第5話 世紀末冒険者たちがあらわれた!
タラララララララン ズダズダズダズダ
世紀末冒険者たちがあらわれた!
▷たたかう にげる
いにしえのゲーム画面が脳内に展開された。
でも、冒険者風の男たちが目の前で剣を抜いたのは間違いなく現実だ。
三人はそれぞれ、使い込まれたマントをつけている。下に着込んでいる鎧は硬そうだけど鉄じゃない。たぶん、ハードレザーアーマーとか、そういうやつだ。
便宜上、以下、冒険者ヒデブ・アベシ・タワバと呼ぶこととする。
「ゴブリンの巣の掃討と村人救出、ポイント稼げるなァ!」
あからさまに嬉しそうに冒険者ヒデブが笑った。
「しかも美人! 個別にテイチョーにお礼してくれてもいいんだよ、お嬢さん~!」
追従して冒険者アベシが、わたしに声をかけてきた。
わたしの周りには守ろうとしてくれるゴブリンたち。
相対して剣を抜いた三人の冒険者との距離は3メートルほどしかない。彼らがどれくらい強いのかわからないけど、鎧も剣も使い込まれているのはわかる。
「立ち去りなさい、冒険者たち! ここはお前たちの来るところではない!」
わたしを食べようとしていたゴブリンたちを相手にした時と同じように、力一杯の威厳を振り絞って言い放った。
尊大に、不遜に。
ロールモデルは海賊女帝だ。
努力根性義理人情、いやちがう。必要なのは気合いだ。気持ちで負けたら勝負にならない。
「え? なんで? 攫われたんじゃねーの、おねぇちゃん」
冒険者アベシが首を捻って顎を撫でた。もちろん、剣は握ったままだ。冒険者アベシの武器は冒険者ヒデブより短めの剣だが、刃が炎をよく写している。つまり、よく手入れされているんだと思う。
「おねえちゃんとは失礼な。わらわは聖女……」
あ。名前が思い出せないんだった。
待ってよ。タイミングってものがあるでしょ。自分の名前が出てこなくて啖呵切るのに失敗なんてあんまりじゃない?
「はぁ? 聖女ぉ? 聖女サマがゴブリンどもとぉ?」
幸いなことに、『聖女』というのはよっぽど特別な存在らしく、冒険者たちが怯んでくれた。
やっぱり名前を、それらしく名乗らなければっ……!
「わらわは聖女マヨネーズ! 断じて攫われてきたのではない!」
いや、最初は攫われて来たんだったっけなと思ったが、細かいことは後だ。
「え、攫われてないの? 救助にならねーの?」
「ならぬ! わかったのならば疾く失せよ、下郎ども!」
偉そうにしゃべろうと思うと侍ことばっぽくなるのはなんでなのかな。日常会話で「失せよ下郎」なんて、一生使わないフレーズだよね。
「……えー、どうする?」
冒険者タワバは短剣使いのようで、他ふたりと比べるとブーツ丈も短い。たぶん、一番速く動けるのはこいつだ。
「どーもこーも。ゴブリン討伐はラクちんで儲かるいい仕事だろーが!」
「受けてきたわけじゃないけど、巣穴を見つけたらおんなじことだってね!」
「この『聖女』サマはどうする?」
「ふん縛っちまって神殿に連れていきゃあいいんじゃねー?」
「それもそうか!」
冒険者の勝手な打ち合わせはそれでおしまい、三人は武器を構えた。じりじりと距離を詰めはじめた。三人の間隔が少しずつ広がっているのも戦略的だ。囲んで、逃がさないようにするつもりだろう。
ゴブリン討伐なんて、ゲームなら初級の依頼だ。けれども彼らは請け負ってここに来たわけじゃない。何か別件の帰り道っぽい。
彼らはゴブリンたちよりもずっと強いに違いない。
わたしは非力だ。絶対的戦力外。できるのはマヨネーズ産出と浄化なんだから仕方ない。
仕方ないけど、みんなで生き残るためにできることはある。
わたしは大切に持っていた荷物をその場に落とし、ケウケゲンを胸元にいれた。ポケット代わりに使えそうなのはそこしかなかったから。
そして。
「出ませい、マヨネーズっ!」
わたしは大声をあげ、右手を胸に当てた。一瞬のうちに、メチョっとした感触でマヨネーズが手のひらに山盛りになった。
「はぁ?」
「このオンナ、光ったァ?」
絵に描いたようなザコな反応ありがとうございます。隙だらけで最高です。
あと、マヨネーズを算出する時、わたしは光るらしいこともわかった。
わたしはマヨネーズを三人組の真ん中、冒険者アベシに向かって投げつけた。目測2メートルほどの距離、わたしのリーチがせいぜい80センチ、力一杯投げたらなんとか届く、はず!
気合い、気合いだ!
「そーら目潰しだ!」
「うわぁっ!」
気合い勝ち!
