第6話 元気ナルタベモノです
「大丈夫ですか?」
どうしようと考えているだけじゃ何も進まない。わからないことは本人に聞くべきだし、それ以外に方法はないし。
わたしは勇気を持ってしゃがみこみ、おじいさんを覗き込んだ。
「ここにいるゴブリンたちはいいゴブリンです。さっきは襲われたから戦いになっていただけで」
戦闘を見ていた可能性は高い。ので、まずは言い訳からスタート。
おじいさんは転がったまま背中を丸くして、顔を上げようともしない。防御姿勢というか、拒絶姿勢というか。とにかく話をするつもりはなさそうだ。
「怪我はありませんか? おなかは空いていませんか?」
わたしはおじいさんに手を差し出してみた。
おじいさんが頭を抱えている腕の隙間から、片方の目だけをのぞかせた。
炎の色が映ってわかりにくいけど、たぶん瞳の色はグリーンだ。明るいグリーン。
ゴブリンたちの白目部分のない真っ黒の目ばかりを見ていたので、なんだかとてもほっとした気持ちになった。
人類と他の生物との大きな違いは目にあるらしい。目を開けている時、人類は白目が見えるけど、他はそうじゃない。ゴブリンも後者だ。
おじいさんはしばらくわたしを見つめていたけど、また頭を抱えてしまった。今度はさっきよりもキツキツに丸い。まるで昼寝中の猫みたいだ。
マヨ泥濘ではない地面だけど、寝心地は絶対に良くないと思う。夜、土から這い上がってくる冷えと湿気は体に悪い。超後期高齢者なんだし尚更だ。
差し出していた手を伸ばして、おじいさんの肩に触れた。
おじいさんはますます体を硬くした。
「……ひょっとして、声が出ないんですか? しゃべれない?」
質問内容を変えてみたら、大正解。おじいさんがまた目だけ見せて、かすかに頷いてくれた。
よし、ならばやりようもある。
「ここに座ってください。今、食べ物を持って来ますね」
わたしはおじいさんを助け起こし、ベンチに座らせてあげた。ゴブリンたちは地面にそのまま座っているけど、わたしにだけ用意してくれた上座(推定)だ。
「セイジョサマ?」
元ゾンビくんがわたしを見た。
ベンチを譲ったのが不思議なのかもしれない。この子はいろんなことに疑問と好奇心を持っている。
「タベモノを用意しよう」
「ワカタ! オチテタ、元気ナル!」
合点承知の助! って聞こえそうな勢いで、元ゾンビくんは焚き火のそばからパンの実を掘り出してきて、殻を割ってくれた。
よし、マヨネーズの出番だ。
そういえば、ケウケゲンも待たせたままだった。
「今、出すから待ってね」
ケウケゲンに言ってから、わたしは空いている方の手を胸にあてた。
すぐにぶわっとマヨネーズが出てくる。
っていうか!
ぼたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた
「わあっ! 産出量が、産出量が多いっ!」
わりと激しめの音を立てて、白い半液体がわたしの胸から迸った。何か違うものを連想してしまうような勢いだ。
そういえば、レベルアップのファンファーレを何回か聞いたのだった。まとめて鳴ったアナウンスは全然聞き取れなかったけど、あれ、産出量アップのお知らせだったんだなー、そっかぁー。
……逃避癖がついちゃいそうだ。もう手遅れ感しかないけどさ。
とりあえず、地面に落ちたものは諦めよう。
わたしは、手のひらのマヨネーズを元ゾンビくんの持ったパンの実に置いて塗り付けて、残りをケウケゲンにあげることにした。
元ゾンビくんはマヨ塗りパンの実を炙りにいってくれた。ほんとに気の利く子だ。
おじいさんは声もなく、いや、声が出せないんだからそうなんだけど、目を真ん丸にしてわたしを見ている。
唖然、呆然。そういう表情だ。
ゴブリンたちがあんまり驚かないから忘れてたけど、突然胸からマヨネーズが噴き出したら、普通はびっくりするよね。わたしだって、成り行きに甘んじているだけで、納得しているわけじゃないし。
「これはマヨネーズといって、えっと、元気ナルタベモノです」
うっかりゴブリン訛りになってしまったが、通じれば問題なしだ。おじいさんはぽかんと口を開けている。
その口の中に、歯が見当たらないことにわたしは気がついてしまった。
つまり歯が全滅するほどのお年寄りていうことか。見るからにシワシワで、超後期高齢者っぽいとは思ってたけど、より慎重に対応しなくては。
