◇3◇ 純喫茶・ゴシック卿





扉についたベルの音がする。

来客だ。


山田正一、ブラッディ正一が扉を見ると、

そこには豆太郎がいた。

いわゆる常連だ。


この純喫茶ゴシック卿はかなり流行っている。

その中で豆太郎は常連だが決して目立たず

むしろ忙しい時は気を使ってくれるとても良い客だ。


正一は頭を下げると空いている目の前のカウンターを手で指した。

豆太郎はにっこり笑って店内に入る。

そしてその後ろに人が二人いた。


その二人を見た途端、

正一は全身から冷や汗が噴き出した。

初めて見る人だ。

だが何故か動悸が激しくなる。


「マスター、ブレンド三つね。」


豆太郎が連れとカウンターに座ると注文をする。

正一は瞬間返事が出来なかった。

豆太郎が不思議そうに彼を見た。


「あ、あ、はい、」


少しばかり上ずった声で正一が返事をする。

連れの二人は椅子に座ると見合わせて苦笑いをした。


「マスター、紹介するよ、眼鏡が一角、金髪が千角と言うんだ。」

「ども。」

「こんにちは。」


一角と千角がにっこりと笑う。

はっとしたマスターが手に持ったカップを落とした。

店内に割れる音が響く。


皆はカウンターを見た。そんな事は滅多にないからだ。


「マスター、大丈夫ですか?」


一角が心配げに正一を見る。


「俺、片付け手伝おうか。」


千角が殊勝な事を言う。

正一は二人を見て気を取り直すように大きく息を吸った。


「大変失礼しました。ブレンド三つですね。

お待ちください。」


とにっこりと笑った。

ウエイトレスの一角が慌ててほうきを持ってカウンターに入った。

豆太郎が言う。


「この子、一角と言うんだよ。まあここでの呼び名だけど。

あちらにいる子は千角と言うんだ。

二人は双子で働き者だよ。」


正一はふと思い出す。

前に5(ご)じょう隊で来た二人を。


「前に5じょう隊のコスプレで来てくれた二人がいましたが……、」

「里奈さんと玖磨くま君だよね。

そう、この二人は里奈さんのお隣に住んでいるんだよ。

里奈さんは引っ越したけどね。」


正一が気を取り直したようにコーヒーを淹れ始めた。

その仕草は流れるように美しい。

鬼の一角がその仕草を見る。


「えらのママ、そっくりだな。」

「えらのママをご存知ですか?」


正一が一角を見る。


「うん、僕の師匠だよ。

コーヒーの淹れ方を色々と教えてくれた。」


正一がにっこりと笑う。


「ママには本当にお世話になりました。

あの人がいなかったら私はここにはいない。」


そう言う正一の額には少しばかり目立つ傷がある。


「ママは元気にしてる?」

「ええ、元気ですよ。

息子さん夫婦の所にいますが、

そこでもお嫁さんと一緒に喫茶店を始めたみたいです。」

「そうなんだ、良かった。」


正一がコーヒーを出す。

一角には海のような青い色のカップ、

千角は炎のような赤いカップ、

豆太郎は柔らかい灰色のカップだ。


「やっぱり、俺、燃えるような赤がイメージなのかな?」


千角がにやにやしてカップを見た。


「僕はクールな青だね、豆太郎君は灰色だ。」

「マスターは俺にはいつもこの色を選んでくれるよ。

俺も灰色は好きだからな。ママが選んだ色と一緒だ。」


それを聞いて正一が嬉しそうに笑った。


「ママがやっていた事ですから、

それは続けようと思っています。」


皆はコーヒーを飲む。

一角は目を見張った。


「う、美味いな、正ちゃん!」


千角が声を上げた。

一角は味を確かめるように少しずつ何度も口に含む。


「だろ、今日来て良かっただろう。」


豆太郎が自慢げに千角を見た。


「うん、来て良かったよ。

正ちゃんもすっかり変わったなあ。

そうそう、正ちゃん、これ土産。」


千角がゆかり豆の大袋を差し出す。


「土産って俺が持って来たんだろ?」


豆太郎が少しむくれた。


「そう細かい事言うなよ、豆ちゃん。」


千角は豆太郎を笑いながら肩を叩いた。


「正一君。」


一角が真剣な顔で正一を見た。


「素晴らしい味だ。

ママのコーヒーも大変美味しかったが、

正一君のコーヒーも絶品だ。透明感が素晴らしい。」


一角は腕組みをして頷いている。




正一は何やらキツネにつままれた気がして来た。


一角と千角は今日初めて会ったはずだ。

だがどこかで出会った事がある気がして仕方なかった。


しかもその奥底にあるのは「恐れ」だ。


何故この二人にそれを感じるのか

正一にもよく分からなかった。


だがこの二人は最初から自分を名前で呼ぶ。

