四月一日 サクラ
今になって思えば、これが私の最初で最後の恋だったのだ。
「わあ……今年も綺麗に咲いてるなぁ」
穏やかで暖かな気候の中で咲く私を見上げながら一人の男の子が嬉しそうに微笑む。彼の名は
何故ここまで知っているのかと言えば、私や他の桜が咲いているのが桜坂君のお家の近くにある公園であり、桜坂君はいつもこの季節になるとここへ来て私達を眺めていくのだ。
「桜、かぁ……僕の名字にも桜っていう字は入っているし、やっぱり親近感が沸くなぁ」
のんびりとした口調で彼は言う。何度も散ってはまたこの木から生えて咲いてを繰り返して私は桜坂君の成長をずっと見守ってきた。その内に、私は桜の花でありながら人間の桜坂君が好きになり、人間が定めたという花言葉の優美な女性や精神的な美という物を求めたいと思うようにもなった。
けれど、わかってはいるのだ。人間と植物では結ばれはしない事もたとえ彼が私を愛してくれても時が来たら私はまた枯れてしまってその度に私は彼を悲しませてしまう事も。
中には植物にしか恋心や劣情を抱けない人間というのもいるそうだけど、桜坂君はそうではないだろうし、そうであったとしてもそんな姿を見た周囲の人間から忌避されて軽蔑される彼なんて見たくはない。私はこうして眺めているだけで良いのだ。
そんな事を考えながら彼を見下ろしていたその時だった。
「あ、優君!」
「
私から視線をそらした桜坂君が嬉しそうに言う。すると、艶々とした短い栗色の髪の女の子が現れ、二人は揃って私達を見上げ始めた。
「わあ、綺麗……これが優君が見せたかったものなんだね」
「そうだよ。僕が毎年見ている素晴らしい景色を君とも共有したかったんだ。“許嫁”になった君ともね」
「桜坂コンツェルンと
「僕もだよ、歩菜ちゃん」
そう言って二人は桃色のカーテンの中で静かにキスを交わす。ああ、そうだ。それで良いんだ。春は出会いと別れの季節とも言うのだから、桜坂君が大切な人と出会わせてくれたこれを機に同時に私の初恋を諦めるチャンスにしたって良いのだ。
見れば、この歩菜という子だって上品そうで将来は絶対に美しい女性になる。まさに私の花言葉にピッタリな女性になるのだ。
「歩菜ちゃん、これからもずっと一緒だよ」
「優君……うん、私もずっと優君と一緒にいるからね」
若い恋人達は相手への愛を口にする。失恋をした際は悲しさと悔しさから涙を溢す物なのかもしれないけれど、私は花だから涙は流せない。
だから、精いっぱいの祝福を贈ろう。将来の繁栄や子宝に恵まれてほしいという祈りを込めたライスシャワーの代わりの花弁による祝福を。
若い恋人達が幸せそうな顔で私達を見上げながら手を繋ぐ姿を見下ろしながら私は他の桜と共にその花弁を二人へ静かに浴びせる。花弁の中で立つその姿はたくさんの祝福を受けながら幸せそうにする新郎新婦のようで、私は失恋したにも関わらずとても幸せな気持ちだった。
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