マヨネーズは冒険者アベシの顔面に命中、四散した。マヨネーズは結構粘度が高いし、ひんやりするし、何より突然投げつけられるものではない。
きっと彼らにとっても初めての奇襲だろう。
タッタラタッタターン
『5回目の産出! 一回あたりの産出量が増えました!』
「はぁああ?」
思わず声が出たけど、ファンファーレもメッセージもわたしにしか聞こえないものだ。
「このアマぁっ!」
ザコ反応その2で飛びかかってきたのは、わたしが一番速いに違いないと思った冒険者タワバだ。
ほんとに速い!
まずいと思った時、元ゾンビくんが鋭い吠え声をあげ、その冒険者タワバの足元に突っ込んで行った。
小さな体が冒険者タワバの膝に真っ向からぶつかる。
体が小さいから油断しがちだけど、二歳児だって膝にぶつかってきたらかなり痛いんだよね。
まして、元ゾンビくんは二歳のヒト族ではなくて、たぶん大人のゴブリンだ。体当たりにはそれなりの威力がある。
「ぐあっ!」
と声をあげて、冒険者タワバが少し後ずさった。
すごいよ、元ゾンビくん!
「この小鬼がっ!」
隣にいた冒険者ヒデブが大きな剣で元ゾンビくんを薙ぎ払おうとした。
させるものか!
「くらえ、マヨネーズ!」
「同じ手が何度も効くかよ!」
冒険者ヒデブは意外に身軽に躱し、新生マヨネーズは地面にべちゃりと落ちた。
だが甘い。
こちとら、マヨネーズの産出量が増えちまったんだぜ。
「失せろといってるでしょうがっ! あっちいけっ!」
わたしは死に物狂いでマヨネーズを出し、どんどん投げつけた。
冒険者たちはさすがの身のこなしで、さくさく避ける。
それでもわたしは投げる。当たらなかったマヨネーズがぼたぼた地面に落ちていくが構わない。
マヨ増産は伊達じゃない。まだまだ産出せる。
あっという間に三人組の足元はマヨネーズだらけになった。
「いい加減にしろよ、お嬢ちゃんようゥ!」
冒険者ヒデブが低く凄む。男のひとの怒った声はそれだけで怖くて怯みそうになる。でも、わたしは歯を食いしばった。
だって、もうわたしたちの周りの地面はマヨネーズまみれなのだ。
どんな手練れの剣士だって、マヨネーズを避けて斬り込むことはできない。
マヨネーズを踏んだらどうなる?
知らんのか。
マヨネーズを踏んだら、すべるんだ。
「っうお!」
それぞれの動きでわたしと、わたしを囲むゴブリンたちに斬りかかろうとした三人がバランスを崩した。
「今だっ!」
わたしが腕を振り上げると、ゴブリンたちが一斉に冒険者たちに襲いかかった。足元が悪いのはお互い様だけど、軽い分、ゴブリンたちに分がある。
ゴブリンたちは寄せては返す波のように、男たちに体当たりを繰り返した。個々の力は微々たるものだが、マヨネーズのぬかるみで踏ん張りきれないのは冒険者たちに不利な状況だ。
「くそっ! 退くぞっ!」
冒険者ヒデブが音を上げた。
すかさず他のふたりも身を翻し、三人はあっという間に木々の間に消えて行った。
要するに逃げ出したのだ。
「よかっ……た」
男たちが完全に見えなくなったところで、わたしはその場に座り込んだ。
ゴブリンたちも似たような有様で、みんな疲れ切っていた。倒れている子もいる。
撒き散らしたマヨネーズは踏み荒らされて汚い状態で、明るくなったら埋めるしかない。勿体無いが、役に立ってくれたのだ。敬意を持って土に還すのがいいと思う。
「みんな、怪我は? 無事? 痛い、ナイ?」
わたしが呼びかけると、黒肘くんが「イタイ、ナイ」と応えてくれた。他にも数人、手をふったり立ち上がったりしている。
「怪我してる子は手当しよう。とにかく、火のそばへ」
光源なしでは怪我の具合もよくわからない。わたしも這うようにして火の側まで行った。
三々五々。ある者は自力で、誰かと支え合って。ゴブリンたちが集まってくれた。ぱっと見た限り、重傷者はいないようだ。
埋めてあったパンの実を掘り出して、食べ始めている子もいるくらいだ。
ゴブリンという種族はかなりタフなのかもしれない。
「血が出ている子は傷口を水で洗って。きれいにするのが大事だよ。ぶつけたところも水で冷やすといいよ。わからなかったらわたしのところに来て」
黒肘くんや謝罪くんにそう言うと、すぐに仲間たちに伝えに言ってくれた。
元ゾンビくんはわたしのそばに座りこんで、動けないようだ。大きな怪我はなさそうなので、疲労困憊というところかな。
よかったぁぁぁぁぁあ!