さすがに看取りは荷が重いし。
「このままでも食べられます」
わたしは指で掬ったマヨネーズをケウケゲンの小さなお口に運んであげた。ケウケゲンはちうっと小さな音をさせて指に吸い付いてきた。
そういえば、こっちも歯も牙もないお口だ。ちうちう吸われるとくすぐったくて、わたしは奥歯を噛んで堪えた。
すごい勢いでマヨネーズが消えていく。
「でも、パンの実のほうが体にいいと思いますよ」
できるだけゆっくり話しかけると、驚いていたおじいさんが微かに頷いてくれた。
正直、ほっとした。
とにかく食べないと元気になれない。ゴブリンたちと同じ結論だけど、医療も薬も期待できない状況なんだから仕方ないと思う。
信じられるのはただ己の肉体のみ。
わたしもしっかり食べておかなくては。
わたしは戻って来た元ゾンビくんからパンの実のマヨネーズトーストを受け取って、おじいさんに手渡した。
おじいさんはパンの実とわたしと元ゾンビくんを繰り返し何度も見て、悲愴な顔をしている。
「美味しいですよ」
言って、わたしは自分の分のパンの実を齧った。もちろん、毒じゃないですよアピールだ。
ほんとにおいしいんだ、これ。
マヨネーズは作り方で味がずいぶん違う。材料は卵と酢と油だけど、卵を卵黄のみにするか、白身も一緒に使うかでまろやかさが違うのだ。
どうやらわたしの産出するマヨネーズは全卵タイプみたいだ。酸味が控えめでわたし好みだ。滋養っていう味がする。
おじいさんはわたしを見ていて、心を決めたようだ。
震えながら、両手でパンの実を口まで持っていって、あむん。
唇で削れる程度のほんのちょっとしか口に入らないみたいだけど、確かに一口だ。
……お
声は出てなかったけど、おじいさんの表情がわかりやすく動いた。
「大丈夫でしょ?」
念押しに言うと、おじいさんは小さく頷いた。
よかったと思う反面、マヨネーズトーストは食べにくそうだとも思う。
……歯がなくても食べられるものというと、お粥か?
「パンの実の、焼いてないやつはある?」
元ゾンビくんに言うと、すぐに実を持って来てくれた。
「コレまま、元気ナイ、ナル」
「まだ食べないよ。これ、殻を割れる?」
「ワカタ」
元ゾンビくんはパンの実の殻を割ってくれた。火が入る前より柔らかいのか、まるで切れ込みを入れたアボカドみたいに掴んで捻って真っ二つだ。それとも、ゴブリンの腕の力が強いのかな。
「ありがとう、とても助かった」
わたしはお礼をいって受け取った。
生のパンの実の果肉は水分が多いようだった。蒸し焼きでああなるんだから、かなり水分があるんじゃないかと思ったんだ。よしよし。
「アリガト、ナニ?」
元ゾンビくんが言った。
「ありがとうはお礼の言葉だよ。ありがとう」
「オレイ、ことば?」
わたしの答えが理解できないようで、元ゾンビくんはまだ不思議そうにしている。
「お礼は物で贈ることもあるけど、言葉のこともあるんだよ。お礼の気持ちを表しているんだよ」
我ながら下手くそな説明だと思う。
でも、気持ちとか言葉とか、そういう概念的なことを説明するのはかなり難しい。言葉を身につけていく段階で自然に学び取っていくものだからだ。
「とにかく! ありがとう」
わたしはもう一度お礼を言ってから、パンの実を持って火に近づいた。
元ゾンビくんはすっかり考え込んでしまったようだ。
よく考えるっていうことは、知性があるっていうこと。とてもいいことだと思う。
さて、わたしはクッキングタイムだ。
まずパンの実の果肉部分を指で抉って、片方に盛った。本当は道具を使いたいけど、何にもないから仕方ない。空いたほうの殻はスプーン代わりだ。果肉を潰してなめらかにしていく。
果肉の水分がちょっと溢れたけど気にしない。ワイルドでいこう。
果肉がペースト状になってきたら、少し残っていたマヨネーズを投入。本当はミルクも欲しいけど、ないだろうから諦める。
果肉とマヨは1対1くらいかな。ペシャペシャと音がするくらいよく混ぜ合わせたら、下拵えは完了だ。
冒険者を追い払う間、木がくべられなかったからだろうか。焚き火は火勢が落ちてきている。ヒトをローストするには足りないのが都合が良い。
わたしは火の端っこの方に膝をついて、殻を木組みの上に置いた。できるだけ水平に、水平に。ここでひっくり返したら水の泡だ。
「セイジョサマ、ナニ?」