そしてコーヒーを誉めるのだ。

訳が分からなかった。


「ところで正ちゃんは5じょう隊が好きなんだよね。」


千角が正一を見た。


「5じょう隊を知ってるの?」


思わず正一が聞き返した。


「うん、知ってるよ。

里奈ちゃんから5じょう隊のボックスを貰った。」

「あのボックスは注文受注の限定版なんだ。

私は持っていないんだよ。」

「じゃあ正一君にあげるよ。」


正一の顔がぽかんとなった。


「だ、だいじなもの、だろう?」


口ごもるように正一が言う。


「何度か見たけどそれから仕舞いっぱなしだから、

観たい人に渡した方が良いだろ?」


一角が言う。


「お前ら、珍しく親切な事を言うな。」


豆太郎が感心したように言うと、


「だって俺らには宝じゃないもん。」


千角がそっけなく言った。


「来週ぐらい持って来るよ。

コーヒーの秘密も探らなきゃいけないし。

正一君、ごちそうさま。本当に美味しかったよ。」

「あ、ありがとうございます……。」


三人は手を挙げて店を出て行った。


しばらくぽかんとした顔で正一は扉を見ていた。


「マスター、大丈夫ですか?」


ウエイトレスの千角が心配したように正一を見た。


「あ、ああ、大丈夫だよ、

すまん、ちょっと変わったお客様だったから。」

「豆太郎さんのお連れの方ですよね。」

「うん……、ちょっと普通じゃない感じの方だったな。」


千角がちらと扉を見る。


「そうですね、でも……、」

「でも?」

「格好良かったかも……。モデルさんかな?」


と千角が言うとさっとそこを離れた。

そして一角と少し話をする。

多分客として来た一角と千角のことを話しているのだろう。




結局正一には一角と千角の事がよく分からなかった。

翌週二人はまた豆太郎と来て

約束通りボックスを置いて行った。

あのコスプレカップルはそれぞれ二つずつ持っていて、

それを一つ一角と千角に譲ってくれたらしい。


「あのお二人はお元気ですか?」

「ああ、元気にしているよ。

玖磨さんの転勤で向こうで結婚をした。」


豆太郎が二人から送られた写真をスマホで見せた。


「ベン・ケインとウシワカーヌじゃないですか。」

「そう、式は挙げずに写真だけ撮ったんだけど、

その一枚がこのコスプレだって。」

「筋金入りのファンだ……。」

「マスターだってそうだろう?」


正一は派手なラッフルの付いた豪華なシャツを身に付けている。

まるで貴族のような格好だ。


「それも自分で作ったんだろ?凄いな。

血まみれゴシック卿そのままだ。」

「正ちゃんは傷がある分ゴシック卿より迫力あるよ。」

「うん、格好良いね。」


一角と千角がコーヒーを飲みながら言う。

正一はにっこり笑うと二人に近寄りそっと言った。


「今日はボックスのお礼に奢ります。」

「え、良いの?正一君。」

「やったー、ありがと、正ちゃん。」


未だにこの二人は少しおっかない。


だが正一は前より怖くなくなった気がした。

















◇ちょっとしたあとがき◇



一角と千角2 一天地六 と一角と千角3 人の縁は神の采配

に残して来た伏線を書きました。

そちらをご覧になってからこちらを読んでいただけると嬉しいです。


一番の伏線は一角と千角3の千角が拗ねた後に一角と豆太郎が話していた事です。

それとえらんてぃすのママや正一君、

里奈さんと玖磨さんのその後もちょっと触れたかったのです。


結構前から考えていたのですが、

書かなきゃと思いつつそのままでした。

忘れてたとは言いません。時々ですけど。


私もコーヒーを淹れますがすごく適当です。

でもそれを極める方はとてつもない労力を注いでいると思います。

コーヒー豆は植物ですから

天候などでも味が微妙に変わると思います。

何でもそうですが極めるのは大変です。


と言う事で丁度一角と千角3書いている時に

人からコーヒーの粉を一パック頂いたのです。


もったいないのでどのぐらいが自分の適量なのかと

何度か試していました。

結局ものすごく薄いものが好みだったようで、

それからは人に言わせたらかなり味の薄いものを飲んでいます。

でもそれが好きなの。


そのコーヒーのパックはもうすぐ無くなりそうです。

次を買うかどうかちょっと迷っています。

やっぱり少し面倒くさいです。

インスタントの方が楽だからなあ。

エーベルバッハ少佐もインスタントだし。












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