第12話 つまり、聖女マヨネーズの『敵』だ。




 村には十二軒の家があった。

 生存者は最初の女の人をいれて八名。みんな、黒く変色していて、呼吸をするのも苦しそうな様子だった。即身成仏っていうのかな。息があるミイラ状態。

 わたしはマイケルと一緒に家々を回った。

 話ができる状態だったのは二人、三人は意識がぎりぎりあって、残りは完全に昏睡状態だった。


 つまり、五人にはマヨネーズと新鮮な水を摂ってもらうことができたけど、残り三人はそうはいかない。


「うーん。どうしようか」

 わたしはケウケゲンを抱っこして、一番高いところにある家の玄関前の段差に座り込んだ。村の中では一番大きい家で、八人のうち二人はこの家にいた。村長さんのお家かもしれない。


 さて。

 難題だ。

 マヨネーズを口以外で摂取する方法なんて、ある?


 静脈注射? 普通に死にそう。

 あ、雛鳥に給餌するみたいに喉に突っ込む? バカな。喉が詰まって息ができないわ。ただでさえ呼吸困難な状態なのにありえない。

 じゃあ、気体にするのは? お香みたいに平皿で熱して、気化したところを吸ってもらう? 耳鼻科でやってもらうネブライザーみたいな機械があればともかく、マヨネーズを薫く方法なんてググってもカスだろうともさ。


 どうしたものか。

 うーんと唸っていると、隣に座ってわたしを見ていたマイケルが立ち上がった。警戒しているように見える。


「何? どうしたの?」

 わたしも立ち上がり、同じ方、つまり、ゆるい坂道の一番低いあたりを見た。村に入ってすぐのところでおじいさんが座り込んでいて、それを三人の男たちが見下ろしている。


 世紀末冒険者アベシ・タワバ・ヒデブだ!

 まさか追いかけて来た?


 わたしは慌てて坂道を駆け下りた。マイケルもついてくる。


「お? いたいた、嬢ちゃん!」

 いち早く気がついたらしいタワバがわたしに向かって手を振った。笑ってる。愛想がいい? なにごと?

 他のふたりも顔を上げた。ニコニコしている。え、何こわい。


 不審でいっぱいになりつつも、おじいさんを放置する選択肢はない。わたしは三人の目の前に立った。さりげなくおじいさんとの間に割って入ったかんじだ。


「追いついて良かったわ。こっち側に来てるとは思わなかったぜ」

 リーダー格に見えるヒデブが言った。敵意はゼロ、どことか好意的な気がする。

「この先はもう魔界になっちまってるんだぞ。行くなら逆だろ」

「魔界?」

 魔界って、なるものなの? 自然発生的な?