ゴブリンたちの安全が確認できたところで、急に気が抜けてしまった。極度の緊張の後の脱力だ。もう立ち上がれる気もしない。
どうしようもないまま、わたしはぼうっと火を見つめていて……思い出した。
「ケウケゲン!」
胸の中、つまり服の内側。入れたままで忘れてしまっていた。結構暴れたけど、落ちずにいてくれたようだ。
わたしは胸元を広げすぎないように気をつけて、黒いふわふわを引っ張り出した。
「……けふ」
ケウケゲンが息を吐いた。
え、息だよね? 今の?
わたしはケウケゲンを両手で持ち上げて、つくづくと観察してみた。
「……それ、お口、かな?」
黒いふわふわボディはほぼ球体で、手足も尾もない、純然たる毛玉だった。そのある面の真ん中よりやや上、北緯20度線上あたり。ピンク色のものがちらちら見え隠れしているのに気がついたのだ。
「ふわぁ……」
思わず変な声が出た。
だって、フワフワの毛の真ん中にピンクのお口だ。ヤバいかわいい!
口の位置から逆算して、目がありそうなところをそっと撫でてみたが、それっぽいものはない。ただ毛ボディに口だけがある。
いや待て。
口があるっていうことは、お尻の穴もあって然るべしでは?
ぐるぐるぐりぐり。好奇心の命じるまま、わたしは毛玉を指先でさぐりながら撫で回した。
凹も凸もない。
ぷよぷよの球状だ。毛につつまれた中身(というか、肉身?)があるのはわかったが、骨の有無もよくわからない。そもそも球体の生き物の骨格ってどうなるのが正しいんだろうか。
「くぁー……ぁー」
ケウケゲンがピンクのお口を開いて、息みたいな鳴き声をあげた。とても小さな音で、至近距離で耳を澄ましていないと聞こえないと思う。
「ごめんごめん、痛かった?」
「ぁー……ぁー」
ピンク色が見えたり、隠れたりするということは、口をパクパク動かしているのだろうか。お腹が空いているのかもしれない。
とはいえ、わたしに用意できるのはマヨネーズしかない。
わたしはケウケゲンを膝に置き、両手を胸にあてた。
もう大して力まなくても、マヨネーズを出せる。すっかり慣れた。
冒険者たちを追い払う間に、ファンファーレも何回か聞いた気がする。わたしが冒険者たちを追い払うために生み出したマヨネーズは間違いなくキロ単位だ。汚れた地面が雄弁にそう語っている。
とりあえず、マヨネーズが山盛りになった両手を差し出すと、ケウケゲンはダイブしてきた。飛沫は飛び散らなかったけれど、黒いふわふわはあっという間にマヨ和えである。溺れていると言ったほうがいいかもしれない。
たぶん、マヨ対ケウケゲンの体積は似たようなものだろうし。
けれど。
わたしの手のひらのマヨネーズは淡雪が溶けるようにあっという間に消えてしまって、体感一分も経たないうちにフワフワの黒いものだけが残った。
そしてふたたび。
「……けふ」
と、ケウケゲンが息を吐いた。
何でも吸い込む限りなく球体のキャラクターが脳裏をよぎった。あっちはピンク、こっちは黒だけど。
今のマヨネーズの消え方は、ほとんどあいつに近かったぞ。
「……全部、食べちゃったの?」
「けふ」
「もっと食べる?」
「けふ」
動物言語もゴブリン語もわからないわたしだ。黒いふわふわ語なんか見当もつかない。でも、今のは「イエス」という返事だと理解した。
マヨネーズを出すのはお安い御用だ。
「よし、ちょっと待ってね」
ケウケゲンに言ったときだ。
視線を感じた。
こちらをじっと見ている、誰かの強い視線だ。
咄嗟にケウケゲンを胸に抱き直し、わたしは周囲を見回した。
でも焚き火が届かないところは影ばかり強くて、よく見えない。ヒトの目は暗がりにはそんなに強くないのだ。
「セイジョサマ?」
「誰かがこっちを見ている気がするんだけど……」
わたしの様子に気がついてくれた元ゾンビくんにそう言った。確かめてはないけど、ゴブリンは暗くてもかなり見えている気がする。
元ゾンビくんはわたしと同じようにぐるぐるあたりを見回して、たっと茂みに走って行った。
そして、すぐに何か重たそうなものを担いで戻って来た。
「オチテタ」
そう言って、元ゾンビくんがわたしの足元に転がした荷物はどうみても人間の、しかもかなりのおじいさんだった。超がつく後期高齢者。
おじいさんはさっきの冒険者たちよりひどいボロマントと『ぬののふく』(破損)みたいなものを着ていた。ブーツの先っぽはパッカンしている。しかも両方だ。荷物らしいものはない。身一つっていうやつ。
体もかなり辛そうだ。見えている肌はどこもシワシワだし、髪の毛もない。頭皮にも皺が寄って、たるんでいる。
何も持たないで旅行できるような世界ではなさそうだし、どうやって森の中にきたんだろう。
まさか、わたしみたいに召喚された? それとも誰かに捨てられた?
どういう事情かわからないけど、放っておくわけにはいかない。おじいさんは身を丸くして、怯えているし。
えっと、どうしようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます