第五話 前編

 よく晴れた日の昼下がり、喜久夫が床の掃き掃除をしていると、棚の拭き掃除をしていた暦は何かを思い出したような顔をした。



「そういえば……昨日、花枝さんのお好きな物を聞きそびれていましたが、花枝さんがお好きな物は何ですか?」

「え、あー……実は忘れてしまって……」

「おや、好きな物をですか?」

「はい。帰ってから改めて考えてみたんですが、そういえば何だっけなと思って。その後も思い出せなくて……すみません、せっかく話してもらったのに」

「いえ、それなら構いませんよ。忘れる、と言えば……今日はこの子の日なんですよ」



 そう言いながら暦は一輪の花を喜久夫に見せる。



「青い花……なんだか鮮やかな色ですね」

「そうですね。この子はワスレナグサという名前で、しないでほしいという意味のなかれに忘れる、そして草で勿忘草になります」

「つまり、忘れないでほしいと言っている草という事ですね」

「ふふ、そういう考えで大丈夫ですよ。花言葉の中にも“わたしを忘れないで”という物がありますから。さて……それではお話を聞いてみてあげてください。この子も花枝さんにお話を聞いてほしいと言っていましたから」

「わかりました」



 喜久夫は返事をしてからワスレナグサを受け取ると、ゆっくりと耳を近づけた。

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