 いや、落ち着こう。いつだってビークール。

 いろいろ情報が多いから、整理しながらすすめないとね。


 わたしはそもそも魔界が何かも知らない。犯罪者が多くいるところをそう呼ぶことだってあるはずだし。指の骨を飲み込んで堕ちる転生(てんしょう)先かもしれない。


「この先に町はないってこと?」

「前はそこそこ大きな港町があったけどもうダメになっちまったよ」

 アベシが答えてくれた。

「港町? 海が近いの?」

 思わず聞き返すと、世紀末冒険者たちは顔を見合わせた。


「その前に礼を言わせてくれ。あんたのおかげで命拾いした」

 言葉にしたのはヒデブだが、タワバもアベシも真剣な顔をしている。

「見てくれ」

 ヒデブがゴツゴツした硬そうなグローブを外して腕を出した。大きな剣を振り回せるだけの太い腕だ。


「えっと、ご立派で強そうなお腕ですね」

「ありがとよ。でもそうじゃねえよ」

 ヒデブが笑った。引いてる笑いだ。これは返事を間違えたな。まあ、そういうこともある。


 わたしが勝手に反省している間に、ヒデブが話を続けた。

「黒の病が消えたんだ。俺の腕は手首から肘の内側くらいまで黒くなっちまってた。それがなくなった」

「俺は脇腹だ」

 アベシがマントと胴衣をまとめて捲り上げた。傷跡はあるけど、普通の腹だと思う。

「俺は腿から下腹、見る?」

 タワバがニヤニヤして言った。

 お前、それは明らかなセクハラだな。


「いいえ、見ません」

 わたしは咳払いをした。

「それで?」

「あんたの、いや、聖女サマのお力だろ。あの白いドロっとしたやつだ。どっからともなく出しちゃあ投げつけてたのをちゃんと見てたんだからな」

 彼らの言う、白いドロっとしたやつは間違いなくマヨネーズのことだ。


 待て。今、すごい大事なことを言ったよね。


「黒の病だったの? それが治った?」

 三人が三人とも頷いた。


「セイジョサマ」

 黙って、わたしの隣に立っていたマイケルが唐突に声を出した。

「セイジョサマ、ビョーキ、ナイ、ナル」

 わたしと自分を指して、そして両腕で×を作っている。たぶん、わたしの力が間違いないと口添えしてくれている。


「ゴブリンまで手懐けてるし。こりゃもう、聖女サマで間違いないだろ」

 アベシはしたり顔だ。

 前から思ってたけど、したり顔ってドヤ顔の古語だよね。つまり昔から「俺はわかってるぜ」仕草ってあったってことだなー。


 まあ、いいや。


 この三人が元々、黒の病にかかっていたのが、マヨネーズを浴びたら治ってしまったというのが本当なんだとしたら。

 意識のないひとにもマヨネーズをあげることができる!


「よし、マイケル! さっきの壺みたいなのを集めてきて。できるだけたくさんだよ」

「ワカタ!」

 マイケルは勢いよく走り、近場の家に飛び込んでいった。


「なんだ、何かやってんのか?」

「黒の病のひとが八人。なんとかできるかもしれないから、やってみようと思ってるんです。手伝ってくれますか?」

 言って、この三人は冒険者だったと思い出した。

 ゲームやファンタジー物に出てくる冒険者は、大抵ギルドに所属していて、そこで仕事を請け負ってくる。請負人だから、何か頼んだら代金が発生するはずだ。

 が。


「えっと、今、持ち合わせがないんだけど……」

「は? ははは! いいさいいさ、ツケってことでな! で、何やりゃいーんだ?」

 明るく笑う三人組は協力してくれることになった。正直、ありがたい。わたしとマイケルだけだと、病人を動かすのがやっとだから。


「ありがとう! じゃあ、人が入れるくらいの桶か、何かそういうものを一番上の家まで持ってきて欲しいんです」

「ひとつでいいのか?」

「はい。効果があるかわからないし、まずは」

「了解」


 予想以上にヒデブは理性的だ。冷静というべきかな。仕事をするモードってことかな。ヒデブはぱっと見た感じ三十代後半だ。リーダー格だけあって他より年上なのかもしれない。経験豊富なベテラン冒険者か。

 

 なんか、ちょっとだけほっとした。

 この世界のことを教えてもらえるかもしれない。


 わたしは座り込んだままのおじいさんを振り返った。

 おじいさんは俯いている。

 ゴブリンの森を出て、どちらに行くか迷った時に方向を示してくれたのはおじいさんだ。

 港町がなくなったことを知らなかったのか、それともわざと危ない方を教えたのか。確かめなくてはいけないと思う。


 でも!

 まずは直面している問題からだ。コツコツ、着実に行こう。




 三人組が見つけてきたのは木製の小舟だった。頼んだ通り、みなし村長宅の庭に運んできてくれた。

 小舟はいい感じの大きさで、大人が寝そべるのに問題はなさそうだ。


 人が入れる桶って、それ、湯船じゃなかったら棺桶くらいだよね。助けようっていう病人を棺桶にいれるなんていう悪趣味にならなくて本当に良かった。

 それにしても舟が出てくるとは思わなかったな。港町があったって言ってたけど、江戸時代の猪牙舟くらいの大きさの小舟は海で使うにしてはちょっと小さい気がする。

 気にはなるけど、後まわし。


「マイケル、おねがい」

「ワカタ」

 返事をするなり、マイケルが壺の中身を小舟にぶちまけはじめた。中身はもちろん、マヨネーズだ。マヨネーズ壺はたくさんある。桶を探して貰う間に出しておいたからだ。

 おかげでまた、産出レベルがあがってしまったんだぜ。へへへ。


「これ、この間の白いやつだな」

「マヨネーズっていうの」

「あんたの名前じゃなくて?」

「マヨネーズ島の特産品がマヨネーズで、わたしの名前もマヨネーズ!」

「ほー」


 冒険者たちがニヤニヤ笑うのに逆ギレしつつ、わたしは空いた壺にマヨネーズをドンドン詰めた。マイケルが片っ端から運んで、小舟にぶちまけていく。

 マイケルとわたしの弛まぬ作業で、やがて、小舟はマヨネーズでいっぱいになった。


 わたしは三人組に奥にいる病人を連れてきて貰うように頼んだ。成人男性二人、年齢差があるから親子だと思う。思う、としか言えないのは、どっちももう、ゾンビ状態だからだ。

