマ」
世紀末冒険者ヒデブ・アベシ・タワバがそれぞれ名乗ってくれた。三人のうち、元ヒデブだけ姓がある。
「デニスは貴族なの?」
「んなわけあるか。隊長格になると村の名前をつけて名乗るんだよ」
あーなるほど。
ミーミス村のデニスさんってことか。出身地をつけて名乗るというのは、たしか、ルネサンスイタリアもそうだった気がする。ヴィンチ村のレオナルドさんとかね。
話をしながら、三人組が推定村長さん宅の庭に焚き火を起こしてくれた。
わたしはパンの実を焼く準備をする。
麻袋にいっぱい詰め込んできたけど、さすがに減ってしまって心細い。そろそろ補充したいけど、見渡す限りの荒地にはそれっぽい木はなかった。まあ、わたしはパンの木がどんなのか知らないんだけどさ。
ゴブリンの住んでいたあたりは食べ物がある分いい土地だったんだなって、やっと理解した。
逃げ出したゴブリンたちは無事だろうか。黒肘くんも謝罪くんも元気でいますように。
「ケーちゃん、ちょっと待っててね」
「それ、魔物の幼体? やけに大人しいけど」
わたしが焚き火から少し離してケウケゲンを下ろしてやると、ヤニが不思議そうな顔で言った。
「こういう魔物がいるってこと?」
「うーん、見たことはねーけど、いろんなヤツがいるからな。ここはもう、魔界のすぐそばだし」
ホセとデニスはパンの実を不思議そうに確かめている。
ひょっとして、ヒト族はあんまり食べないものなのかもしれない。
わたし、最初の遭遇がゴブリンたちだったから、この世界では常食しているんだと思いこんでたわ。
まあ、毒はなかったし、結果オーライってことで。
それよりも気になることはある。
「魔界って何なんですか?」
「魔界は魔界だよ。魔王を戴く魔物どもが棲んでんの。人間は生きてけない場所だ」
黒雲を纏った大いなる門が雷鳴とともに開き、そこから溢れて出てくる悪魔妖怪魑魅魍魎。
そういうイメージがあったけど、ヤニの説明は少し違っていた。
まとめると。
昔から魔物や魔獣はいたし、人間の生活を脅かす存在だった。魔物を討伐する凄腕の冒険者たちはみんなの英雄で、王国軍には専門の討伐部隊もあったのだそうだ。
でも、十年くらい前から魔物が群れになって集落を襲うようになった。
そもそも人間は魔物と戦うには不利で、一対一では余程の強者でなければ相手にならない。魔物はそれぞれがとても強い。
それでも追い払えていたのは、人間の数が圧倒的に多かったからだ。組織力はたしかに、人間が持っている力だ。具体的には軍隊ってこと。
でも、魔物が規律を持って動くようになったら、その優位もなくなる。指揮官がいるみたいに陣を作って戦うようになった魔物とは勝負にもならなかったらしい。
どんどん増えた魔物は、自分たちが住む領域を増やした。
つまり、それが魔界。
「ギリギリんとこで持ち堪えてたんだぜ。王国軍には勇者もいたしな」
ファンタジーワールド必須要素の安定のひとつ『勇者』、キタコレ。
魔王がいれば勇者がいる。世界の真理。
正直、興味津々。わたしはさらに突っ込んだ。
「勇者って、魔王を退治するんでしょ?」
「前の勇者様は見事、魔王を退治した」
「……けど、今度の勇者は逃げ出しちまったらしいんだよ」
話に加わってきたデニスとホセの言い方は、ちょっと呆れたかんじだ。
「勇者が、逃げた、だと……?」
わたしだって思わず悪役口調になってしまった。
「噂だよ。今の俺らは冒険者だから詳しいことはわからねーよ」
「てかさ、これ、食えるもんだったのか。マヨネーズっての?」
マヨネーズを塗ったパンの実を炙ってくれるふたりの手つきは大変慣れている。今夜は三人組が持ってた干し肉も提供してくれたので、とても楽しみだ。お肉。この世界でははじめてのお肉。
もとい。話は途中だ。
「勇者、本当に逃げちゃったの?」
「軍はガタガタ、王様は死にかけ、魔界に沈んでく町は増える一方じゃ、羊飼いの小僧がブルっちまってもしかたねーだろ」
ホセが言い終わったところで、焚き火の周りで作業をしていたわたしたちの上に人影がさした。
おじいさんだった。
ずっと村の入り口にいたおじいさんが、いつの間にか推定村長さん宅の庭にいた。杖をついて自分で坂をあがってきたんだろう。この村に着くまでヨロヨロしてたのに、マヨネーズが急に効いたんだろうか。
が。
呑気なわたしの感想を、おじいさんが思いっきり打ち砕いた。
「逃げたんじゃない。負けたんだ。……聖剣なしで魔王に挑んだから」
しわがれた酷い声だったが、ちゃんと聞き取れた。前より確かに回復している。けど、今の問題はそこじゃない。
え? なんですと?
勇者が、負けた?
「じいさん何言ってんの? てか、お前、しゃべれるんじゃねーか」
ヤニとホセが立ち上がって、おじいさんに凄むように向き合った。
杖を捨てたおじいさんはふたりを睨み返している。
おじいさん、ちゃんと立ててる。すごい。足の向きがおかしかったのも正しくなってる気がする。
これって、あれかな。ハンドレッドパワーで超回復ってやつ?
わたしの混乱は気づかれないまま、険悪な会話は進んでいく。
「勇者は負けたと言ったんだ」
「なんで言い切れるんだ、じいさん。あんた、ついに頭もキちまったか?」
デニスの口調はまるでおじいさんを知っているみたいだな?
そうしたら、わたしの顔色を読んだみたいに、ヤニが、
「このじいさん、荷物持ちに使ってたんだ。ゴブリンの森に置いてきちまったんすけどね」
とコソコソ教えてくれた。
「つまり、置いてけぼりで逃げたってことじゃん」
酷い非道。
ボロボロの状態の高齢者を、夜、あんなところに放り出したら命も危ないことくらいわかるだろうに。ひとでなしどもめ。
やっぱり世紀末冒険者だ。世の中が荒むと人の心も荒れていくのだ。
「……あー。聖女サマの言いたいことはわかるが、あの時はまだイラカリしてたんすよ。なんつか、黒の病のせいってことでひとつ、穏便に……」
ホセが恥ずかしそうに言うと、デニスも顔を顰めてちょっと頭を下げてきた。
「謝るんならわたしじゃなくて本人にどうぞ」
「それもそうだ」
三人組は妙に納得して、揃っておじいさんと相対した。
「で、じいさん。あんた何が言いたいんだ。勇者の肩でも持つってか?」
おいこら。
デニスの言い方はまったく謝っていないぞ。
おじいさんも怖い顔のままだ。
「……思い上がった無能者のことなんかどうでもいい」
おじいさんは吐き捨てるように言って、わたしを見た。
エメラルドグリーンの瞳が燃えているみたいに思えた。グラグラに煮立っているのは怒りだ。おじいさんはものすごく怒っている。
わたしに?
なんでさ?
困惑で動けずにいると、マイケルが推定村長さん宅から元気よく飛び出してきた。
「セイジョサマ! ナイナタ!」
「ナイナタか!」
地獄に仏、渡りに船。
わたしも同じくらい元気いっぱいに返事をして、マイケルと手を繋いで家の中に逃げ込んだ。
だってさー。男の人の怒った声って苦手なんだよ。不快。なので避けたい。
「ところで、何がナイなの?」
「マヨネ、ナイ」
なんですとー?
入ってすぐの土間に置いた小舟の中を満たしていたはずのマヨネーズはなくなっていて、寝かせた男の人は、なんと、おじさんだということが判別できるくらいに回復していた。
四十代後半、かな。ものすごく痩せてるけど、呼吸も落ち着いている気がする。
マヨネーズ風呂は着ているものには影響がないみたいで、チュニックもズボンもさらっとしていた。マヨネーズ産出後のわたしの胸元と同じってことだ。
ケウケゲン、魔グリズリー、このおじさん。わたし。
デニスたちにも確認してみないとわからないけど、マヨネーズは毛や服の上からでも体に吸収されている気がする。
なんだかすごいな。
地味に奇跡では?
そういえば、奇跡レベルとか言ってたな。
この世界のダメシステムは、バックログもなければステータス呼び出しもできない。おかげで奇跡レベルも浄化レベルも、手に入れたレシピも不明なままなんだよね。
責任者、出てこーい。
「……よし。マイケル、またこの舟いっぱいにマヨネーズを貯めるから手伝ってくれる?」
「ワカタ」
「あ、その前に外にいるひとたちを呼んできて」
「ワカタ」
揉め事、落ち着いてたらいいんだけどな。
なんて思えたのは一瞬のことでありました。
マイケルがドアから出ようとするのを遮って、おじいさんが入ってきたからだ。そのすぐ後ろにはデニスがいる。
うわ、全然揉め事クライマックスじゃん!
