部屋の電気つけさせて。

 そう言おうとした。

 部屋が暗くて速人の顔が見られないのが苦しくなってきた。いつも、まともに顔を合わせたりなんかしないのに。

 そして、ここは俺の部屋なんだ、電気くらい勝手につければいい、と思い至った俺は、ベッドから降りようとした。

 けれど、速人が俺の肩を掴んで引き止めてきた。それは、もうびっくりするような強い力で。

 痛い。

 言葉にはしなかった。速人に痛めつけられるのはもう当たり前みたいになってきていて、いちいち言葉にするだけ惨めになる気がした。

 俺は速人より力が強い。

 そして、速人の腕力にいつも逆らえない。

 つまり俺は今だって速人を愛しているのだろう。歪な形ではあっても。

 「キス、しただろ。」

 速人の掠れた声が降ってきた。

 俺は唖然として速人を見上げた。

 キス。

 記憶は一瞬にして蘇る。

 あの停電した真夏の夜、二人の真ん中でしたキス。

 速人は俺を犯すとき、決してキスなどしなかったから、あれが最初で最後のキスだった。あのキス一つで、俺は速人に縛られたのだ。

 「二度とあのときのことは言うな。」

 言葉が喉の奥に引っかかって、上手く出てこなかった。

 ただ、速人の口からあの夜のことが出てくるのは耐えられなかった。

 俺が速人の肉便器になることが決定した夜。あの夜のことがなければ、俺は速人を腕力で退けることができたはずだ。

 「どうして。」

 速人の声は、ひどくこわばって聞こえた。それは、緊張している子供みたいに。

 「どうしてだよ。あんたもあのときは俺のことを受け入れてくれただろう。……それっきり、だったけど。」

 それっきり? 速人の言う意味が分からなかった。何がそれっきりだというのか。言うなれば、それからだろう。それから俺は、速人に身体を差し出した。

 「それっきり、あんたは俺を受け入れなくなった。……心も、身体も。」

 それっきり……。

 俺は唇を噛み、肩を掴む速人の手を振り払った。

 「勝手なこと言うなよ。俺をレイプしたのはお前だろ。そんな相手のことを、どう受け入れろっていうんだよ。」

 「じゃあ、どうすればよかったんだよ!?」

 速人が声を荒げた。

 俺は速人の激高に驚いた。

 驚く俺を前に、速人はまた俺の方を掴み、揺さぶりながら、確かに言った。

 「実の兄貴に恋なんかしたら、俺はどうすればよかったんだよ!?」


 

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