 おそらく、最初の家にいた女の人が最新の発症者なんじゃないかな。本人もそんなこと言ってたし。


「この中に寝かせてください。そっとですよ」

 三人組に頼むと、まずお父さんの方を舟に入れてくれた。マヨネーズに体が沈んでいく。


 ここでパーっと輝くとか、ジャーンと音が鳴るとか、それこそファンファーレでもきたらいいのに、特に変化はない。

 三人組もいつの間にかと言っていたから、じんわり吸収されていくのかな。

 地味。


 魔グリズリーもケウケゲンも、ベタベタになっていたのに気がついたらマヨネーズがなくなっていた。

 マリネしないといけないんだな、たぶん。


「黒の病に罹ると魔物になるって本当ですか」

 一緒に小舟を見守って突っ立っていた三人に話を振った。


「ああ。じわじわと肌が黒くなって全身に回ったら、魔物になっちまう。……このおっさん、もう手遅れだろ」

 アベシが小舟の中の男の人を見て言う。冷静な言い方だけど、顰めっ面だ。

「手遅れになったやつは魔物になる前にこ……ラクにしてやるもんだぜ」


 「こ」の後の言葉を飲み込んだな。

 わたしは軽く深呼吸した。


「マイケルはもっと酷かったんだよ」

「このゴブリンか?」

 タワバがマイケルをつま先で突いた。悪い足癖を睨みつけてやめさせて、わたしはマイケルを引き寄せた。


「セイジョサマ」

 マイケルが頷く。

 長く、複雑に話をするには語彙がないからか、マイケルは言いたいことを要約してくる。その万能ワードが『セイジョサマ』だ。

 不思議なことに、これがちゃんと通じたみたいで。


「やっぱり、お嬢ちゃんは聖女サマってことか」

「ソウダ」

「助けて貰ったから、お嬢ちゃんについてきたのか?」

「ソウダ」

「ゴブリンってのは案外、頭がいいんだなー」

「ソウダ」


 三人組が妙に感心して、マイケルが胸を張る。この間は戦闘になったのに変なかんじ。

 いや、いいことなんだけどね。


 わたしは小舟に寝かせた男のひとの頭にもマヨネーズを塗り乗せた。額も耳も、瞼も頬も満遍なくだ。とりあえず、呼吸できるようにだけ気をつけて、真っ黒な部分を全部、マヨネーズで塗りつぶしてみた。

 

「この間とは別人みたい。ゴブリンをゴミ扱いしてた気がするんだけど」

「そういう嬢ちゃんもふんぞり返ってなかったか?」

 ぐうの音だけど、わたしだって必死だったんだ。仕方ないじゃん。


「でもまあ、こいつのせいだろうな」

 タワバが自分の腿をさすった。

「黒の病が消えてくれてから体が軽いし、気分もいいんだ」

「なんであんなにイラカリしてたのかわかんねーんだよ」

 ヒデブとアベシも同調してきた。体が良くなって、メンタルも回復したってことか。なるほどなー。


「昔に戻ったみたいだ。……俺ら、こう見えて街道警備隊だったんだぜ」

 ヒデブが懐かしそうに言った。

 知らん単語、来たぞ。なんか話が先に進みそうな気がする。


 わたしは空気を読むおんな。


「街道警備隊って?」

 幼女先輩みたいに訊いてみた。三人組は顔を見合わせて頷き合った。

 こそこそしてて感じ悪いな。やっぱりあんたら世紀末じゃん。

 ムッとしたのが顔に出たのか、三人はいきなり気安い笑顔になった。


「気を悪くしたらすまん。聖女サマってのは、世間をさっぱり知らないってのはホントのことだったんだなって思ってな」

「街道警備隊ってのは王国軍のひとつさ。名前の通り、国中の街道を管轄する」

「俺たちはその下っぱ小隊で一緒だったんだ。まあ、前はもうふたりいたんだけどな」


 幼女先輩風味の効果か、男たちはご機嫌をとるみたいに優しい言い方で説明してくれた。


 同じ部隊だったひとたちが復員してからも連んでたって、たしか、戦後日本でもよくあったことらしい。旧日本軍の場合は基本的に地域ごとに編成されてたから、元から知り合いだったことも多かったみたいだけど。三人組もそういうことのようだ。


 いなくなったふたりのことは、聞くのはちょっと怖い。

 この村も、たった八人しか残っていないんだ。この三人組が元々は五人組だったとしてもなんの不思議もない。


 間違いない。

 黒の病。

 これがわたし、つまり、聖女マヨネーズの『敵』だ。



 

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