「な、何……?」
思わず逃げ越しになったのは当たり前だよね。だって、さっきより怖い顔してたんだもん。
おじいさんは黙ってわたしを睨みつけて、小舟に寝ている村長さん(推定)を見下ろした。
「……浄化だ。やっぱり、あなたは本当に聖女なんだな」
しわがれ声だけど、おじいさんの喋り方は若い。若者っぽいっていうか、見た目とチグハグ。
いや、そりゃね、一人称「わし」で語尾に「じゃ」って付けるのが高齢者の役割語だってことくらい知ってるよ。
知った上で感じる違和感ってこと。
翻訳機能のエラーじゃない前提だけどね。
「すっげえや! やっぱり本物の聖女サマかよ!」
小舟の中の推定村長さんを覗き込んで大声をあげたデニスがわたしを見た。キラキラ輝く瞳がまぶしい。尊敬とか期待とか憧憬とか、なんかそういうプラス感情が溢れかえっているのがわかる。
ちょ、ちょっとプレッシャー、では……?
怯んだけど、そんなの序の口だった。
「聖女マヨネーズ」
重々しく言ったおじいさんがわたしの前で膝をついたのだ。
バランスを崩したやつではない。跪いた。騎士や剣士が偉いひとの前で取る礼姿勢だ。映画で見たことがある、気がする。
「どうか、わたしに聖剣をお授けください。それとも、もう遅いのでしょうか」
おじいさんが言った。
まだ怒っているとは思う。でも、それ以上に怯えている、ような……。
うーん、わからん!
おじいさんは跪いたまま動かない。
デニスさんは体を起こして一歩引いて、面白がってるニヤニヤ笑みわたしを見ている。性格悪いのは世紀末だから仕方ないのか。
マイケルは戸口のところで待機中で、やっぱりわたしをまっすぐ見つめてくる。他のふたりとケウケゲンは多分、火のそばだ。
誰もしゃべらないから沈黙が痛い。
「……えーっと、聖剣、よね」
聖剣。聖なる剣。
エクスカリバー、グラム、天叢雲剣あたりが有名なところかな。聖剣については色々な伝説があるけど、竜退治とセットで語られることが多い。
この世界では、魔王退治とセットなのかな。
「そういえば、クママックス王子が言ってたっけ。『真なる力を示し、聖なる剣を与えられよ』って」
「クマ? 今、王子様っていやあ、もうテオドリクス王太子しか残ってねえぞ?」
デニスが首を傾げた。
「そう、それ! そいつ! 失礼なクマックス!」
クママックスは言いにくいからマを一個省略だ。
そうしたらおじいさんが勢いよく顔を上げた。
思い切り睨みつけられる。
え、こわい。
「なぜ、聖女は王太子殿下のもとを去ったのだ」
「去ったんじゃなくて捨てられたの。袋に詰められてポイだよ」
言葉にするとはっきり蘇る理不尽。
わたしは思わず拳を握った。
召喚から、胸を探られた挙句に袋詰めだ。説明もナシ。普通に怒っていい案件だよ。訴えたらわたしが勝てるはず。
「……殿下が、聖女を捨てた? 聖剣は?」
「知らない。クマ王子はマヨネーズが嫌いなんじゃない?」
言って、わたしは胸からマヨネーズを出した。
すかさずマイケルが壺を持ってきてくれた。ほんとに素晴らしい。大好きマイケル。
「聖剣を、出せない、聖女……?」
おじいさんは絶望顔で小舟の中の村長さん(推定)を見て、またわたしを見上げた。
「……聖女よ、どうか、僕も浄化してください」
「え?」
思わずマイケルを見て、デニスを見た。
「俺を見るなよ。知らねーよ」
デニスは軽く目をむいて、肩を軽く竦めた。
「……あなたの力で僕を浄化できたのなら、知っていることをすべて話します」
おじいさんは跪いたまま、頭を下げた。
あからさまに関係者っぽい発言は、勇者の身内か、師匠か。
勇者の行方を知っているのかも知れない。王子とも知り合いなニュアンスがあったし。
「デニスさん、小舟をもうひとつ、探して来てもらえますか」
重症者とおじいさん。
いっぺんにマヨネーズ漬け(物理)にしてあげようじゃないのさ!
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