黒肘くんがやってきて言った。謝罪くんも一緒だ。このふたりは仲がいいっぽいな。友だちか、あるいは兄弟かも。
そういえば、ゴブリンの社会や家族ってどうなってるのかな。集落があるんだから、リーダーもいるんだろうか。そもそも、男子ばかりに見えるけど、女の子はいないのかな。
「おかゆにしようと思って」
「オカユ、ナニ?」
「元気ナイのためのタベモノだよ」
「!」
ゴブリンたちは驚いたようで、すぐに他の子たちも集まって来た。わらわらとやってくるゴブリンにあっという間に囲まれるとちょっと怖い。
でも! 堂々としていたらどうってこともない。
あ、ダジャレになっちゃったナ★
モルダー、わたし疲れてるのよ……。
ベテランFBI捜査官に思いを馳せてため息を飲み込み、わたしは殻のスプーンで殻腕の中身をかき混ぜつづけた。じわじわと熱せられていく殻からほんのり甘い匂いが湯気と一緒に立ち昇ってくる。
ゴブリンたちの期待も高まっていくのを感じる。
「こんなもんかな」
ペシャペシャに火が入って、ネチャネチャという感じになったらできあがり。パンの実粥、マヨネーズ風味。いや、水分量的にはリゾットの方が近いかな。
リゾットにマヨネーズ足すと美味しいって、三分間でクッキングするメーカーさんも言ってたんだから、味もたぶんいける。はず。
欲を言えば、塩とコショウが欲しかった。
わたしはできあがったパンの実粥をゴブリンたちに見えるようにお披露目してから、おじいさんのところに持って行った。
ぞろぞろゴブリンたちがついて来たのは興味と好奇心だろう。先頭は元ゾンビくんだ。
「こっちをどうぞ。熱いので、気をつけて」
わたしはおじいさんに差し出した。
マヨネーズトーストに苦戦していたおじいさんはまずわたしをじっと見て、それからおずおずと手を差し出してくれた。
「こっちの端っこをスプーンみたいに使ってください」
おじいさんは頷いて、慎重な手つきで殻のお椀を受け取り、殻のスプーンを持ってくれた。
それからしばらく、立ち上る湯気を見つめて、パンの実粥をそっと掬って食べてくれた。
さっきよりは食べやすいようで、ごくんと、ちゃんと飲み込めてもいる。
よかった!
タッタラタッタターン
タッタラタッタターン
『はじめての人助け! レシピ:マヨネーズリゾットを入手しました!』
ん? ファンファーレ、二回鳴らなかった?
わたし以外に聞こえてないんだから確認しようもないのがつらい。
戦闘中のメッセージについてもそうだ。バックログ機能もないし、ほんと雑な仕事しやがるな。クレーム出すぞ。宛先不明だけど。
それにしても、たった今、わたしが作ったものをレシピ入手っていうのはどうなの。まだ「レシピ開発」なら納得してやってもいいけどさ。
改善要求のおたよりを出す先がわからないのが腹立つな。
今回は『人助け』だった。
はじめての産出、はじめての浄化、はじめての人助け。
わたしが何か行動して、それが条件を満たすと実績になってレシピが手に入ったりレベルがあがったりするみたいだ。経験値型ではなくて、実績解放型っていうのかな。
どうぶつが集まってくるサバイバルな森もそういうシステムだったな。あれはお金がないと何ともならない世知辛さが、かわいいでコーティングされたいいゲームだった。
と。
タッタラタッタターン
『10回目の浄化! チケット:アイテム引換券を入手しました!』
混乱したわたしの目の前に『アイテム引換券』と書かれたチケットが突然現れた。フラッシュ吹き出しみたいにぽわっと光って浮かんでいる。
「はい?」
浄化10回? 何を? おじいさんを?
それともまだ黒いものに汚染されてた子がいたの?
そういえばわたし、ケウケゲンどこに置いたっけ?
それよりアイテム引換券 イズ 何???
アイテム引換券は例のファンファーレと同じく、他のひとには見えないみたいで、ゴブリンたちはパンの実粥とおじいさんに釘付けになっているままだ。
わたしはそのチケットに手を伸ばした。
よくわからないが、貰えるものはゲットしておかないといけないって、縁もゆかりもない大阪のおばちゃんが言ってた絶対。
『次の中からひとつ選んでください
ふしぎな水筒
まほうの毛布
ランジェリー(セットアップ)』
……え。
…………えええーっ?!
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